魔法学園
翌朝は、緊張のせいか、それとも街の喧噪のせいか、いつもより早く目が覚めた。ローレルは身支度を済ませ、宿の一階に備え付けられている食堂へ向かう。
朝食は別料金だ。一週間分の滞在費用を除いて余った少しのお金で一番安いパンを買うと、受付にいた女性が、おまけだ、とジュースをサービスしてくれた。それらをしっかりと胃の中に収め、荷物を手にシャロンの店へと向かう。
「おはようございます!」
「おはようございます、ローレルさん」
ローレルの声に、店先を開けた店員が優しく微笑む。シャロンとは大違いだ。どうしてこんな人がシャロンの元で働いているのか、いじわるをされたりしないのだろうか、と失礼を承知で疑ってしまう。
「来たか。十分前行動とは感心だ」
シャロンも店の奥から顔を出し、ふっと口角を上げて乱暴な手つきでローレルの頭をなでた。これは、褒められたということだろうか。ローレルが突然のことに慌てているうちに、シャロンは店員に見送られていた。
「気を付けて行ってらっしゃいませ。ローレルさん」
店員に声をかけられ、ローレルは頭を下げる。体を反転させると、すでに数メートルは離れているであろうシャロンを慌てて追いかけた。
シャロンの店を出発してすぐ、大通りにぶつかる。そこを右に曲がると、あとはまっすぐだ、とシャロンは言った。確かに、ローレルの目の前には、視界に収まりきらないほどの大きな建物が鎮座している。そこへ向かってこの大通りがずっと続いているようだ。
「あれが、魔法学園……」
ローレルは思わず声を上げた。授業中なのだろうか。学園の上空には人影がいくつも見え、空を飛んでいるようだ。以前にアスターのホウキに乗ったことを思い出すと、お世辞にも良い光景とは言えないが、あそこで魔法が学べるのかと思うと心が弾んだ。自然と足取りは軽くなり、ローレルはだんだんと大きくなっていく魔法学園の外観を目に焼き付けるようにして隅々まで見つめる。
荘厳な白の壁には、金と青の装飾が施されており、美しかった。何も知らなければ、王宮だと勘違いしてしまうほどに立派だ。魔法を扱うためか壁が高く、中の建物まではよく見えないが、この様子では中も相当なものだろう。壁のところどころに埋め込まれた色ガラスがキラキラと反射して輝いている。
あまりの美しさに、ローレルは夢を見ているのではないか、と自らの頬を軽くつねった。
「何してる」
「い、いえ……何も」
いつの間にかローレルの様子をうかがっていたシャロンに冷ややかな視線を向けられた。ローレルは恥ずかしさに愛想笑いを浮かべてうつむく。シャロンが珍しく面白そうに目を細めたので、ローレルは顔から湯気が出てしまうのではなかろうかと思った。
「明日はここに一人だからな。浮かれて粗相しないよう、せいぜい気を付けるんだな」
意地の悪い笑みを浮かべたシャロンに、ローレルは小さく返事をした。
そうか、明日は一人か。
ローレルは募る不安を無理やり心のうちに押し込んで、覚悟を決める。顔を上げれば、先ほどまで隣にいたはずのシャロンはすでに魔法学園とは反対方向へ歩き始めていた。
◇◇◇
次の日、シャロンに買ってもらった服に身を包んだローレルは、昨日見たばかりの魔法学園の前でごくりと生唾を飲み込んだ。大きく深呼吸をして、背筋を伸ばす。
「おはようございます!」
ローレルができるだけ大きな声ではっきりと挨拶すると、門番はにこやかに返事した。
「編入試験を受けに来ました、ローレルと言います!」
緊張のせいでややたどたどしくはあるものの、噛まなかっただけ、昨晩宿で練習した甲斐があったというものだ。
門番にも話が通っているのか、それともこういったことは日常茶飯事なのか。怪しまれるような視線をぶつけられることも、特別な手続きもなく、魔法学園の大きな門が開かれる。ローレルはぎゅっとカバンのひもを胸元で握りしめる。昨日は壁でよく見えなかった中の建物が目の前に現れ、ローレルはますます背筋をただした。
「はは、緊張しなくていい。頑張って来いよ、坊主」
門番は軽くローレルの背をたたくと、ビシッと親指を立ててウィンクした。
こうしてローレルは、ついに、学園内へと足を踏み入れたのだった。




