編入試験
ローレルの編入試験は、学園の東側にある大きな聖堂内で行われた。真っ白な天井は、ローレルが今までに見たどの建物よりも高く、声を出せば驚くほど反響した。
「よろしくお願いします!」
目の前の試験監督三人にきっちりと頭を下げ、ローレルは指示されたイスに腰かける。
少年一人、対、魔法学園の先生と思われる大人三人。
緊張せずにはいられない。ローレルは冷や汗の伝う手を膝の上でぐっと握りしめて作り笑いを浮かべる。顔が引きつっているような気がするが、そんなことを気にする余裕もなかった。
「まずは推薦状を確認します」
ローレルの左前に座った女性が、ニコリと笑みを投げかけた。そんなに緊張しなくていい、とその優しい瞳が雄弁に語る。
そうだった。学園長に、必ず渡しなさいと言われていたのだった、とローレルはアイリスの言葉を思い出す。
ローレルはカバンからアスターに書いてもらった推薦状を取り出して、おずおずと差し出した。もしかしたら、手紙の渡し方にもマナーがあったのかもしれないが、あいにくとそれは教わったことがない。なるべく丁寧に、両手で女性のほうへ差し出すと、ローレルは再び席についた。
推薦状の確認が終わると、さっそく、素養を見るといったシャロンの言葉通り、いくつかの質問がなされた。ローレルが混碧によって破壊された村の生き残りだと知ってか、あまりプライベートな質問はなかった。どちらかと言えば、魔法を学んでどのように活かしたいか、とか、将来どんな人間になりたいか、とか。そういう類の質問が続き、ローレルは宿で一人シミュレーションした内容をなんとか言葉にしていく。
「それでは、次が最後の質問だ」
ローレルの正面に座った老人がしわがれた声で言う。その声は穏やかだが、瞳には強い意志が宿っている。おそらく学園長だろう。ローレルがその瞳を見つめ返すと、学園長は目じりにしわを浮かべた。
「魔法使いに必要なものとは何か。わかるかね、ローレル君」
ローレルは困惑した。
そんなことは今まで考えたこともなかった。
魔力、知識、才能……。どれも違うような気がする。優しい心? 誰かを救いたい気持ち?
なんだか、どれも自分にはしっくりとこない。
ローレルは思わず顎に手を当てる。マナー違反だと思うのだが、真剣に考えるローレルをとがめる大人はいなかった。ローレルはここに来るまでのことを思い出し、そして、ハッと顔を上げる。
「答えは出たかね」
学園長の優し気な物言いに、ローレルはうなずく。答えは決まった。
「では、もう一度問おう。魔法使いに必要なものとは何か」
ローレルは学園長をじっと見つめた。強い光の宿った瞳で。
「それは、杖です」
ローレルの言葉を笑うものは一人もいなかった。その答えは、大人たちの予想をはるかに裏切る荒唐無稽なものであったが、ローレルのまっすぐな瞳をどうして馬鹿にできようか。
「なるほど、確かにその通りかもしれんな」
口を開いたのは学園長だった。面白い答えじゃ、とひげを蓄えた頬にえくぼを浮かべる。学園長の右隣に座った中年の男がローレルに尋ねる。
「なぜ、杖だと思う?」
ローレルは、うまく魔法を扱えず杖を壊してしまうこと、亡くなった両親が残してくれた形見の杖のことを話した。もちろん、杖屋のアイリスとアスターの出会い、王都で面倒を見てくれている杖屋のシャロンのことも。
「なるほど……。理解した。辛いことも思い出させてしまったな、ありがとう」
ローレルの話が終わると、質問をした男が頭を下げる。学園長も、その左隣に座る女性も、そして質問をした男も、皆、どこか優しい目でローレルを見つめていた。
「それじゃぁ、これで面接は終わりだ。魔法がうまく扱えないとのことだったが、実技の試験にうつろうか」
学園長の言葉で、ローレルは立ち上がる。一度深くお辞儀して、ありがとうございました、とお礼を言えば
「まだ終わってないですよ。実技も頑張ってくださいね」
と女性に微笑まれた。
案の定、実技はてんでダメだった。それどころか、学園の地面を大きく削り、損害賠償を求められるところだった。学園長が気にしなくていいと言ってくれたから事なきを得たものの、場合によっては、ローレルは然るべき機関へ突き出されていてもおかしくはなかった。
ただ、その魔力量だけをとってみれば、近年稀に見る大物だとお墨付きをもらい、ローレルは嬉しいやら、悲しいやら、何とも言えぬ気持ちで試験を終えたのだった。
「合否の連絡は、三日後だ。小鳥が来ても、決して追い払わないように」
学園長は穏やかな笑みを向け、ローレルに手を振った。
「気を付けて帰るのよ、ローレル君」
女性にも手を振られ、ローレルはペコリと頭を下げる。今度こそ、とお礼を言えば、男がうなずいたのが見えた。
合否判定までの間、ローレルは宿でひたすらに面接や実技の反省をしていた。
とにかく、実技はあてにされていない、というシャロンの言葉を信じるしかない。もしかすると、あの言葉はシャロンなりに、緊張しないように、という意味だったのかもしれない。そう思ったが、意地の悪いシャロンの顔を思い浮かべて、それはないな、と首を振った。
――三日後。
ローレルの宿泊している部屋に、青い小鳥が舞い込んできて、「合格」を告げた。
編入試験で学園の地面に大きな穴をあけた少年が編入してくるらしい。
学園はそんな前代未聞の噂にざわめいていた。




