表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第二章 魔法使いの杖屋さん
5/44

杖屋、邂逅

 アイリスは、右手に持った杖を大きく天に掲げた。

「リップアップ!」

 アイリスの言葉が空へ吸い込まれるように響いたかと思うと、次の瞬間、前方に一閃、鋭い光が走った。轟音(ごうおん)とともに人の背丈ほどの木が真っ二つに裂け、森いっぱいに風が吹き渡る。鳥たちはいっせいに飛び立ち、動物は物陰に隠れた。閃光が跡形もなく消えると、森には静寂が訪れる。


 アイリスはふぅ、と息をつくと、目の前に転がっている木片に近づく。そして、それらにそっと手を合わせ、祈りを捧げた。相手は魔物。とはいえ、命を奪ってしまったことに罪悪感がない訳ではない。感謝と、あの世での安寧(あんねい)を祈る。せめてもの(つぐな)いになれば、と彼女は思う。

 アイリスは、木片になった魔物を抱きかかえ、立ち上がった。

「思っていたより遅くなっちゃった……。そろそろ店に戻らないと」


 森には夜が迫っていた。この辺りは、人気もなく、魔物も少ない。慣れ親しんだ森で迷うこともない。とはいえ、何が起こるか分からないのが人生だ。つい最近も、森の先にある村で混碧が発生したと聞いている。

 自然災害には、人も魔物も成す術がない。ただ蹂躙(じゅうりん)され、通り過ぎるのを待つしかない。村は壊滅したと聞いた。気の毒だが、いつその火の粉が自らに降りかかるとも分からないのだ。アイリスは急ぎ足で店へと向かった。


 アイリスは、魔法使いの必需品『杖』を作り、それを売ることで生計を立てていた。みんなからは「杖屋さん」と呼ばれている。基礎的な生活魔法はともかくとして、魔法を扱うには杖が必要なのだ。そんなわけで、この世界になくてはならない商売だが、それだけに杖屋を営んでいるものも多く、アイリスはその中の一人にすぎない。特別なことと言えば、ひっそりと森のふもとで店を営んでいる、ということと、アイリスが生まれ持って手にしていた才能だけだ。


 杖を作ることは誰にでもできるが、その杖を素晴らしいものに仕上げるには、ある才能が必要だった。

『加護』。魔法使いたちは、そう呼んだ。

 アイリスとて、魔法に(ひい)でているわけではないが、この才能のおかげで、良質な杖を作ることが出来ている。アイリスが祈りを込めて作った杖には、特別な力が宿る。魔法使いの魔力を底上げしたり、魔法の威力を強めたりするものだ。アイリスはそのおかげで、まだまだ新米の、それも辺境の店でありながら、なんとか杖屋としてやってきたのだ。贅沢をしなければ、生きていくには困らない程度の収入があり、国に認められた精鋭の魔法使いたちからのお墨付きをもらっている。


 それ以上は何も望んでいない。ただ、この先も、平和に暮らしていければそれで良かった。


 ◇◇◇


 アイリスは、店の前の光景に目を見開き、手から木片を落とした。

 慌てて地面を蹴り、店の前に倒れている少年に近づく。十二歳くらいだろうか。その顔にはあどけなさが残る。

「大丈夫ですか?!」

 反応はない。少年はあちこちにケガを負っており、浅い呼吸を繰り返していた。


「いけない……」

 このままでは死んでしまう。

 アイリスは慌ててポケットから杖を取り出し、少年に向けてそっとその杖を下ろした。何かをぼそりと呟いたかと思うと、杖の先からはほんのりと淡い光があふれ、彼の胸元にふわりと広がっていく。一瞬、少年の体を包み込むように柔らかな光を放つと、それはあっという間に消えてしまう。アイリスは続けざまに魔法を唱え、杖を二、三度くるくると回す。今度はふわりと風が舞い上がり、少年の体を家の中へと運んでいく。

 アイリスはようやく息をつき、落とした木片を拾い上げた。店の扉を開け、少年をベッドにおろす。杖で空中にそっと弧を描くと、ふわりとブランケットが舞い上がり、彼の上に降り立った。


 どうしてこんなところで……。

 アイリスは少年を見つめる。簡単な治癒魔法を(ほどこ)しただけだが、一命はとりとめたらしい。傷を治せるほどの力はないので、これ以上は少年の自己治癒力に賭けるしかない。なんとももどかしいが、それが自然の摂理だ。どれほど素晴らしい魔法使いであろうと、一度死んだ者を生き返らせることは出来ない。少年の命もまた、同じだった。自ら出来る最善のことをする。それでもダメな時は、ダメなのだ。魔法よりも、運命の力が強く働いてしまうことは、この世界にはよくあることだった。

 しかし、店の中で死なれては目覚めも悪いというもので、アイリスはひとまず少年の容態を見ながら生活することにした。


 少年の手に握られた杖に気が付いたのは、その時だ。


 倒れていたにも関わらず、彼はこの杖を手放すことはなかった。

 見たことのないデザインだ、とアイリスはそれをしげしげと見つめる。


 少年の背丈ほどのある杖は、美しい形状だった。なめらかな曲線を描き、無駄な形状は一切ない。大きな木を手加工でまっすぐに削り出すことは難しい。そういう専門の職人もいるが、あまりにも高価なため、市場にはほとんど出回らない。よっぽどの物好きか、金持ち以外、手にすることのない代物だ。この少年が一体何者かは分からないが、これを買い与えた人物はそのどちらかだろうか、とアイリスは思う。


 杖の先端についた装飾も美しい。金のメッキが(ほどこ)された台座に取り付けられた淡いブルーの宝石。特別強い力は感じないので、ただの飾りだろうと思うのだが、上品で繊細なつくりだ。大きな石だが、傷も濁りもなく、美しい。王に献上されてもおかしくないと思うほどよくできた杖は、持つ者が持てば、それは大層な宝となるだろう。


 杖は消耗品。使い続ければ、蓄積された魔力が杖の体力を奪い、壊れてしまう。それなのに、この杖は消耗品にするにはあまりにも美しすぎた。杖は、使わなければ意味をなさないが、使うには惜しい。

 そんな杖に、杖屋としての興味が掻き立てられ、アイリスはしばらくそれを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 5/5 ・なにこの…なんだろう…運命を感じる出会い… [気になる点] こういうの書けるようになりたいです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