旅立ち
アスターから返事が来たのは、翌朝のことだった。まさに、推薦状が届けば準備完了、というタイミングである。さすがはアスターと言ったところだ。
王都での常識や、困ったときに頼るべき人や場所、魔法学園に入る前にすることを一日がかりで詰め込まれたローレルの頭はパンク寸前だった。そんなローレルの頭に、アイリスはさらに推薦状の項目を追加する。
「この推薦状は、絶対になくしちゃダメだからね! なくしたら、アスターさんに粉々にされちゃうかもしれないから!」
冗談のつもりだったが、もはや覚えることで頭がいっぱいのローレルには通じなかったのか、ローレルの顔がさっと青ざめた。アスターにはある種の尊敬の念を抱いているようなので、多分大丈夫だとは思うが。アイリスは念押しする。
「さすがに粉々は冗談だよ。とにかく、アスターさんがせっかく書いてくださったものだから、なくさないでね。学園に入学するときに必要になるから。必ず、学園長にお見せするの」
「はい!」
ローレルは、できる限りハキハキと良い返事をする。アイリスはそんなローレルの頭を優しくなでて、残りの荷物をカバンに詰めた。
明日の朝には、王都へ向けて出発する。アイリスも店を開けることはできないし、今回ばかりはアスターも魔法警団の仕事があって付き添えない。本当に、ローレル一人で見知らぬ土地へと向かわなければならないのだ。
「私はもう、あなたを助けてあげられない。自分の身は、自分で守りなさい」
アイリスはあえてきつい言い方をする。ローレルを思えばこそ、時には厳しさも必要だ。
だが、アイリスの心配はぬぐえない。念のために、とカバンにははちきれるほど杖を詰め込んだ。中には性能の良い杖もいくらか入ってはいるが、ローレルの命を考えれば仕方がない。これは餞別だ。
使わずに王都へ着ければ良いが、そうとも限らない。魔物でなくとも、王都を一人でウロウロする少年を放っておかない悪者など、いくらでもいるのだ。残念なことに、一番恐ろしいのは人間なのである。
「アイリスさん、お世話になりました」
ローレルは深く頭を下げた。
アイリスは命の恩人だ。もう死んでしまう、そう思ったあの日、僕を助けてくれた。その後も、寝る場所を譲り、ご飯を与え、魔法のことや杖のことを教えてくれた。返しても返しきれない恩がある。
ローレルは、アイリスのことは必ず忘れない、そう誓った。
◇◇◇
次の日の朝、アイリスに見送られ、ローレルは王都へと向かう馬車に乗り込んだ。アイリスは馬車が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。ローレルも、馬車の窓から顔を出し、アイリスが見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「ローレルの今後の旅路に、神の祝福がありますように」
アイリスは願わずにはいられない。
あの悲惨な運命をたどった少年が、心から笑えるようになる日々を。




