終幕
「ひとまず、安全な場所へ降りよう。そろそろ魔法警団も、到着しているはずだ」
アスターがゆっくりとホウキを旋回させた。真下に、鎮火したばかりの海が見える。黒く濁って、深い、深い闇のようにも見えたが、不思議と怖さはなかった。
終わったのだ……すべて。
ようやく地上へ着いた頃には、アスターは肩で息をしていた。先に地上へ降りていたコルザとガーベラの足取りも重く、アイリス達はそっと抱きしめあった。
アスターの姿を見つけた魔法警団の男が駆け寄り、アイリス達を見つめる。その顔には、悔しさと安堵が滲んでいた。アスターは男の肩を軽くたたき、何かを話している。
「後処理は、よろしく頼む。俺は、疲れた……」
「はっ!」
どうやら、後の始末はやってくれるらしい。いくら、ドラゴンを倒したとはいえ、あたりは流れたマグマや、落石で焼け野原だ。このままにはできない。
「ローレル」
アスターは、興奮が冷めないのか、ぼんやりとした様子のローレルに声をかける。
「アスターさん……」
震える声が、彼のそれまでの恐怖や、不安や、そして、安堵を表していた。
「アイリスを頼む。俺は、しばらくここに残って、仕事になりそうだからな」
隣にいたアイリスは、思わず顔を上げてアスターを見た。
「えっ! 大丈夫です、私なら、一人でも帰れます!」
強がって見せたが、どうやらお見通しらしい。アスターは軽く笑みを浮かべて、アイリスの頭を優しくなでた。
「アイリス、君は、ローレルをよろしく頼む」
「「えっ!?」」
アイリスとローレルの驚いた声が重なる。
「二人で帰れ。二人でなら、帰る場所は、いくらでもあるだろう」
アスターはふっと笑みを浮かべると、魔法警団の人たちのもとへと歩き出していた。
コルザとガーベラも、一度は帰還するようだ。だが、討伐師として、魔法警団に報告する義務があるらしい。アスターも一緒に同席して、事実関係やら、報酬の確認やらをしなければならない、と肩をすくめた。
「元気でね。二人とも」
「また会おう!」
コルザとガーベラは大きく手を振って、アイリス達を見送った。
こうして、結局追い出されるように、二人は山岳地帯を出た。魔法警団の計らいにより、アイリスの店までの馬車も出してもらった。馬車に揺られながら、二人はぼんやりとこの長い旅路に思いを寄せる。時折、ローレルが何かを言いたそうに顔を上げるが、アイリスを見ては、目を伏せた。
「……ローレル、ありがとう」
ぽつりとアイリスが口を開く。ローレルがハッと目を見開いた。
「あなたのおかげで、私は生きてる……」
アイリスは、美しいブルーの瞳に涙をためて、くしゃりと笑った。
「……僕だって……! アイリスさんのおかげで……」
続く言葉は声にならず、ローレルは涙を流した。
ずっと、一人で生きていければそれでいいと思っていた。一人なら誰かを傷つけることも、失望されることも、そして、誰かを失うこともない。それでいい。それでいいと思っていた。……でも。
「アイリスさんが、生きていてよかった……」
ローレルの胸のつかえが、とれたような気がした。
自らの命を救ってくれた恩人。ようやく、その恩を少しだけ返せたような気がした。
――これで、僕も胸を張って……魔法使いとして、生きていける。
窓の外から、一筋の光が差しこんだ。
「ねぇ、アイリスさん。魔法使いに必要なものって、なんだと思いますか」
店まで、あと少し。馬車がやや速度を落としたところで、ローレルが尋ねた。暇つぶしだろうか。それにしても不思議な質問だ、とアイリスは首をかしげる。
「なぞなぞ?」
「魔法学園の編入試験で聞かれたんです」
「どうして今その話なの?」
ローレルが、なんとなく、と微笑むと、アイリスは少し考えて口を開く。
「……杖、かな」
アイリスは、美しく微笑んだ。




