消えたローレル
――一方、ローレルがこうして安寧の地に着いた頃。
魔法学園を訪れたアイリスは話を聞いて、愕然としていた。
「退学処分?!」
魔法学園で退学処分など、何十年に一度とないことだ。在学中に罪を犯したわけではあるまいし。
しかも、それが、あのローレルだなんて。
「えぇ。ローレル君は、どうしても魔力が制御できませんでした。それだけなら、何の問題もなかったのですが……あの、魔力量では……」
学園が破壊されてしまいます。
きっぱりと女性教員に言われ、アイリスはまるで自分が怒られているかのように顔をそむけた。
確かに、この人の言う通りだ……。初めて出会った時から、ローレルの魔力量はすさまじいものだった。
あの時、アイリスは、いずれ制御できるようになるだろうと思っていたのだ。だが、それは実現しなかったらしい。
「あの、一応お聞きしたいのですが……授業態度や素行に問題があったということは……」
「ありません。筆記試験だけ見れば、ローレル君は素晴らしい成績でした。努力家でしたし、授業にも積極的に取り組んでおられました」
ですよね、とアイリスは相槌を心の中で打って、愛想笑いを浮かべる。
万が一にも、魔力制御の授業をさぼっていた、という可能性に賭けたかった。もともと、そんなことをローレルがするとも思えなかったが。
制御の仕方は教わっていたはずだし、十分に理解もしていたはずだ。センスは確かに必要だが、繰り返し練習すれば誰にでもできるものだった。
しかし、ローレルには出来ない。……であれば、魔力量が多すぎて、制御不能、といったところだろうか。
アイリスは一人考える。
制御ができないのであれば、魔法を使えないのと同義だ。そんな人には今まで出会ったことがない。アイリスはもちろん、誰しもが、そんな人間が生きていく術を知らなかった。
「退学になった後、どこへ行くとか……そう言ったことは聞いてませんか?」
「行く当てはあるのか、と学園長が尋ねられたそうですが、ローレル君は、知り合いの人のところへ、と。ですから、私はてっきり、アイリスさんがその方なのかと……」
アイリスは頭を抱えた。女性教員もまた、困ったように顔をしかめている。ローレルのその後を知りたかったのは、お互い様、というわけだ。
「……わかりました。当てがないわけではないので、探してみることにします。ご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそ。お力になれず申し訳ありません」
事務的な挨拶を交わして、アイリスは頭を下げる。
ローレルがここにはいないと分かった以上、ゆっくりはしていられない。こうしている間にも、ローレルはまたあの日――混碧から逃げたしてきた日のように命からがらさまよっているかもしれないのだ。
アイリスは、魔法学園を出ると、最も苦手な男のもとへと足を向けた。
「誰かと思ったら、お前か。アイリス」
「ひゃぅっ?!」
店の前で、入ろうか、いや、やっぱりやめようか、とウロウロしていたアイリスを後ろから捕まえたのはシャロンだった。
どうやら、店員に店を任せて買い物に出ていたらしい。紙袋を片手に、アイリスの首根っこを片手で軽々とつかむようにして、シャロンはアイリスを見下ろす。頭一つ分以上背の高いシャロンの方へアイリスもゆっくりと顔を向ける。
最悪だ……。
想定していたよりも、はるかに最悪な久しぶりのご対面に、アイリスは思いっきり顔をしかめた。
「で? 今更何しに来た?」
居住スペースに通され、目の前に座らされたアイリスはシャロンからそっと視線を外す。
何もかもを見透かしたような深紅の瞳。アイリスはこれが苦手だ。
昔、ちょっとしたいたずら(これは本当にちょっとしたいたずらだった)をした時も、シャロンに無言で睨みつけられ、なぜこんな意味のないことをしたのか、という最も意味のない問いを散々繰り返し問われ、長時間にも及ぶ説教……もとい、いびりを受けたのであった。
あの瞳に見つめられると、どんなに都合の悪いことからも逃げられない。
「いえ……実は、その……」
「はっきり言え! 時間の無駄だ」
久しぶりにシャロンの怒鳴り声を聞き、反射的にアイリスは肩を縮こめた。




