邂逅
放課後。翔は1日を怠惰に過ごしていた為、今からが元気とも言える。
「さて、帰るか」
「未崎…お前帰る時だけは早いよな」
友人の誠司に言われようがなんのその。行きは遅く、帰りは早くが翔のモットーであった。
帰りにショッピングモール内のゲーセンに寄って、音ゲーをプレイする。専用のカードを筐体に翳し、専用通貨を消費してプレイする。
「これ運指マジでわからんな…。右手これ16分か?難易度詐称だろこんなん」
課題だった譜面も成長はなく。30分ほど誰も後ろに並ばなかったため、ずっとプレイしていた。
しかし、その後すぐ後ろに並んでるらしき人が居たので、声をかける事にした。
「えっと…プレイします?」
聞いたのは絶妙に並んでるとは言い難い場所に居たからだ。やらないと言ってくれと翔は願いながらその人の顔を見る。
「………」
少女だった。小学校のランドセルを背負った子が、こっちの顔を見て、ふるふると横に顔を振る。やらないという意思表示なんだろうか。そうなんだろうと思って、じゃあなんでこの子はここにいるんだ紛らわしいなと思いながらも''もう一度プレイしますか?"のはいをタッチする。
「(なんだかなぁ…)」
もう1クレだけやって帰ろう。そう思い、さりげなく少女でも知ってそうなメジャーなアニメ曲をプレイする。こんな少女でも意識しちゃうなと思うと我ながらめちゃくちゃキモかった。
1クレ終わってさぁ帰ろうとした時だった。
「幸!こんな所にいたの?探したんだからね!」
そっちを見ると、八島さんがいた。幸と呼ばれた女の子はこっちがプレイ終わったのを見て、しょんぼりとしていた。
「あっ!………………えっと」
「………どうも、同じクラスの未崎です」
「未崎……あぁ!はい、未崎君ですね」
絶対忘れてただろと思ったが言わない。しかも、さっきと話し方違うし。
「お兄ちゃん、このゲームうまいね」
幸と呼ばれた女の子が話しかけてきた。正直女性と話した事が小学校以来ない俺からしたら、淡白な返事しか出来ない。
「そ、そう?ありがとう」
「幸?遊んでもらったの?」
幸ちゃんはふるふると首を横に振る。じゃあなんなんだと八島さんがこっちを見てきた。
「な、なんもしてないですよ…ただずっと俺のプレイを見てただけですよ…」
「そうだったんですね。ありがとうございます。それでは。幸、行くよ」
めちゃくちゃ興味無さそうに去っていく。翔は安心して溜息をついた。
「はぁ…危なかった…これでロリコン認定されたら人生終わりだったよ」
そう独り言を吐く。本当に良かった。なんもなくて。大人しく家に帰ろう。そしてソシャゲの日課でもこなそうと思う翔だった。
その日の夜中。飲み物がなくなって、近くのコンビニまで行くかと思い、適当なパーカーを羽織って向かう。
田舎って訳ではないので、色んなコンビニチェーンがある中、たまたま1番遠いけどアイスが美味しいコンビニに行くことにした。
そこで会ってしまった。八島さんに。
コンビニの駐車場の縁石に座って、幸ちゃんと肉まんを食べていた。
「あっ、さっきのお兄ちゃん」
「えっ………あっ、どうも。未崎……くん」
「………どうも」
中に入って適当な飲み物を買う。なんかすっごい気になるけど何も言えない。言う度胸がない。でもなんかすごい気になる。
結局、春とはいえ少し冷えるのでホットココアを2本買ってしまった。
「えっと、その。寒く…ない?」
コミュ障か。自分に突っ込みながらココアを差し出す。
「えっ……と。くれるの?」
「うん。妹?さんにもどうぞ」
幸ちゃんは小さな声でありがとうと言ってココアを受け取った。八島さんはよく分からない表情をしていた。
「……何があったかは知らないけどさ。ここは寒いんじゃない?家は?」
「……貴方には関係ない」
まぁそりゃあそうだとしか思わなかった。別に何か解決できる訳でもないし。ヤケクソで聞いたら拒絶されただけだ。
「そうだね。ごめん。それじゃあね」
去るしかない。いたたまれないなぁと思いながらも、すっごい気になる。やけに八島さんはどうでもいいような表情するし、幸ちゃんは無表情だ。表情筋が息してないな八島家。
「お兄ちゃん、待って」
幸ちゃんにパーカーの裾を掴まれた。
「どうしたの?」
幸ちゃんは言いづらそうに下を向くばかり。呼び止められたから待つしかないかなと思っていると、八島さんの方が観念したように口を開いた。
「家出したの」
「はぁ、家出……家出!?そりゃあまた…うん…」
「 だから、ここにいたのよ。行くとこないし。でも、幸まで巻き込んじゃったのは後悔してる」
「なんでそうなったのか……はいいか。ちょっと待ってね」
「?」
急いで母親に電話する。今から人を招いていいか。こんな夜中だけど、母親は電話を取ってくれた。
「どうしたの翔。コンビニ行ったんじゃ…」
「母さん。クラスメイトがちょっと色々あったみたいでさ。小学生の子もいるんだ。今から連れてってもいいかな?」
「んーー…わかったわ。理由は聞かないけど、連れてらっしゃい」
「ありがとう」
電話を終えると、来ていたパーカーを八島さんに渡す。4月でも、まだ寒いもんだよなと思ってパーカーを着てきてよかった。
「はい。さすがに夜は寒いでしょ。妹さんでもいいから着なよ。それと、今から俺ん家来て。今日くらいは家出の手伝い出来るからさ」
「あっ………ありがとう」
2人を連れて家に帰る。心臓は思ったよりバクバクと鳴ってなかった。こんな状況普通じゃない。でも、踏み込む勇気はないから、精々俺に出来ることはこれくらいだと言い聞かせて家に戻った。
「ただいま」
「おかえりなさい。この子がクラスメイトの子?」
「えっと…八島 菖蒲といいます。夜分遅くにすみません。この子だけでも預かって頂ければ…」
「訳ありみたいね。翔?アンタ何かこの子から事情聞いたの?」
「聞いてないよ。変に人の家庭事情に押し入るのも違うだろ。ただ、この時間にずっとコンビニにいるよかマシじゃねって思って電話したんだよ」
「そう。えっと、菖蒲ちゃん?とりあえず妹ちゃんとあったまってきたら?お風呂は湧いているから」
母親があれやこれやと案内して風呂に入れたみたいだ。思った以上に無口な子達だなと思う。クラスにいた時って陽キャグループにいたイメージなんだけど、意外とそうでもないのかもしれない。
お風呂から上がってきた2人は、ぶかぶかのパジャマを着て出てきた。
「あの……ありがとう」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「いいよ。寝る場所はリビングでもいいかな?男の部屋なんか入りたくないだろうし、一応ありったけのシーツ持ってくるから寒くはないと思うけど…」
「何も、聞かないんだね」
沈黙。シーツを持ってこようとする足が止まる。
「聞かないよ。八島さんが話したいなら聞くことには聞くけどね」
「……虫が良すぎない?」
「そうでもないよ。たまたまだし。気持ちの整理とかも、ついてないで家出したんでしょ、多分。明日になったら冷静になるよ。そんで、まだ家出するなら友達とか頼ればいいんじゃない?ほらもう、遅いからさ、もう寝ようよ」
「そうね……ありがとう」
会話が終わって、電気を消す。
自分の部屋に戻って、ベッドにダイブしても、一向に睡魔はやってこなかった。