シャロン
王都は、ローレルの想像を絶するほど華やかで騒がしい場所だった。少しでも道の真ん中で立ち止まろうものなら、行きかう人々にぶつかってしまう。建物が高く、空は狭い。街は人々の声で喧噪につつまれている。村育ちのローレルにはどうにも落ち着かない。
まずは、
「王都へついたら、一番に立ち寄ること!」
と、アイリスが念押しした店、『シャロンズロッド』を探さなければ。ローレルは魔法警団の制服を着た男を見つけ、声をかけた。
「お前がローレルか」
魔法警団の男に案内され、ローレルがシャロンズロッドに入ると、背の高い男がローレルを見下ろした。
「は、はい……」
店内には隙間なくびっしりと杖が並べられている。どうやらここも杖屋らしい。だが、アイリスのような優しさは目の前の男にはない。同じ杖屋だからといって、同じような性格とは限らないらしい。ローレルはその威圧感に思わず肩を縮こめる。男は面倒くささを隠す様子もなく、はぁ、と深いため息をついた。
「来い。話は聞いてる」
「失礼します……」
ローレルはおずおずと、男の背中についていく。男は店員に声をかけると、店の脇に備え付けられた階段を上る。この上は居住スペースではなかろうか。勝手に足を踏み入れていいものか、とローレルが店員にちらりと目をやると、店員はにこやかに微笑んだ。
「シャロン様は待たされるのがお嫌いなのです。早く上がられたほうがよろしいかと」
「何をしている、早く来い」
同時に頭上から怒鳴り声が聞こえて、ローレルは慌てて階段を上がった。
やはり、二階は居住スペースだったらしい。杖の代わりに、杖を作るための道具や材料がごちゃごちゃと並べられており、あとはキッチンと、無造作に置かれたテーブル。奥に二つ並んだ扉の先は、寝室と洗面所だろうか。男に、ここへ座れ、と目で合図され、ローレルは男の前に腰かけた。
「お前、この間の混碧の生き残りらしいな」
開口一番、男はそう言った。この男のこういうデリカシーのないところが周囲の人間を遠ざけるのだが、本人はそれを悪びれる様子もない。とにかく、無駄が嫌いなのだ。時は金なり。男はそう考えている。だが、ローレルにそんなことがわかるはずもない。初対面であるにも関わらず、威圧的に、それも一方的に、自分の傷口をえぐられたローレルはあからさまに不快感を顔に出した。
「俺は、シャロン。アイリスから、お前に宿の情報と、魔法学園に入るまでの間の面倒を見るように頼まれた」
「ローレルです。よろしくお願いします、シャロンさん」
こんな人に面倒を見てもらうことになるだなんて。ローレルは不安を押し殺し、なんとか頭を下げる。だが、あのアイリスさんの紹介なのだ。決して、悪い人ではないはず……。
「ふん。礼儀はなってるな。礼儀正しい子供は嫌いじゃない」
シャロンはふっと口角を上げて、ローレルを見据えた。シャロンの瞳は、見るものを支配するような深紅。ピンクベージュのような淡い髪色が、より瞳の赤を際立たせている。
「まずは宿だ。紹介してやる」
「ありがとうございます」
ローレルが再び深々と頭を下げれば、シャロンはやや態度を柔和にして、ついてこい、と穏やかな声で言った。言葉遣いが少々荒いことを除けば、やはり悪い人ではなさそうだ。ローレルはほっと胸をなでおろし、今度は遅れて怒られないように、とシャロンの後を早歩きでついていった。
意外にもシャロンが案内したのは、ローレルがアイリスから渡された金額でも、一週間は過ごせる安宿だった。こちらの事情をくみ取ってはくれているらしい。部屋にはベッドと小さなテーブルにイスが一脚。飾り気はないが、十分だ。
「魔法学園の入学試験は明後日。お前みたいな孤児は、面接だけ。よほどのことがなければ落ちることはない。身なりくらいは整えておけ」
