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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第十一章 アイリスは、最果ての村に

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休息

 アイリスのトランクケースの中身に目を輝かせたのはガーベラだった。

「やだ! これ、ソングフラワーじゃない!」

「「ソングフラワー?」」

 男二人はガーベラの手に握られた小さな花に首をかしげる。


「お湯に浮かべると歌うのよ、知らないの?」

 ガーベラの冷たい視線に、男二人は黙り込む。これだから男は、とガーベラはため息をついて、アイリスには対照的に可愛らしい笑みを浮かべた。

「ねぇ、アイリスちゃん! 一緒にお風呂に入ってもいい?!」


 まさか、この荒廃した村でお風呂とは。

 アイリスが驚いたように目を見張ると、ガーベラはアイリスの手を握る。男二人は、アイリス以上に目を丸くして、その様子を見つめた。


「前にこの村へ来たとき、ちょうどいい場所を見つけたの! ちょっと魔法が必要だけど、今日は私もまだ魔力は残ってるし」

 先ほど同じ魔物を討伐(とうばつ)したとは思えない。さすがは討伐師だ。そのタフさに、アイリスが曖昧な笑みを浮かべると、それを承諾(しょうだく)と取ったのか、ガーベラはさっそくポーチから着替えを取り出し、アイリスを引っ張った。


 ガーベラが案内してくれたのは、山のふもとに()いた小さな泉だった。水を温める魔法をかけ、ガーベラは恥ずかしげもなく服を脱いでいく。恥じらいというものはないらしい。

「大丈夫よ。コルザとアスターに(のぞ)きなんて度胸はないから」

 パチン、と軽くウィンクされ、アイリスもおずおずと服を脱いだ。ここしばらくはシャワーばかりだったのだ。お湯に浸かった瞬間、その気恥ずかしさはあっけなくどこかへ飛んでいった。とろけるような温かさが体にしみわたる。


 ソングフラワーの優しい歌声が響く。

 うっとりと目を細めたガーベラに、アイリスは気になっていたことを口にした。

「あの……ガーベラさんと、コルザさんは、お付き合いをされてるんですか?」

「はぇ?!」


 突然の質問に、ガーベラはパチパチと(まばた)きを繰り返した。

 まさか、そんな質問をされるとは思っていなかったのだろう。アイリスとしてはほんの興味本位で……それも、出来るだけ暗くなってしまわないように、という気遣いだったのだが、どうやら話題選びを間違えたようだ。

 ガーベラは顔を真っ赤にすると、視線をさまよわせた。


「付き合っては、ない、のよ……。その、昔からの(くさ)(えん)っていうか……」

 ガーベラの表情は乙女そのもので、アイリスの知る『出来るお姉さん』といった雰囲気はない。

「すごく信頼しあっているように見えたので、てっきり……」

「そりゃ、もちろん。信頼はしてるわ。もういい加減、長い付き合いだし。でも……その、す、スキとか……そういう……」

 服を脱ぐのにあれほどためらいのなかったガーベラが、ここまで恥じらうとは。態度が好意を表していることにも気づかず、ガーベラは「違うからね!」と声に出した。


「そっ! それこそ、アイリスちゃんはどうなの? その、アスターとか!」

 取り(つく)うようにガーベラが声を出す。予想外の人物の名前に、アイリスは目を見開いた。

 アスターは確かに、良い人だと思う。魔法警団の一員だからか、体格はがっしりとしているし、性格だって真面目で優しい。だが……。


「アスターさんは、大切なお客様ですし、考えたこともありませんでした……」

 アイリスの言葉に、ガーベラはこめかみを押さえる。アイリスがキョトンと首をかしげると、

「なんでもないわ。恋バナは終わりにしましょ」

 とガーベラは憐憫(れんびん)の情をアスターに向け、話を切るのであった。


 一方、女性陣がそんな話をしているとは知らない男二人もまた、同じような話をしていた。

「よっぽど、ソングフラワーが欲しかったみたいだな」

 アスターがからかうようにコルザを見つめると、コルザは苦笑を浮かべる。

「プレゼントしろって?」

「好きなんだろ?」

「でも、付き合ってるわけじゃない」


 二人はずいぶんと長い付き合いだったはずだ。そのせいで、余計に関係性を壊せないのだろう。どうみても相思相愛なのだが、本人たちは気づいていないようである。むしろ、互いに気づかせまいとうまくやっているのか……。

