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首なし騎士は、漆黒の闇の中に光る金色の目を見開いて僕に問いかける。
『小僧、何者だ?』
強烈な殺気に、僕は蛇に睨まれた蛙のように全く動けなかった。僕が呼吸すらできないでいると、黒ローブの髑髏が、首なし騎士を柔らかい口調で諌める。
『ヴィンセント、殺気を止めておやり。その子は我らに酒とつまみを給仕してくれていたのだよ』
『何? おお……そのようだな。で、何者なのだ? 我らの邪魔をした罪は重い』
首なし騎士は、食い散らかした跡が残っている木箱の上を見て状況を理解すると、殺気を放つのを止めてくれた。僕はようやく息を吸い込むことができ、ごほごほとむせてしまう。
『美味い酒を振舞ってくれたことが邪魔なものかい。それにね──』
パチンと駒を指す音が響き、黒ローブの髑髏は、途中で切った言葉の続きを話す。
『──これで詰みだよ、ヴィンセント』
『なぬっ!? …………うぬぬ、これは』
首なし騎士は前のめりになり、頭を両手で持って盤上を隅から隅までをまじまじと見つめる。やがて、体を一度起こしてからもう一度下げた。
『降参だ』
二人はお互いに一礼してから木製の箱の中に駒を入れていき、戦棋盤の上に置いた。首なし騎士は戦棋盤ごとそれらを丁寧に布で包んで、大木の根元に置いて戻ってくる。
首なし騎士が元いた場所に腰を下ろすと、黒ローブ髑髏がようやく口を開いた。
『して、童よ。いったい、どうしたというのだい? わざわざ【死者の平原】まで物見遊山という訳でもあるまい?』
ここって死者の平原って言うんだ。うん……まあ、妥当な名前だと思います。
「ええと、街がある方向を教えていただきたくて……」
僕が言い淀んでいると、何かを察してくれた黒ローブ髑髏が優しく声をかけてきた。
『ふむ。何やら訳ありのようだね。童らの話を聞かせてみなさい』
僕はこれまでのことを、包み隠すことなく話した。既に黄昏時は終わり、夜の帳が下りているのだが、二人とも静かに僕の話を聞きいてくれていた。僕の話が終わると、首なし騎士は左手に持った頭を右手でごしごしと拭きながら、むせび泣く。
『おおおおお、そんなことでこんな所に来てしまったのか! おおおおお……』
ええと、泣き上戸なのかな?
「信じてくれるんですか?」
僕が盛大に嗚咽している首なし騎士のことを放っておき、黒ローブ髑髏に尋ねると、髑髏はからからと笑ってウイスキーを口にする。
『嘘であれば、もっとましな嘘をつくだろうよ。それに、お主には確かに神の加護がかかっているね。でなければ、私たちの仲間がそう簡単に天に還るものかね』
「それで、街の方向は教えていただけるのでしょうか?」
『ふむ。街の方向を教えるだけでは、異世界の酒とつまみには釣り合わぬな。ヴィンセント、この童らを鍛えてみぬか?』
「へ?」
えっと、この髑髏様は何を言ってるの?
僕が唖然とする中、黒ローブ髑髏の提案を聞いた首なし騎士は嗚咽を止め、がばっと立ちあがって力強く宣言する。
『おおおおお……お? おお! そうか! それは良い! お主らを立派な騎士にしてみせようではないか!』
『決まりだ。今日はあのテントの中でお休みな。いいかい? 夜中はくれぐれもあのテントから離れるんじゃないよ』
「ええと……はい。わかりました」
続けて黒ローブ髑髏から告げられた言葉を断れる雰囲気など微塵もなく、僕は二人の言葉にただただ頷くことしかできなかった。
僕が大空と徹がいるテントの方に戻り始めると、こちらをずっと観察していた二人が駆け寄ってきてくれた。
「優太、随分長かったな!」
「何もされなかったか? それに、街はあるのか?」
「うん。それがね。僕たちを鍛えてくれるんだって。あと、夜中は外に出るなってさ」
「「はあ?」」
そりゃそういう反応になるよね。鍛えてくれだなんて頼んでないし、こんな幽霊だらけのところで、夜に出歩くつもりなんてあるはずがない。
僕はとりあえず二人を連れてテントまで戻り、軽い食事をとりながら二人に首なし騎士と黒ローブ髑髏と話した内容を説明した。食事を終えるとすぐにテントの中に入り、気疲れをしていた僕は、横になるとすぐに眠ってしまった。
その日の夜、僕たちは外から聞こえて来る音で目を覚ました。僕たちがテントの隙間から恐る恐る外を見ると、そこでは──
──骸骨の大群が戦争をしていた。
一万人どころではない、何万もの骸骨の群れが向かい合うように陣形を整え、手には錆びて原型がわからない武器と思われるものや木の棒などを持ち、微動だにせず直立している。
その中央では、数多の骸骨が怒声を上げながら戦っており、どれが首なし騎士側でどれが黒ローブ髑髏側かも分からない乱戦が繰り広げられていた。
さらに、首なし騎士と黒マント髑髏が号令を下すと、整列していた第二陣が一斉に走り出した。雄叫びを上げながら猛進する二つの塊は、敵味方が入り乱れる戦場を突き抜け、やがて衝突する。
飛び散る白い骨、舞い上がる骨粉を紫色の月の光が照らしていた。
「「「……寝よっか」」」
僕たちは壮絶な光景を目の前に、再び現実逃避をすることにして眠りにつく。
いやいや、二人は『カタカタカタッ』って骨の音で聞こえてるみたいだからまだ良いよ! 僕なんて『死ねええ』とか『ぎゃああ』みたいな声が聞こえるんだからね! 眠れるわけないじゃん!