杖の鑑定
翌朝、開店準備が終わると、アイリスはローレルに声をかけた。
「ローレル。お客様が来る前に、杖の鑑定をすませましょう。杖を持ってきてくれる?」
ローレルは言われるがままに、居住スペースへとかけていく。杖の鑑定を見るのは初めてだというし、好奇心が勝っているのかもしれない。この杖がどれほどのものなのか、気になるのだろう。もちろん、それはアイリスも同じだった。
やや急ぎ足で戻ってきたローレルの頭を軽くなで、アイリスは杖を受け取る。アイリスは、昨日、加護をかけた時と同じ台の上に杖を置き、台の下から何やら大きめの杖を取り出す。装飾はついていないが、ローレルのものと同じくらいの長さがあり、この店で扱っている杖の中で最も大きいような気がした。
「杖の鑑定はね、その杖が持つ魔力と同等か、それ以上の魔力を持つ杖が必要なの」
ローレルが珍しそうにその杖を眺めていると、アイリスが丁寧に説明してくれる。
「杖は大きさによって、持っている魔力量が違うの。ローレルの杖は大きいでしょう? だから念のため、同じくらいの杖を使うのよ」
「それじゃぁ、こういう杖を使うほうが、魔法の威力は強くなるってこと?」
「そうだね。杖はそのサイズが大きくなればなるほど、大きな魔力を持ってる。耐久力もあるの。その分、普段使いにするには扱いにくいし、どうしても高くなっちゃうから、あんまり使われないけどね」
「じゃあ、やっぱり、お父さんとお母さんは……」
「ローレルの魔力が大きいことを知っていて、いろいろと探してくれたんじゃないかしら。壊れにくい杖を探して、大きい杖を買ったのかもしれないね」
ローレルの言葉に、アイリスは優しく微笑んだ。この杖はやはり、ローレルにこそふさわしい。必ず、ローレルが戻ってくるまでこの杖を守らなきゃ。アイリスはそう心に決めて、目の前の杖に向き合った。
「さてと……。そろそろ始めましょうか」
アイリスはパチン、とウィンクを一つして、手に握った大きな杖を、ローレルの杖に合わせる。そして集中力を高めるように深呼吸を一つすると、ゆっくりと目を閉じた。
「杖に宿りし、聖なる魂よ。今、我の前に汝の姿を現したまえ。ジャッジメント」
アイリスが詠唱を終え、呪文を唱えると、杖と杖の触れ合った部分からふわりと光があふれる。その光は、杖を伝ってアイリスの体に吸い込まれていった。ローレルはその光景に目を丸くする。アイリスの魔法は、村で見たことのないものばかりだ。特に、今のような詠唱がつく呪文は、通常の魔法に比べると高度なものだったはず。お目にかかる機会はほとんどない。ローレルは光がアイリスに吸い込まれ、消えてゆく様をまじまじと見つめていた。
しばらくアイリスは難しい顔で黙り込んでいた。ローレルが何かあったのか、と不安の色を見せた時、アイリスはようやく目を開いて、ポツリと声を漏らした。
「……ない……」
「え?」
「魔力が、ない……」
アイリスは驚いたように目を見開く。何かの間違いではないのか。アイリスの表情はそう言っていた。だが、今まで鑑定をして失敗したことはない。鑑定は、ただ杖の中に宿っている魔力を読み取るだけなのだ。むしろ、間違いようがない。
アイリスの声は聞こえなかったのか、ローレルは不思議そうに首をかしげている。
どうしたものか、とアイリスは考えた。このままこの『形見の杖』には魔力がないと真実を告げても良いが、それではあまりにもローレルが可哀そうではないだろうか。両親が大金をはたいて買った杖だ。その両親もこの世にはいない。ローレルに残っているのは、この杖だけなのだ。魔力がないのでは、本当にただの飾り。言ってしまえば『ただの木の棒』。だが、これこそがローレルの唯一の心の支え。
アイリスの心は揺れる。これでは買い取ることもできない。アイリスは杖屋であって、雑貨屋ではないのだから。この杖型の飾りには値段をつけられないのだ。だが……。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
アイリスはとっさに嘘をつく。やっぱり、言えない。ローレルの今後もかかっている。アイリスにとっては手痛い出費だが、いくらか色をつけて自分の財布から出そう。幸いにも、先日アスターが大量に杖を購入してくれたおかげで、王都での一週間分を出しても、やりくりすれば何とかなる。……はず。アイリスはできるだけローレルに悟られぬよう、作り笑いを浮かべた。
「大丈夫。ローレルが魔法学園に入るまでのお金くらいにはなりそうだよ」
「本当!?」
ローレルの瞳がパッと輝く。アイリスは、なんとか引きつり笑いを崩さぬよう、手早く杖を片付ける。心の中で、ローレルの杖を『買い取り』ではなく、『預かる』ことに決め、泣く泣く身銭を切った。自分の生活が多少怪しくなったとしても、この純真無垢な少年を助けるのが大人の役目というものだ。アスターほど頼りにはならないが、それでも、ローレルに何かしてやりたかった。
「これで、お金の問題は解決ね。王都までは、馬車が出ているはずだから、それに乗るとして……。王都についてからのことは……私がなんとかしてみる」
アイリスは王都で同じく杖屋を営んでいる、最も苦手な相手を思い浮かべてこめかみを押さえた。思い出しただけで頭が痛い。だが、これもローレルのため。アイリスとは少しばかり馬が合わないだけで、信頼はできるし、決してローレルに手をあげたり、悪いことをしたりするような人ではない。仕方がない。アイリスは腹をくくり、よし、と顔を上げた。
「後は推薦状かぁ……。私じゃ駄目だよね……」
「推薦状って?」
「魔法学園に入学させるにふさわしい人間ですってことを証明するためのものなの。どれだけ魔力があっても、悪い人に魔法を教えるのは危険でしょう? だから、この人は魔法を学んでも大丈夫、良い人ですよってことを伝えるの」
通常は親か、親戚が。孤児ならば、孤児院の院長が書くものだが、ローレルにはあいにくとどちらもいない。血のつながりのない赤の他人が……それも、その辺の杖屋が書いて通るものだろうか。こればかりはせめて、魔法警団のアスターに書いてもらうほうが良いような気がする。
「これは、アスターさんに書いてもらった方がよさそうね」
「どうして?」
「大人の事情ってやつ。こういう手続きは、面倒だけど、一番重要なの」
アイリスが肩をすくめると、ローレルはよく分からない、という表情を見せた。こればかりは説明してもしょうがないので、アイリスもそれ以上は話を切り上げ、アスターにどうにかお願いできないか、と伝書鳩を飛ばすのだった。




