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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第一章 少年は杖を
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逃亡

 村のあちらこちらから黒煙が上がっていた。

 (すす)で真っ黒になった顔を拭いもせず、少年は杖を胸に抱え、轟々(ごうごう)と燃え盛る家の間を走り抜ける。足元にはパチパチと音を立てて爆ぜる木片や、崩れたレンガ、粉々になり炎に反射して輝くガラス。少年が過ごした記憶の一部が、そこかしこに形を変えて散らばっていた。


「あなただけは、逃げて……生きて……」

 少年の背を押すように、優しい母の声が耳の奥にこだまする。

 彼は走る。足がもつれ、石につまずき、爆風に体を吹き飛ばされようと。走る。

「生きろ……ローレル……」

 いつもの力強い父の、かすれた声。

 父の声を背に、ただひたすらに前へ。どこでもいい。ここから生きて逃げられるなら。


 ――どれほどそうして走ったのだろうか。

 気づけば少年の周囲からは、音が消えていた。耳にこびりついて離れない爆発音も、人々のうめき苦しむ声も、もはや幻想にすぎない。無我夢中で走ったせいか、どこかの森の一端にまで来ていたらしい。


 木々の隙間からは煌々と月の光が零れ落ちている。焼けた木々の匂いもせず、血の匂いも、大量の魔力が混ざった空気の、あの独特なにおいもしない。森林の穏やかな緑の香りが鼻を抜けるだけだ。

 少年はようやく立ち止まり、大きな木の下で腰を下ろした。


「僕は……助かったのか……」

 彼は胸に抱いた杖を強く握りしめる。村の方へ視線をやることは出来なかった。ただ、千切れた洋服の裾を見つめ、ぼんやりとその切れ端が風に揺れる様子を見つめていた。


「僕だけが……」

 その声は、かすれてざらついていた。風で揺れる枝葉の音にかき消され、言葉にしたはずの思いは、空気に混ざって溶けていく。やがて、慟哭(どうこく)は、ただ頬を伝う涙に変わり、次第に(まぶた)も閉じられる。

 夜の月明かりが、一層静けさを際立たせていた。


 ――少年は、夢を見た。

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[良い点] 2/2 ・お久しぶりです。 [気になる点] 腐女子の男主人公、期待しております。 [一言] 語彙力がすげえ
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