シャロンは、再びさらりとローレルの傷口をえぐる。だが、それ以上にローレルにはいくつかの疑問が沸き上がり、へこんでいる暇はなかった。
「面接って、どんなことを? それに、魔法学園の場所も知りませんし、身なりって……」
「魔法学園には、明日、案内してやる。だが、俺も暇じゃない。明後日は一人で行け。面接は、素養と実技。もっとも、お前みたいなやつの実技は期待されていないから安心しろ」
シャロンは容赦なく言葉の刃を突き付けていく。もっと言い方があるだろう、と思うのだが、そんなことを指摘して機嫌を損ねられては困る。ローレルはびくびくとおびえながらも、シャロンの話に相槌を打った。
「身なりについては、今からでも服屋に行け」
「服屋の場所は……」
「ったく! アイリスは一体何をやってたんだ! もういい、ついてこい」
シャロンはひとしきり声を上げると、くるりと体を翻して部屋から出ていく。ローレルは慌てて荷物をつかむと、シャロンの後ろを追った。アイリスさんのことを悪く言わないでくれ、とお願いする暇さえ与えられず、ローレルは小走りでついていく。
服屋が近くにあったことは幸いであった。あのペースで何分も歩かれては、ローレルの身がもたない。
「マスター。こいつに似合う服を一式。領収書をくれ」
「はいよ」
店に入るなり、シャロンは店主と思しき白髪の老人に声をかけた。ピッと親指でローレルをさせば、店主はにこにこと人好きのする笑みを浮かべて、ローレルの体にメジャーを当てていく。ここは魔法じゃない。ローレルがそんな風に思っていると、店主は仕立ての良い制服の内ポケットから小さな杖を取り出して、何やら呪文を唱えた。
「わっ!」
ローレルの目の前にはざっとシャツやパンツが整列し、かと思えば、くるくると回りを取り囲む。シャツやパンツがもの凄い勢いでローレルの体の前で止まってはどこかへ消えていき、また別の服が目の前で止まり。高速フィッティングが繰り返される。しばらくした後、シャツとパンツ、靴下と靴が一式そろえられ、紙袋の中にしまい込まれた。
「お待たせいたしました」
店主はその紙袋をローレルに手渡す。ローレルがそれを受け取ると、シャロンが金を取り出して支払いをすませた。店主から領収書を一枚受け取って、シャロンはそこに何やら書き込んでいく。サインだろうか、とローレルがちらりと見やると、
『アイリス、あとで金返せ。一割上乗せだ』
そんな文字が並んでいた。見なければよかった。ローレルは思わず顔をしかめる。そんなローレルの表情を見た店主が、ローレルに耳打ちする。
「坊ちゃま。こう見えても、シャロンさんは良いお方ですぞ。少しぶっきらぼうなところはありますが、坊ちゃまを取って食ったりはしません」
ほっほっほ、と店主は朗らかな笑みを向けたが、ローレルにはにわかに信じがたかった。そのうち、僕のところにも大量の領収書が届くに違いない。そう思うと、頭が痛かった。
店を出ると、シャロンは先ほどの領収書を鳥の形に折り曲げて、何やら魔法をかけた。鳥はバサバサと空へ羽ばたいていく。多分、アイリスさんに送り付けたんだ。ローレルは苦虫を噛み潰したような表情で、その鳥が空に消えていくのを見つめた。
「これで用は済んだな。明日の朝九時、俺の店に来い」
シャロンは杖を胸元にしまって、踵を返す。これ以上、お前には付き合わない。背中にはそうはっきりと書かれているような気がした。
宿まで案内してもらった上に、あとでアイリスに請求がいくとはいえ、服まで買ってもらったのだ。これ以上は迷惑をかけられない。
ローレルも、それ以上引き留めることはせず、シャロンの背中に大きな声で謝辞を述べて、宿へと戻るのだった。




