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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第三章 杖屋と杖を壊す少年
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バスタイム

 浴室に入ると、バスタブにはたっぷりのお湯が張られており、星屑を()したような小さなライトや、花が浮かんでいた。アロマが混ざっているのか、ほんのりとレモンのような爽やかな香りがする。少年は再び声を上げた。


「すごいや……」

 村にいたころ、こんなオシャレな浴槽を見たことはない。やはり、年頃の女性が家主だとこうなるものなのだろうか。

(……そういえば、このお風呂にはさっきのお姉さんも入るんだよね……)

 少年はそう思うと、カッと顔が赤くなる。決していやらしいことを考えたわけではないが、いかんせん少年といえど男だ。彼はブンブンと首を振ってシャワーのノズルをひねった。


 久しぶりのシャワー。体中の汚れが、お湯と一緒に排水溝へ流れていく。髪と体を丁寧に洗い、少年は鏡を見つめた。グレーがかった髪の隙間から、両親と同じエメラルドグリーンの瞳がのぞく。

「お父さん……、お母さん……」


 混碧(こんぺき)は自然災害だ。場所も、時も、選ばない。突如発生し、奪えるものすべてを等しく奪って消えていく。恨むことすらできないままに。やるせない気持ちが胸の奥にまざまざとよみがえる。

 それでも、生きていかなくちゃいけない。両親がくれた命を、無下にすることは出来なかった。運よく、良い女性にも拾ってもらった。


(僕は生きて、恩返しをしなくちゃ……)

 一時は死んでしまいたいとさえ思っていた少年に、生きる意味が芽生える。すべてを失ったと思っていたが、こうして、恩を返す相手が出来た。少年は、涙を誤魔化すように、ザブンと浴槽に体をつけた。


 ちょうど良いぬくもりに包まれ、体が溶けてしまうのではないか、と思う。ずいぶんと久しぶりの感覚だ。治癒魔法のお陰で、傷に染みることもない。柔らかなレモンの香りが、気持ちをリフレッシュさせる。星屑のライトがぼんやりと明るく光り、幻想的な雰囲気を(かも)し出していた。少年は浴槽の中で、久しぶりに安寧(あんねい)の場所を見つけた、と言わんばかりに深く息を吐きだした。真っ白な花から、かすかだが、落ち着いた歌声が聞こえる。


「花が……歌ってる……?」

 優しい子守歌のような。幼いころ母親が歌ってくれたものによく似ていた。少年の目尻が、トロンと下がっていく。心地の良い時間がそこに横たわり、彼の心をわずかに癒した。


 どれほどゆっくりしていたのだろうか。少年は浴室から出て、用意されていたタオルで体を拭き、やや大きめのパジャマに着替えた。女性ものだ。少し甘い香りがする。少年がそっと浴室から顔を覗かせると、何やら木を削っていた女性が少年の方へと顔を上げた。


「少し落ち着いた?」

 女性の問いに、少年はこくりとうなずく。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 少年が礼儀正しく頭を下げると、女性はにこやかな笑みを浮かべた。


「ソングフラワーは、気に入ってくれた?」

「あの、歌う花のことですか?」

「そう。最近開発された子供向けの娯楽商品だけど、私のお気に入りなの」

 へぇ、と少年が小さく声を上げると、女性は満足そうにうなずく。


「ホットミルクを入れたから、良かったら飲んでね。私はここで、まだしばらく仕事をしてるから、歯磨きをしたら、勝手に寝てくれていていいし」

「それじゃぁ……」

 少年はおずおずと女性の前に腰かけ、湯気の立ち上がるホットミルクに口をつけた。ミルクの優しい甘さが口いっぱいに広がる。ハチミツが少し入っているのか、まろやかな口当たりが少年を安心させた。


 女性は少年の様子を少し見つめてから、再び手元の木片に視線を戻す。丁寧に削られていくそれは、次第に杖のような形になっていく。

「あの……お姉さんって……」

 少年の言葉に、女性は手を止めた。目だけを少年の方へやる。


「アイリス。お姉さんっていうのも素敵な響きだけど……アイリスって呼んで」

 自己紹介がまだだったね、とクスクスと微笑んだアイリスは、その名にふさわしい、美しい女性だった。


 流石に呼び捨てには出来ない。さん付けで彼女を呼んで、少年はアイリスのほうへ視線をやった。多分、年も数個ほど彼女のほうが上だ。数個なのに、こんなに大人っぽくてしっかりしているなんて。少年はその視線を、アイリスの手元にあった木片に移す。杖の形に見えるが、杖を作っているところを見るのは初めてだ。

「アイリス……さんは、何を作ってるんですか」


「杖よ。私、杖屋さんなの」


 少年はその言葉に、目を丸くした。

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