同級生はダックスフンド
今日は早稲田大学の入学式。晴れて早大生になった瞬間。
人がいっぱいいる。大隈像がいつもより荘厳に見える。
同じ高校のクラスメートも早稲田に受かった。長い付き合いになりそうだ。正装で、一緒に中央線で中野乗り換え、メトロで早稲田に向かう。親は親通しで後から行くという。
「今どこ?」
「三鷹」
「もう三鷹かあ」
「2外、何にした?」
「中国語」
「俺も。中国、じゃなくて、チャイ語。大学生はチャイ語って言うんだぞ」
「へえ」
「まあ早稲田だからさ、もう人生勝ち組だよな」
「ところでさ、バイト何か見つけた?」
「お世話になった先生の元で参考書作るバイト。在宅で、しかも、高収入~」
「そういうの、本当早いよね」
「まあ今日入学式だけど、これからもよろしくね」
「何急に改まってるんだよ。まあこちらこそよろしく」
会場に着いた。一緒に来た彼とは遠い位置に座った。
入学式まで少し時間があったので、周りを見渡した。どんな顔ぶれがいるのかなあ。
・・・ちょっと待て。今明らかに若者ではない人が紛れ込んで座っているのを見つけた。堂々と座っているから、何気に周囲になじんでいるし、・・・。まあ、名門・早稲田だから、社会人を経験してから受験するなりも全然考えられることだし、何ら問題ないと思うが、ほんのわずかだけ動揺はした。これも多様性なんだから、いつかどこかで会ったときに仲良くなるために、少し、じっと見てみよう。
見られた。目が合いそうになって天井をふと見た。もう大丈夫。またじっと見た。
女性。周りはスーツだが、その方だけまっピンクの、まるで中世の貴族が着ていたような洋服を着ている。裕福なのかな。花の髪飾り。何をつけているんだろう。まだ詳しい素性は知らないが、こういう上級国民を見るのは始めてだった。勝手に上級国民ということにしておこう。
・・・ん、今何か動いた。ちらっと一瞬だけ。何だろう。
犬だ。ダックスフンドだ。犬を連れている。おかしい。TPOに合わない。ここは早稲田の入学式だ。どうしてここまで連れてくるのに成功したんだ。鳴いたらどうするんだ。しかも、何でそれが違和感がないんだ。他に注視する人がいないんだ。このおばさんが見えているのはもしかして僕だけなのか?
そうこう思う内に、入学式が始まった。後ろから教授がぞろぞろ出てくる。
おばさんを見た。犬に教授を見せている。犬は黒の正装らしい洋服を着ていた。
・・・わかった。もしかして新入生は犬の方なのか?座っているおばさんは飼い主なのか。
訳わからん。どうやって育てたんだろう。第一ちゃんと入試をパスしたのだろうか。早稲田は難関大学であるはずだ。文字はどうしたんだろう。替え玉?おばさん賢い、のか?勉強しすぎて頭おかしくなって、犬連れてきたのか?
いや、面白いから犬が新入生のていで考えよう。だとしても、なんでそこまでして飼い犬を大学に入れさせたかったんだろう。本人、いや、犬の希望?かわいいから?息子・娘のようだから?さすがに限度っていうものがあるだろう。それにしても、もしそうなんだったら、あの犬はめちゃくちゃ天才犬であることになる。ついに時代はここまできたのか。2020年は漫画通りの未来になったというのを突きつけられたのか?僕ら新入生は犬と横並び一直線ということか?いや、違う。ほんだら、つい最近まで騒音とか、台所で床に落とした食べ物要員だと思っていた犬は、もうバカにはできなくなる。人権、いや、「人犬」とでもいうべき権利があるのだ。ああこわいこわい。見ると、おとなしい。早稲田の入試を突破するくらいの脳があって然るべき風格を兼ね備えている。
こんなのはどうだろう?おばさんの子供が早稲田を受けた。で、受かった。しかし、入学式だけはどうしても行きたくないといって譲らない。人生最後になるかもしれない、せっかくの、しかも早稲田の入学式に行かないのは勿体ないザマスだとか親に言われて、でも断り、仕方がないから大学の許可を得て本人の代わりに飼い犬を連れて参列して、今に至る。
前の話よりかは、実際にありそうだ。もしこの筋であれば、子供本人は仮面浪人に仕方ない。家が金持ちだから、早稲田に入れてもらったが、親への反抗の意味も込めて大学にあまり通わず、来年に本命の旧帝大に受かろうと思っている魂胆だ、絶対そうに違いない。何だバカヤロー、自分の置かれた場所で花を咲かせるというのが一番大事なんだろうが。仮面君は何にもわかってない。自分の人生が大体親に支えられてきたから、所謂「青い鳥症候群」みたいになってるんだ。僕は、顔も見たことのない、ましてや、存在するかもわからない通称・仮面君のことを、勝手に嫌いになった。
そうこうする内に、校歌を歌う時になった。歌う最中も、その犬のことが気になった。後ろで、めちゃくちゃ吠えていた。おばさんが思いっきり口を押さえても犬は止まらなかった。すでに早稲田精神があるのか、ただうるさいだけなのか、それともどちらでもないのかは不明だが、おばさんたちは職員に囲まれて外に退場させられた。
帰りの電車で、行きの時の彼と、犬の話をあえて避けながら終点まで向かった。