魔法使いと杖屋さん
「僕は、ずっと、魔法がうまく使えなくて……。混碧で、すべてを失って……。魔法学園でもうまくやれずに、もう、魔法を使うことをあきらめようと思っていました。死のうかとも思ったんですけど、それだけは、しちゃだめだと思って。だから、一人でひっそり、生きていこうって思ってたんです」
風が吹き、ローレルの髪が揺れる。
「でも、僕……アイリスさんたちを守れて、嬉しかった。誰か一人でもいい。僕はやっぱり、僕の魔法で、困っている人たちを救いたいと思ったんです」
強くなりたい。そう言ったあの日の少年は、立派な魔法使いとして生まれ変わっていた。
アイリスの瞳に、強い志を持つ青年の姿が映る。
「だけど、僕はすぐに杖を壊してしまうでしょう? だから、アイリスさんの力を貸して欲しいんです。もちろん、今度はちゃんとお金を払います!」
ローレルは慌てたように付け加えて、ひと呼吸おくと、だから、と切り出した。
「僕と一緒に、旅をしてくれませんか?」
輝くエメラルドグリーン。アイリスはそこに、希望を見る。
「……ほんと」
アイリスはぽつりと言葉をこぼす。
「え?」
「ほんと、最高! ローレル、あなた、きっとこの国一番の……いいえ、世界で一番の魔法使いになるわ。最強の魔法使いが使う杖を、私が作って売るなんて、考えてもみなかった」
「最強の魔法使いになれるかは、わかりませんが……」
ローレルが少し困ったように頭をかくと、アイリスの瞳がローレルを捉えた。
「絶対に、なれるよ! ローレルなら」
輝くオーシャンブルー。ローレルはそこに、未来を見る。
アイリスがニコリと微笑む。ふわりと柔らかな髪が揺れ、その美しい一瞬がローレルの瞳に焼き付いた。
――何があっても、僕が絶対にアイリスさんを守ります。
決意のような、覚悟のような。
呟いた言葉がアイリスに届くことはなく、アイリスは「何か言った?」と首をかしげたが、ローレルは首を軽く横に振って、なんでもないです、と答えた。
二人は、止めた足を再び踏み出す。
はじまりの場所――二人の出会った杖屋へ。
◇◇◇
こうして、二人の旅が幕を開ける。
杖を作り、その杖を売り、困っている人を助けるため世界中を奔走し、時にはやり過ぎて怒られ、杖を壊し、また杖を作り……。
魔法警団として国を守るアスターのもとにも、王都で杖を売るシャロンのもとにも、そして、魔物を討伐しているコルザとガーベラのもとにも。
いつしかその噂が耳に入る。
『杖を壊す魔法使いと杖屋のちょっと変な二人組がいるらしい。
でも、その二人に頼めば、どんなことでも絶対に助けてくれるんだって』
今日もどこかで、一人の魔法使いが、杖をふるう。
今日もどこかで、一人の魔法使いが、杖を作る。
――今日もどこかで、二人の魔法使いは、誰かの笑顔のために、杖を握る。




