クビになった2人
逆転劇、流行ってるらしい?流れに乗って書いてみました。
ステージを照らすきらめくライト。観衆の熱量はいまでも爆発するのではないか、というくらい高まっていた。
ステージの上の少女たちが歌い、踊れば、ただでさえ高い熱量が、活火山のように吹き出していく。
「次は最後の曲…「君との出会いはボルケーノ」です!ちゃーーんと最後までついてきてねーーーー!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
ステージの少女たちの呼び掛けに呼応する地響きのような、もはや意味すらなさない雄叫び。観衆の中には涙まで流しているものすらいる。
この熱狂的
この狂信的
この圧倒的
普通に生きていたら味わえない異空間の場を瞬時に作り出す。
これがアイドル。
アイドルの力なのだ。
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「編集長、この赤字修正は、いくらなんでもおかしいでしょう!?」
俺は、目の前の椅子に偉そうにふんぞり返っている豚みたいにふくれあがった腹を見せてる編集長に食って掛かった。
「どう考えてもこの新興アイドルユニット『煌めき☆とらいあんぐる』を引っ張っているのは桜井桜子です。分量変えろ、ならまだわかりますが、記事から彼女の名前を完全になくせはおかしいでしょ!」
この編集長はアイドルの「あ」の字も知らないくせに、俺の書いた記事からあるアイドルの名前を消せ!などというありえない赤字修正を入れてきたのだ。まぁこいつがありえない赤字を入れるのは、いまに始まったことではないが。
「……雇われのライターごときが口を出す次元の話じゃないんだ」
睨みながら返答してきた豚中年は、アイドル情報専門webサイト「アイドルナウ」編集長の阿武羅観。
この豚、ライター上がりでも、企画上がりでもねぇ。しかもこのサイトに即したアイドルの知識すら欠片もないというお荷物だ。そのくせ政治力だけで、いきなり編集長に抜擢されたという何とも言えないクソ野郎だ。
「なにが口を出す次元じゃない、ですか。また上からの忖度ですか!だからアクセス数が落ちて、売り上げも下がってるんでしょ!」
こいつが赴任してくるまでは右肩上がりだったアクセス数も、みるみる下がっている。赴任してわずか3か月でアクセス数半分って妨害工作員だとすれば優秀だけど、そうでないならとんでもない無能だ。
「うるさい」
「ネットじゃあ、全面、単なる広告記事だとか、叩かれまくってるの知ってるでしょう?アクセス数確保できなければ、忖度も糞もないでしょう!?」
こいつができることは、営業時代のつながりで持ってきた上とやらへの忖度だけだ。うちのサイトに広告を出してくれてる関係らしいが、何故かその広告をディスカウントで受けてきてる。バカか。なんでディスカウントで受けた広告先に忖度してるんだよ。
お陰でほかの広告先もディスカウントしろって言ってくるし、記事にも口だしてくるようになってあっという間に雁字搦めになっていった。
記事はドンドンつまらなくなってアクセス数が落ちる。だからまたディスカウント。忖度。完全に負のスパイラルだ。
「うるさいうるさい!!期間契約の元フリーライターごときが口を出すな!次は更新しないぞ!」
「どうぞどうぞ。ちょうど都合のいいことに契約更新は今月いっぱいでしたよね?」
しかも今は月末。更新を切るには頃合いだ。俺の憎まれ口に豚野郎は、さらに強く睨んでくる。
「ああ!いますぐ出ていけ!この原稿とともに出ていけ!そして、のたれ死ね!!」
しっしっ、と犬を追い払うかのように右手の平を払う仕草をする豚野郎。ほんとこいつバカすぎるわ。
前の編集長に請われて、一緒に立ち上げたサイトだったが、まぁ仕方ない。俺は自分の机にある愛用のカメラとノートパソコンをカバンに詰めこむ。
さわらぬ神に祟りなしと、敢えて目をそらすほかのライターたち…沈没しようとしてる船から水を汲み出さなくていいのだろうか?
