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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

むかしがたり

作者: Oz

ねえ師匠この数十年間ずっと考えてたんだこの感情について。これは愛じゃないかなそうだよ愛だよね


 昔あるところに、何色にも煌めく透明な髪と、この世の静謐を詰め込んだような厳かで冷たい銀の瞳を持った世捨て人がいた。彼女の名は旅人。名の通り旅をして回っている。そして彼女は、旅先の砂漠に囲まれた小国で、小さな弟子と出会った。


 「ねえ旅人、君は魔法使いなんだろ。僕に魔法を教えてよ。この国に水をもたらしたいんだ。」


 小さなその国の王子はそう旅人に願い、彼女の弟子となった。幸いなことに彼女が彼に与えた魔法と彼の器の相性は良く、比較的短時間で使いこなせるようになった。ただ、魔法の習得は本来とても時間がかかるもので、彼の場合、早いと言っても魔法を受け取ってから十年は優に超えていた。


 「弟子よ、私はそろそろ去ろうと思います。」


 旅人は彼の魔法が完全に制御される様をしかと見届けたつもりだった。故に、彼女が離れても心配はないと思ったのだ。現に、小さかった弟子はもう小さくはない。

 しかし弟子は旅人がいることで自分の人生が回ったと知っていたから、彼女をいかせたくはなかった。


 「ねえ師匠行かないで。僕もついていってもいい?」

 「……私を失望させるのですか。」

 「……勝手についていくのはいいでしょ。」

 「私はお前の志のために魔法を与えました。その意味が分かりますか。」


 旅人は弟子を冷たくあしらい、弟子が気付かないうちに、別れの言葉もなく去って行った。



 そして、弟子は、狂った。狂ったというより元に戻った、が正解かもしれない。もともと不安定な心に支えを与え、良く育ったところでその支えを奪ったのは旅人。大きく育った後で根元を支えていたものがなくなれば、当然のようにそれは折れる。

 旅人が居なければ弟子、砂漠の中の小国の王子は、自分を正常にしてくれる人がいることへの安心を覚えることはなかったのに。


 その味が忘れられない彼は、国中の民にたっぷりの水を与えた後旅人を追いかけた。もう、あれから何十年たったかなどは関係ない。だって彼女は老いることも死ぬこともないのだから。そして彼は、時間になど左右されない気持ちに支配されているから。


 もし運がよければ砂漠で一つの都が沈んでいる大きな湖に出会えるだろう。それは、彼の、純粋だった頃の彼の願いの跡。今はもう、ついでだからと置いていかれた願い。


 昔あるところに、何色にも煌めく透明な髪と、この世の静謐を詰め込んだような厳かで冷たい銀の瞳を持った世捨て人がいた。彼女の名は旅人。名の通り旅をして回っている。そして彼女は、カガクが発展し終えた国で、老人と出会った。老人は蔵書を盾に旅人を家に誘った。

 彼女は知らない知識があるとそれを全て知ろうとする。それを知っていたから。


 「ねえ、旅人。貴女は砂漠の王子の話を聞いたことがあるかい。」

 「……あるよ。私の弟子だ。」

 「話を聞いたところ出来損ないのようだけど、弟子と認めてあげるのだね。」


 皮肉気な物言いに旅人は引っかかる。


 「お前はあの子にあったことがあるの。」

 「いや。私のことも弟子にしてくれないか。貴女は情に絆されやすいと。」

 「態と煽ってるの?」

 「気を損ねたなら済まない。ただ、魔法について興味があるんだ。」

 「何が欲しい?私が持っている中からしか与えられないが。」

 「やはり本当なんだね。貴女が他の生粋の魔法使いと違う種類の魔法使いを生み出すことができるというのは。確か、“与える者”と。」

 「そこまで珍しいものではないさ。」

 「昔はよくそういう類のものが居たようだが、きっとあなたが最後の一人だよ。」

 「で、」

 「そんな目をしないで、師匠。僕はずっとあなたを探していたんだよ。ああ、貴方が僕を忘れていたらどうしようかと思ったけど良かったおぼえていてくれたんだねえ師匠この数十年間ずっと考えてたんだこの感情について。これは愛じゃないかなそうだよ愛だよねえ師匠愛しているよ」


 弟子の懐古を師はぶった切る。


 「やめてくれ。そんな話をするために私は呼ばれたのか。」

 「ああ、もうすぐ終わるから。」



 老人は突如として彼の心臓のあるであろうと頃に左手を突き立てて、薄い水色に光る鍵を取り出した。彼の命をかろうじてつないでいた、最後のささえであるそれを彼女に渡した。


 「ねえ、魔法を返したのは僕が初めてかな?何かのはじめてになれたらうれしいんだけど。」


 血を吐いて激しくせき込みながらも弟子だった老人は言う。


 「魔法を返されるのも、目の前で死なれるのも初めてだ」


 その言葉を聞いて顔を上げた老人は師の顔を見て顔をほころばせた。


 「なんだ、師匠、出来損ないの僕の死を悲しんでくれるんだ。僕は、こんなだけど、一瞬だけ、貴方の唯一でいられたよね?」


 そう告げ、その問いの答えを聞かずに、その老人は、師を残して灰のように散って消えてしまった。


 師は、無言でその古書店の床にしばらく蹲っていた。目元を覆ったまま。


 「皆、狂ってる。」


 そのつぶやきは、主のいなくなった小さな古書店に吸い込まれて消えた。

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