強くなりたい
アイリスが大笑いすると、アスターは羞恥心を誤魔化すように大きな声で怒鳴った。
「笑いごとじゃない! こっちは、この先の村で混碧があったと聞いて派遣されてるんだ。そんな時に、近くの……それも、知り合いの店の方角から大きな音が何発もしたら、様子を見に来るのは当たり前だろう!」
アスターの荒げた声に、アイリスの顔はみるみるうちにしゅん……と暗くなっていく。もしも、大きな耳がついていたとしたら、垂れ下がっているに違いない。それくらいに。
いくらひいきにしてくれている馴染みの客だからと言って、確かに失礼だった。それも、混碧で親を亡くしたローレルの前で。アイリスは小さく、ごめんなさい、と呟く。
「……いや、いい。怒鳴ったりして、悪かった。とにかく、何もなくて良かったよ」
アイリスの様子に、アスターも冷静になったのか、ガシガシと頭をかいた。
「あの……」
ローレルが口を開くと、二人はローレルを見つめる。
「そうだ、ローレル。この人は、アスターさん。魔法警団の方よ。ローレルの傷を癒してくださったの」
「そうだったんですか! てっきり、アイリスさんが治してくれたのかと。アスターさん、ありがとうございました」
「困っている人を助ける。それが魔法警団の仕事だ。君が元気になって良かった」
アスターは人好きのする笑みを浮かべると、わしゃわしゃとローレルの頭をなでる。アイリスと違って、ゴツゴツとした大きな手が、父親を思い出させた。
「……それで、村の方は?」
アイリスは真剣な顔でアスターの方へ向き直る。アスターもまた、同じようにどこかピリッとした空気を醸し出すと、ローレルをちらりと見やった。
「あぁ……。そうだな、話さなくては……。ローレル、つらい話かもしれないが……」
「僕……」
「無理に聞く必要はないの。嫌なら、奥でマドレーヌを食べてたって、誰も怒らないわ」
アイリスは、ローレルに心配させまいと柔らかな笑みを浮かべる。
しかし、ローレルにとっては、聞かなければならない話だと分かっていた。村も、両親さえも置いて逃げてきた。いつまでもここで平和に、なんてことが許されるわけがない。ローレルとしても、前に進まねばならなかった。ローレルは膝にのせていた手をぎゅっと握りしめる。
「お願いします……。村が……父さんと、母さんが、どうなったのか、教えてください」
ローレルのエメラルドグリーンの瞳には、強い決意の色が浮かんでいた。
「村は、壊滅状態だ。生きている人の姿は、まだ確認されていない。今は、魔法警団の仲間たちが、総出で遺留品を集めて弔おうとしている。人も残っていない村の復興は無理だが、せめて、弔いくらいは……」
「そんな! ローレルはどうなるんですか?! ローレルは、まだ生きてる! ローレルは、ここにいるんです!」
アイリスが声を上げる。
「アイリス! 気持ちはわかるが、この少年に何が出来る……。自らの故郷がなくなってしまう辛さは分かる……。だが……」
アイリスの言葉を遮ったアスターが、ぐっと口を食いしばりうつむいた。
「ローレル……。すまない。何も、してやれなくて……」
アスターの声が、にじんで聞こえた。ローレルはゆっくりと首を振る。
(あの場にいて、何もできなかったのは僕だ)
ローレルは悔しさや、悲しみや、あの時の痛みをすべて押し殺して顔を上げる。
「村の人達を……両親を、弔ってもらえるだけでも、僕は……幸せです……」
帰る場所がなくても。両親にはもう、二度と会えなくても。ローレルがこらえきれず涙を流すと、アイリスとアスターも目に涙を浮かべた。
「ローレル。君に約束しよう。村人全員、君の両親も含めて、必ず遺留品をすべて見つけ出し、弔うことを。皆が暮らしたあの地に、還るべき場所を作ることを」
アスターは左胸に手を当て、魔法警団の中でも、最大級の敬礼をする。ローレルは泣きながら何度もうなずき、アスターに頭を下げた。とても、子供のするそれとは思えないほど、丁寧に、深く。
それから、アスターは再び、村へと戻っていった。まだ混碧の影響で、空気中に魔力が残っているらしく、ローレルは当然村へ足を踏み入れることは出来なかった。悔しそうにアスターを見送るローレルに、アイリスは優しく声をかける。
「大丈夫。アスターさんは、一度した約束は必ず守るの。だから、村の安全が確保されて、落ち着いたら、ご両親に会いに行けばいい。村はなくなってしまったけれど、そこに墓標がある限り、その地は魔法警団が守ってくれるの。だから、大丈夫だよ」
ローレルは耐え切れなくなったのか、再び大きな声をあげて泣いた。アイリスはぎゅっと小さな肩を抱きしめて、ローレルの背中をさする。
私には、これくらいしかできない。杖屋の私には……。誰かを守るための魔法。そのための杖。そんな杖を売る私が、目の前にいる一人も守れないなんて。アイリスもまた、悔しさに体を震わせる。
すべては、これ以上を失わないために。大切なものを、守るために。
――もっと、強くなりたい。
アイリスも、ローレルも、ただそう思う。




