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僕はおびただしい数のおじさんが並んでいる姿にげんなりとしながらも、アレックスさんの頼みに応えることにした。しかし、彼らに近付いて魔力を指先に集めようとしているときに、ふと気付く。
このおじさんたちって、なんか様子が変?
遠くからでは分からなかったが、並ばされていた半透明のおじさんたちには意思や感情というものがほとんど感じられなかった。僕は振りかえり、アレックスさんに尋ねる。
「アレックスさん、このおじさんたちって、なんだか様子がおかしくないですか?」
アレックスさんはほんの少しだけ頭蓋骨をうつむかせ、なんだか悲しそうな声色で僕の疑問に答えた。
『数百年も経てばね。自我を無くしてしまう者も多いのさ。今までは、完全に狂ってしまった者たちは私たちが手を下して魔石を喰らっていたんだがね……』
「……そうだったんですね。でも、皆さんは何でこんな姿に?」
僕は気になっていたことをアレックスさんに尋ねた。この世界で死んだら、僕たちもこうなってしまうのかと不安になっていたんだ。
『察しているだろうが、ここは500年ほど前の古戦場なんだよ。とはいえ、私達がこうなってしまったのは、戦争で死んだからじゃない』
戦争で死んだんじゃないって……他にどんな理由があるの?
僕が黙ったままでいると、アレックスさんは話を続ける。
『……星がね、堕ちてきたんだよ。魔力の防壁も何の意味もなさなかった。気付けば私たちはこんな姿になってしまっていたのさ』
「隕石で……」
『いや、あれは普通の隕石ではなかったよ。どす黒く、明確な殺意を感じた』
「え!? それって、誰かがアレックスさんやヴィンセントさんたちを殺したってことですか?!」
アレックスさんの衝撃の言葉に、僕は思わず問い詰めるような大きな声を出してしまっていた。アレックスさんは、強い怒りを感じる低い声で語りだす。
『そういうことだよ。まあ、戦争をしていたんだ。殺す覚悟も、殺される覚悟も、そして仲間を死なせる覚悟も私にはあった。……だがね、誇りすら持てない、こんな死なせ方をさせるつもりではなかった。だから、いつか私たちをこんな目に合わせた奴に復讐してやるために、こんな姿になってまで何百年間も毎晩毎晩、牙を研ぐのを止めていないのさ』
僕は絶句するしかできなかった。今まで僕が生きてきた世界とは、全く異なる世界だということが改めて突きつけられたような気がしていた。そんな僕のことを察したのか、アレックスさんは、幾分柔らかい口調に戻り、優しく語りかけてくれる。
『まあ、昼間は戦棋を楽しんでるがね。それに、自我を失った者までこの復讐に巻き込むのはさすがに忍びないが、これ以上仲間に手を下したくはなくて困っていたんだ。そこに、どういう因果かユータが現れてくれた。どうか頼まれてくれないかい?』
「もちろんです! 僕にできることなら、何だってします!」
こんな話を聞いた後で断る訳がない! 大空と徹には悪いけど、きっと賛成してくれるはず! ごめん!
『そうかい。ありがとうよ。ざっと5千人ほどいるが、1日100人でたった50日だ。頼んだよ』
……ん? 50日?
「ちょっ! ちょっと待ってください!」
『どうしたんだい?』
「そんなに食べ物がありません!」
僕は徹との修業に向かおうとしたアレックスさんを慌てて引きとめ、絶叫した。しかし、アレックスさんは頭蓋骨を傾げ、不思議な者を見ているような口調で言う。
『特殊スキルで買えばいいじゃないか』
あ、そっか。って、魔石って使っていいのかな? 大事なものなんじゃないの?
アレックスさんはそんな僕の戸惑いを見透かしているかのように言い放つ。
『魂が天に還った後の魔石なんてのは只の石だからね。好きに使いな』
その後、一人残された僕は黙々と魔力を指先に集め、半透明のおじさんたちに食べさせていく。
『……』
『……』
『……』
半透明のおじさんたちは、僕が差し出した魔力を吸い込み、何の感情や声も発することなく、魔石を残して消え去る。
しかし、十何人目かのおじさんを昇天させたとき、急に僕の目の前が暗くなり、僕は意識を失ってしまった。
まだぼんやりとした意識のまま目を開けると、僕は少しきつい顔の、でもとっても優しそうな目をした、綺麗な女の人の顔を下から眺めていた。
ふぁ!? これって膝枕!? ってか誰!?
『ユータ、起きたかい? 魔力が完全に無くなると意識を失ってしまうんだ。その感覚を忘れてはいけないよ。魔術師にとって魔力量の管理は生命線だからね』
混乱している僕に、その女の人は優しい声で話しかけてきた。僕が目をこすってからもう一度彼女を見ると、そこには赤く光る目をした髑髏のアレックスさんがいる。
「あれ? アレックスさん? 今、綺麗な女性の方が……」
『ふふっ、寝ぼけているんじゃないかい? さ、ヒロとトールの修業も終わったから、もう食事にしなさい。それに、特殊スキルの方も確認しておくんだよ』
僕は首をひねりながら大空と徹の元に戻る。二人は食事の準備をしてくれていた。作ってくれた料理はカレーライス。二人の得意料理で僕たちの大好物。
僕たちは5合程炊いたお米をぺろりと平らげ、小川で食器を洗い、ぽっこりしたお腹をさすりながらテントに入る。すぐに横になりたいのを我慢して、僕はテントを出し入れするときのようにスキルに集中する。すると、頭の中に言葉が浮かび、僕はそれをそのまま口にする。
「特殊スキル『食』、召還」
ん? これも召還なの?
不思議に思う僕の目の前には、分厚い木製の扉が出現していた。僕がその扉を見つめていると、大空と徹が声をかけてくる。
「優太、どったの?」
「そこに何かあるのか?」
二人はこの扉が見えていない様子だった。僕は扉が出現したこと二人に説明し、一人で行ってみると告げた。深呼吸をしてから、扉に付いている金属製のノブを握り、ゆっくりと回す。
僕が静かに扉を開けると、カランカランとウェルカムベルの音が鳴った。僕は扉を押し開け、恐る恐る踏み込む。
扉の中は十分に明るく、まだ真新しい棚に様々なもの──と言っても、僕たちが持ってきたものと同じものがたくさんあるだけだけど──が並べられていた。
僕がしげしげと商品を眺めていると、店の奥から慌ただしく出て来た女の人が、手早く髪の乱れなどを整えてから満面の笑みで声を発する。
「いらっしゃいませ。ウカテナ商店へようこそ!」