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魔法使いと杖屋さん  作者: 安井優
第五章 ローレルの覚悟

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強くなりたい

 アイリスが大笑いすると、アスターは羞恥心(しゅうちしん)を誤魔化すように大きな声で怒鳴った。

「笑いごとじゃない! こっちは、この先の村で混碧があったと聞いて派遣されてるんだ。そんな時に、近くの……それも、知り合いの店の方角から大きな音が何発もしたら、様子を見に来るのは当たり前だろう!」

 アスターの荒げた声に、アイリスの顔はみるみるうちにしゅん……と暗くなっていく。もしも、大きな耳がついていたとしたら、垂れ下がっているに違いない。それくらいに。


 いくらひいきにしてくれている馴染みの客だからと言って、確かに失礼だった。それも、混碧で親を亡くしたローレルの前で。アイリスは小さく、ごめんなさい、と呟く。

「……いや、いい。怒鳴ったりして、悪かった。とにかく、何もなくて良かったよ」

 アイリスの様子に、アスターも冷静になったのか、ガシガシと頭をかいた。


「あの……」

 ローレルが口を開くと、二人はローレルを見つめる。

「そうだ、ローレル。この人は、アスターさん。魔法警団の方よ。ローレルの傷を癒してくださったの」

「そうだったんですか! てっきり、アイリスさんが治してくれたのかと。アスターさん、ありがとうございました」

「困っている人を助ける。それが魔法警団の仕事だ。君が元気になって良かった」

 アスターは人好きのする笑みを浮かべると、わしゃわしゃとローレルの頭をなでる。アイリスと違って、ゴツゴツとした大きな手が、父親を思い出させた。


「……それで、村の方は?」

 アイリスは真剣な顔でアスターの方へ向き直る。アスターもまた、同じようにどこかピリッとした空気を(かも)し出すと、ローレルをちらりと見やった。

「あぁ……。そうだな、話さなくては……。ローレル、つらい話かもしれないが……」

「僕……」

「無理に聞く必要はないの。嫌なら、奥でマドレーヌを食べてたって、誰も怒らないわ」

 アイリスは、ローレルに心配させまいと柔らかな笑みを浮かべる。


 しかし、ローレルにとっては、聞かなければならない話だと分かっていた。村も、両親さえも置いて逃げてきた。いつまでもここで平和に、なんてことが許されるわけがない。ローレルとしても、前に進まねばならなかった。ローレルは膝にのせていた手をぎゅっと握りしめる。

「お願いします……。村が……父さんと、母さんが、どうなったのか、教えてください」

 ローレルのエメラルドグリーンの瞳には、強い決意の色が浮かんでいた。


「村は、壊滅(かいめつ)状態だ。生きている人の姿は、まだ確認されていない。今は、魔法警団の仲間たちが、総出(そうで)で遺留品を集めて(とむら)おうとしている。人も残っていない村の復興は無理だが、せめて、(とむら)いくらいは……」

「そんな! ローレルはどうなるんですか?! ローレルは、まだ生きてる! ローレルは、ここにいるんです!」

 アイリスが声を上げる。

「アイリス! 気持ちはわかるが、この少年に何が出来る……。自らの故郷がなくなってしまう辛さは分かる……。だが……」

 アイリスの言葉を(さえぎ)ったアスターが、ぐっと口を食いしばりうつむいた。


「ローレル……。すまない。何も、してやれなくて……」

 アスターの声が、にじんで聞こえた。ローレルはゆっくりと首を振る。

(あの場にいて、何もできなかったのは僕だ)

 ローレルは悔しさや、悲しみや、あの時の痛みをすべて押し殺して顔を上げる。

「村の人達を……両親を、(とむら)ってもらえるだけでも、僕は……幸せです……」

 帰る場所がなくても。両親にはもう、二度と会えなくても。ローレルがこらえきれず涙を流すと、アイリスとアスターも目に涙を浮かべた。


「ローレル。君に約束しよう。村人全員、君の両親も含めて、必ず遺留品をすべて見つけ出し、(とむら)うことを。皆が暮らしたあの地に、(かえ)るべき場所を作ることを」

 アスターは左胸に手を当て、魔法警団の中でも、最大級の敬礼をする。ローレルは泣きながら何度もうなずき、アスターに頭を下げた。とても、子供のするそれとは思えないほど、丁寧に、深く。


 それから、アスターは再び、村へと戻っていった。まだ混碧(こんぺき)の影響で、空気中に魔力が残っているらしく、ローレルは当然村へ足を踏み入れることは出来なかった。悔しそうにアスターを見送るローレルに、アイリスは優しく声をかける。

「大丈夫。アスターさんは、一度した約束は必ず守るの。だから、村の安全が確保されて、落ち着いたら、ご両親に会いに行けばいい。村はなくなってしまったけれど、そこに墓標がある限り、その地は魔法警団が守ってくれるの。だから、大丈夫だよ」


 ローレルは耐え切れなくなったのか、再び大きな声をあげて泣いた。アイリスはぎゅっと小さな肩を抱きしめて、ローレルの背中をさする。

 私には、これくらいしかできない。杖屋の私には……。誰かを守るための魔法。そのための杖。そんな杖を売る私が、目の前にいる一人も守れないなんて。アイリスもまた、悔しさに体を震わせる。


 すべては、これ以上を失わないために。大切なものを、守るために。

 ――もっと、強くなりたい。


 アイリスも、ローレルも、ただそう思う。

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[良い点] 14/14 ・尊い!! 圧倒的尊さ。今の百合業界には尊さが足りなァい!! [気になる点] >ゴツゴツとした大きな手が  いいですよねゴツゴツとした大きな手! 圧倒的パワーと包容力。 […
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