 アスターは深いため息をついた。


「付き合ってなくても、プレゼントくらいは普通だ。それに……いつまでも、このままってわけにもいかないだろう?」

 アスターのいうことは最もだ。コルザは所在なさげに視線をさまよわせる。こそばゆい気持ちで落ち着かない。

「……そういう、アスターこそ。アイリスちゃんに気があるの、バレバレだからな!」

 悔しまぎれにコルザが言えば、アスターが珍しく慌てたような顔をした。

 してやったりだ。コルザは内心でほくそ笑んだ。


「なっ! べ、別に、俺たちはただの杖屋と客の関係で……!」

 ここまでわかりやすく慌てるのも珍しい。

「アイリスちゃんはそう思ってるかもな。でも、アスター、お前は違う。アイリスちゃんを見てる時の表情、なかなかだぞ」

 コルザがニヤニヤと笑みを浮かべれば、アスターは深く息を吐き、コルザから視線を外した。

「ローレルって子に、取られないようにしないとな」

 コルザのダメ押しが決まり、アスターは苦虫を()(つぶ)したような顔を見せるのだった。


 戻ってきた女性陣と、交代で風呂へ行った男性陣の間には、妙な雰囲気が(ただよ)った。もちろんそれに気づいたのは、部外者だと思っているアイリスだけだ。

 結局、その妙な雰囲気は、男性陣が風呂から戻ってきた後しばらくも、四人を支配した。


 ――アイリスが眠りにつこうか、と準備していた時。アスターがアイリスに声をかけた。先ほどのガーベラの話を思い出し、アイリスの心に何とも言えぬモヤがかかる。アイリスはそれをうまく誤魔化し、アスターとともに家の外へと出た。


「……わぁ……!」

 夜空を(おお)いつくすほどの星々。アイリスは思わず声を上げる。

 家の明かりもなければ、街灯もない。そんなこの村で見られる、唯一の美しいもの。

「綺麗ですね」

 アイリスの微笑みに、アスターは視線を外す。

 コルザとの話のせいで、変に意識してしまう。

 アイリスはそんなアスターの気持ちには気づかないまま、目を輝かせて空を見上げた。


「……アイリス」

 アスターが口を開く。真剣な声色。アイリスの髪がふわりと風に揺れる。

「もしも、ローレルに会えたとして……杖を返した後は、どうするつもりだ?」

「どうするって……」


 アイリスはその言葉に視線を落とす。正直なところ、杖を返した後のことなど、考えている余裕などなかった。だが、杖を返して「じゃぁ、さようなら」というわけにはいかないだろう。かといって、ローレルの身元を引き受ける、という覚悟すら決められない。


「ローレルが、このままここで暮らす、と言ったら、どうする」

 アスターも責めているわけではない。アスターもまた、ローレルと出会ってからのことは、何も決めることが出来ないでいたのだ。

「……その時は……」

 アイリスは眉を下げ、困ったように笑った。


「その時は、ローレルの意志を尊重します」

 ひどい質問をしてしまった、とアスターはアイリスの表情を見て思う。


「でも……。もし……もしも、ローレルが、私たちと一緒に帰りたいと言うのなら……、その時はもう一度、手を取りたいと思うんです」

 アイリスの柔らかな瞳が、星の光に反射するかのようにチラリと(またた)く。

「なんて……私は、ただの杖屋さんなのに、変ですよね」

 どこか(はかな)げなその言葉を、柔らかな夜風がさらった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 34/34 ・温泉はとろける。ですね。確かにとろける。思い出しました。 [気になる点] アイリスだけ雰囲気に気づくんですね。状況的に納得しました。 [一言] そろそろラスボス戦が始まるか…
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