偶然の出会い
翌朝。
結局、有力な手掛かりはつかめぬまま、アイリスは次の街へと出発した。
かれこれローレルを探して半年。
もはやどこへ向かっているのか、アイリスにもわからない。だが、アスターから聞いた噂話が妙に心に残っているせいだろうか。なぜかアイリスの足は無意識のうちに、国の外れにある山岳地帯へと進んでいた。ローレルとは無関係のはずが、ローレルのもっていた杖が伝説の杖だとしたら、という気持ちもあるのかもしれなかった。
時折、訪れた街で杖を販売し、なんとか日銭を稼いではいるものの、もうその金もあまり多くはない。王都を超えてから、森というよりも牧草地やら農作地が増え、杖の材料となる魔物も減ってきている。
「本当に、どこへ行っちゃったの……」
アイリスは、トランクケースに縛り付けられたローレルの杖を見つめ、はぁ、とため息をついた。
誰にも見つからずに移動するのも無理がある。ローレルは別に犯罪者ではないし、姿を隠す必要もないのだ。いずれ消息もつかめるはず、と思ってはいるのだが、なかなか良い情報にも巡り合えない。杖を返さなければ、という漠然とした思いだけでここまでやってきたが、さすがのアイリスも気がめいってしまいそうだった。
せめて、ローレルらしき少年を見た、なんて情報でもあれば……。
思わず欲が出てしまう。ローレルに一目会い、この杖を返すことさえできれば、それでいいのだ。もちろん、出来ることなら幸せに暮らしていてほしい、とは思うが……。
アイリスはとにかく、今は次の村を目指さなければ、と顔を上げる。あまりうかうかしていては、昨晩のように魔物と対峙してしまうかもしれない。魔物が眠っている日の高いうちに、村までたどり着きたかった。もう、あんな思いをするのはごめんだ。
「もう少し、頑張らなくちゃ」
アイリスは自らを鼓舞するように、出来る限り元気な声を出した。
夕暮れにたどり着いた隣村で、アイリスは目を見張った。
「アスターさん!?」
まさか、こんな田舎の小さな村で、見知った顔と出会うとは。
「アイリス?」
それはアスターも同じだったようだ。夢だと言わんばかりに目を瞬かせ、上から下まで確かめるようにアイリスを見る。
「どうして、こんなところに……」
「アイリスこそ……」
二人の開いた口はふさがらない。互いに相手を見つめ、しばらく硬直した。
そんな二人に声をかけたのは、二人組の魔法使いだった。
「アスター、そんなところで何して……って」
「うそ! アスターにこんなかわいい女の子の知り合い?!」
二人は物珍しそうにアイリスを見つめた。アイリスがきょとんと首をかしげると、アスターはバツの悪そうな表情を見せた。
「……よく行く杖屋の店主だ」
「アイリスです、初めまして」
アイリスが慌てて頭を下げると、目の前の二人組は人好きの良い笑みを浮かべる。
「私はガーベラよ。こっちはコルザ。討伐師をしているわ」
「よろしく、アイリスちゃん」
美しいオレンジのショートヘアを揺らすガーベラと、明るい金色の髪のコルザ。華やかな二人は、お似合いの美男美女カップルにも見える。街中ですれ違ったなら、つい立ち止まってしまうことだろう。
「よろしくお願いします。ガーベラさん、コルザさん」
アイリスは二人を見つめた。
魔物討伐専門の魔法使い――討伐師。フリーランスのため制服はない。その代わり、討伐師によくみられる薬品瓶を連ねたベルトや腰に下げたポーチを、二人も例に漏れずつけていた。一仕事終えた後なのか、ところどころに泥がはねている。
「もしよかったら、これから食事なの。一緒にどう?」
ガーベラの誘いを断る理由もなく、アイリスはうなずいた。
食事の間、二人にひとしきりアイリスとの関係性を聞かれたアスターは、どこかげんなりとした様子だった。食後のコーヒーを飲みながら、ようやく落ち着いた、と言わんばかりにアスターがアイリスの方へ視線をやる。
「そういえば、どうしてアイリスはここに?」
「ローレルを探しているんです」
アイリスの答えに、アスターが目を輝かせた。やはり、アスターも心配だったのだろう。シャロンとは比べ物にならないほど良い人だ。
「当てがあったのか!」
だが、その笑みもアイリスが首を横へ振ったことで、真剣な表情へと変わる。
「なんの当てもなく、ここまで?」
「……えぇ、まぁ。なんとなく、アスターさんが以前話してくれた噂話が気になって……」
「そういうことか……」
はぁ、と深いため息をついたアスターは、こんなところまでアイリスを一人で来させてしまったことに多少なりとも罪悪感を覚えているらしい。
「アイリスの気持ちもわかるが……これ以上は、やめておいたほうがいい」
「そんな!」
アスターの言葉に、アイリスは思わず声を上げた。




