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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第十二章 その二人、邂逅

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再会

 中腹まで来ただろうか。

 大きな岩と岩の間に深く広がる闇が見えた。その先に、洞窟(どうくつ)が広がっていることは確認せずとも分かる。洞窟に吹き込む風はやはり、涼しい、と言えるものではなかったが、アイリス達にとってはもはやどうでもよかった。

 今日はここまでにして休もう。誰かがそう声を上げ、皆もそれに賛同した。


 先ほど休んだ洞窟(どうくつ)に比べて、さらに蒸し暑い。やはり、この山全体が、何かに温められているようだ。服が肌にベタベタと張り付くような感覚は気持ちが悪いが、当然シャワーなどあるはずがない。アイリスはトランクケースから水の入った瓶を取り出して、一口飲み干した。

 ずいぶんと疲れた。森のような、木々や葉が生い茂っている場所ならともかく、岩山に登るのは初めてのことだ。体がついてこないのも当たり前だった。


 特にすることもなく、ぼんやりと暗闇を見つめ……アイリスは「え?」と声を上げる。洞窟(どうくつ)の奥へと続く一本道。誰もいないはずの闇が、一瞬だが、動いたような気がしたのだ。アイリスは素早く杖をその方向へと(かか)げる。


 アイリスの異変に気付いたアスターがアイリスにそっと耳打ちする。

「どうした」

「あの、奥に……何か……」

 勘違いだろうか。魔物であれば、ガーベラやコルザが気づいてもおかしくはないが、二人は何やら入り口の辺りで話し込んでいた。アスターも杖を取り出し、ゆっくりと奥へ移動する。下手に動いて刺激するわけにもいかない。とにかく音をたてないように、そっと、アスターは腰をかがめて足をすすめる。魔法警団仕込みのそれは、まるで潜入(せんにゅう)捜査(そうさ)をしているようだ。

「アイリスはここで、待っていろ」

 アイリスが(うなず)くと、アスターはさらに奥、闇の深いほうへと足を進めた。


 どれほど時間が経っただろうか。

 突如、カッ! と稲妻のような光が、周囲に瞬いた。

「っ!」

 アイリスは反射的に手で顔を(おお)う。何が起きたのかわからない。ただ、すさまじい威力の魔法が放たれたようだった。


「何?!」

「どうした!」

 ガーベラとコルザは杖を向け、アスターの消えた闇の方へと走る。閃光(せんこう)をものともせず、二人はその真っ白な視界へと飛び込んでいく。逆光の中に浮かぶ暗い影もやがて消え、あたりには静寂が立ち込める。


「アスターさん!」

 アイリスも慌てて、立ち上がり、三人の後を追う。

「待て!」

 瞬間、アスターの大きな声が響き渡った。洞窟(どうくつ)に反響し、くわんくわん、と音を立てる。

「ローレル!」

 続いて聞こえたその名に、アイリスは顔を上げた。


 遠くに、青年の姿が見えた。背が高く、()せてはいるが、この環境で育ったせいか筋肉がうっすらとついている。ボロ布をまとっているような状態で、髪は乱雑に生えていた。

 やがて、髪の隙間から(のぞ)く瞳が宝石のように輝いて見えると、アイリスは思わず走り出していた。がむしゃらに、転がった石を()り上げ、力いっぱいに地面を踏み込んだ。ガーベラとコルザの制止も振り払い、固まっているアスターの横を通り抜け――


「ローレル!」


 ずっと、ずっと探していた少年。アイリスはその手をいっぱいに広げ、ローレルの体を抱きしめた。見間違えるわけがない。どれほど成長していても、あの時の少年の面影が残っている。

 線の細い体がその衝撃(しょうげき)にやや後退し、それから、温かな手がふわりとアイリスの肩を抱いた。


「……アイリス……さん……?」

 美しいボーイソプラノは、心地の良いテノールになり、小さかった手は、骨ばった男らしい手になっている。アイリスよりも小さかったはずが、アイリスよりも頭一つ分は大きくなっており、ただ……その美しいエメラルドグリーンの瞳だけは、何ひとつ変わっていなかった。


 ローレルの瞳は涙にぬれていた。そのしずくが、ポタリと、アイリスの肩に染みを作る。

「どうして……ここに……」

 アイリスは泣きそうになるのをこらえながら、背伸びをしてローレルの柔らかな髪を優しく、そっとなでる。あの頃のように。


「ローレルに、杖を返しに来たよ」

 ローレルは、肩を抱いていた手をアイリスの背中に回し、きつく、強く、アイリスを抱きしめた。そして、まるで子供のように声を上げて泣いた。


「ずっと……ずっと、謝りたかった! アイリスさんに! 僕……!」

「いいの。ローレルが生きてくれていただけで……。良かった……」

 アイリスも、やがて涙をこらえることが出来なくなった。止めようとしても、その涙が止まるところを知らず、瞳から(あふ)れては、こぼれ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 36/36 ・わお。感動の再会でした。 ・くわんくわん [気になる点] よくぞこんなシチュを用意できるもんですね。 [一言] 筋肉! 筋肉いいですね
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