諦め気味に小さなため息をつくと、編集部のあるフロアからさっさと出ることにした。
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同日、同時刻。
アイドルユニット「煌めき☆とらいあんぐる」のメンバー桜井桜子は、珍しくあった平日午前中のライブを終えた楽屋内で、自分のパフォーマンスの反省をしていた。
「うーん。こうかな?いや、このときはもっと笑顔の方がファンの人は喜ぶかな?」
控え室にある鏡の前で曲途中のポーズを確認しながら、あーでもない、こうでもないと悩んでいる。
歳は二十前、背は気持ち低め、少し釣り気味の目と八重歯で何とも小生意気そうな容姿は「小悪魔」という表現が適切だろう。何よりスイカを2つ取っつけたような胸部は、健康的な男性ならまず1度見たら忘れられないだろう。
彼女は、自分がアイドルだからこそ、ファンには常に最高の状態を見せたい、と強く想う、ある意味生粋のプロである。
そのため今日も今日とて、ライブを振り返りながら、ファンからどう見えるか、ファンが何を喜ぶか、を研究している。
そのためだろう、グループでは間違いなく一番人気であるのだが、だからと言って彼女が順境にあるとは言い難い。
「あー桜子がぁまぁたくだらないことしてるゥ」
「ほんとほんといやだわ!」
「ケッ!自意識過剰で気持ち悪りぃ」
煌めき☆とらいあんぐるは、名前に反して4人グループだ。もともと3人で初めたのだが、どうにも売れなくて、途中からテコ入れとして、オーディションを行い桜子を加入させた。そうしたお陰か、最近徐々に人気が出始めたのだ。
事実、いまのこのユニットのファンの半分以上は桜子のファンなのだ。
「ケッ!オタクに媚びててまじ気持ち悪いィ!目障りだわ」
このユニットのリーダー格、高井貞子は、背が高く、スタイルは抜群。気の強そうな顔はなかなかの美人と言える。だが、客=オタクをバカにしきっていて、それがステージパフォーマンスにも現れている。
そして「ケッ!」とか「気持ち悪いィ!」など、アイドルとは思えないほど口が悪く、ステージでも隠そうとしないので、ファンがほとんど付かない。
「ファンの人がいやならアイドルなんてやらなきゃいいのに」
桜子は、貞子の方を向きもせずに、冷えきった声でつぶやく。しかし耳敏い貞子は桜子のつぶやきを拾ったようだ。
「アァ!?このブスが何か言ったか?」
「ほんとほんと!バカなこと言ってるんじゃないわよ!」
「桜子がぁふざけたこと言ってるぅ」
貞子に続いて、なにかを言ってる残り2人は、ありていに言えば貞子の取り巻きだ。貞子の父は、テレビ局のお偉いさんで、そのためアイドル適正が明らかにない彼女たちでも、スタッフをばっちり揃えて、友達3人でアイドルユニットを組むことが出来たというわけだ。
彼女たちはアイドルとして、ちやほやされることしか頭にない。とは言え、世の中そんなに甘くはない。良いスタッフを揃えても、肝心な本人にやる気がなければ、売れるのはとうていムリな話なのだ。
「まっ、いっかぁ」
貞子がわざとらしく声を張った。先ほどまでずっと不快そうな顔が唐突にニヤリとなった。あまりにも不安定すぎふ感情の起伏がかなり不気味だが、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべてその不気味さはさらに加速する。
「どうせ桜子は今日までだし!」
「は?」
今日までとは何の話なのか? 桜子が浮かんだ疑問を聞き返す前に、取り巻き2人も続けた。
「ほんとほんと!今日までだもんねぇ!」
「桜子はぁ今日までぇ!」
要領を得ないことを、繰り返す三人に桜子は戸惑う。
「え?それはどういうことですか?」
「なんで、わからねぇの?」
バカだなぁと言う貞子に、桜子は、内心で「わかるわけないでしょ!」と悪態をつく。しかし、口に出してもムダだと悟り、表向きは黙って続きを聞くことにした。
黙った桜井を見て、「言い負かした」と勘違いして気分が良くなった貞子がようやく結論を話す。
「バカな女…お前は今日でクビってことだよ!明日から来なくていいってことだ!」
202x年の夏のある日、1人の人気ライターと1人の人気出そうなアイドルが、奇しくもクビになった。
この2人が、クビをきっかけに、アイドル業界をハチャメチャにしていくとは、このとき誰の頭にも浮かばなかった。
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※登場する人、物、事柄は全てフィクションです。実在の人、物、事柄とは関係ありません。
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