咲姫、到着
正午を過ぎたところで、咲姫から電話が来た。
なぜこんな暑い時間にとも思うけれど、ここはあくまで約束に忠実と思っておこう。
「夏希~。咲姫を迎えに行ってくるね」
「わかった~」
私は自転車に手提げバッグを入れ、太陽の熱で熱くなったハンドルを握り、かれこれ五分自転車をこぎ続け、咲姫が手を振っているのを目視した。
「早かったね」
「全部持ったの? もう戻ってこないよ」
「おお、いつもの澪だ」
「大丈夫ね、さあ行こう」
「ほとんど電子機器だからたぶん大丈夫なはず。足りなかったら私が取りに戻るから大丈夫よ」
そういうことで、熱さにやられる限界点にも迫ってきている私は一目散にクーラーの付いた寮を目指した。
しかし、電子機器をリュックサックに入れた咲姫はそれほど早く走れず、行きよりも時間がかかった。
「おかえり~」
「ただいま~」
「お邪魔します」
帰ると、棒アイスをくわえた夏希に出迎えられ、汗がどっとにじみ出る。
「咲姫さんには余っている一部屋をお貸しします」
「ありがとう~」
そう言って咲姫を部屋に案内する夏希の横をすり抜けて、私も冷蔵庫から棒アイスを頂きに行く。
舐めるとキーンと冷たさが頭に響き、身体が冷えていくようだ。
「澪?」
「咲姫は?」
「部屋で一式用意するから先行ってていいだって」
「なるほど」
「それで、澪は何を手伝うの?」
「背景とか、モデルとかかな」
「咲姫さんっていったい何やっている人!?」
「同人誌っていうマンガを描く趣味の人だよ。私もよく手伝ってたんだ」
「そうなんだ」
なんとなく羨ましそうな感じが漂ってくる。ただ、修羅場前の咲姫を知っている私からすればその感覚は間違いである、と言えてしまうのが恐ろしい。
「澪~。整ったぞ~」
「わかった。夏希もどう?」
「私何もできないよ」
「私が背景している間にモデル役ができるじゃない」
「いや、スタイルいまいちでしょ」
「ん? モデル?」
なに話しているのとばかりに寄ってきた咲姫は、話を聞きつけ、夏希を下から上まで見て、グッチョブと親指を立てた。
「こういうのも描くからだいじょうぶ!」
「そうなの? ちょっと見せてよ」
「いいけど、刺激が強いのもあるからお気をつけて」
「そ、そうなの!?」
部屋に足を運んだ私は、機材がしっかり配置された風景を見てあのリュックにこんなに入っていたのかと驚かされた。
夏希は咲姫からタブレットを渡され、そんな説明を受けている。閲覧できるものかと疑いの眼差しでページをめくっている手の動きとともに、顔が赤くなっている。どうやらはずれを引いたようだった。
「それでは澪殿、お願いいたします」
「いつも通りで良いよね」
「もちろんですとも」
「何そのしゃべり口調。いつも通りで良いでしょ」
「そうだよね。ちょっとテンション上げすぎちゃったよ」
「熱くなりすぎないでよ。まだ修羅場には早いでしょ」
「今年こそはあの苦痛を、味わいたくはないね」
「ならいつも手直しとか、描きなおしとかしなければってそうもいかないんだよね」
はぁと一息ついて私は用意された席に着いた。
夏希も端っこで縮こまりながらタブレットを凝視している。咲姫はというとペンタブを持って精神統一っぽいことをして集中しているように見えた。
そんな感じで私たちは一同作業に取り掛かり始めるのだった。
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