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「ただ?」
僕は、言い淀んでいるローブを着た半透明のおじさんに、続きを話すように促した。
『……怖いお方たちだ。お二人がその気になれば、お主らは気付くこともなく儂らの仲間入りじゃ。だが、お主ならば話を聞いてくれるとは思う。それでも行くか?』
「え、あ、はい」
えええ……方角も分からないし、それしか手段がないなら行くしかないじゃん。
『そうか……では、ここからあちらに数刻ほど歩けば大きな大木がある。その下で長たちは戦棋をしている。よいか、くれぐれもお二人の邪魔はするでないぞ』
おじさんは難しい顔をして考え込んだ後で、凄むように忠告してくれた。僕は魔力を指先に集め、彼の口元に差し出す。
「おじさん、ありがとう! 聞きに行ってみます! これどうぞ!」
『お主の願いを叶えられた訳ではないのだが、良いのか?』
「もちろん」
情報だけもらって、はいさよならって訳にはいかないでしょ。
『おおお、これは……。日が落ち、二人が戦棋を止める黄昏時、そのタイミングで話しかけてみるがよいて』
おじさんは、魔力を吸い込むにつれて、体が薄くなっていった。そして、さっきのおじさんの何倍もの魔力を吸い込むと、完全に消えてなくなり、僕の足元に大きな魔石が落ちる。
「おじさん、ありがとうございました。あれ? さっきの人のより大きい?」
「優太、お前大丈夫なのか? ちょっと寒気がしてたんだけど」
「俺もなんかぞわわってしてたんだけど、よく平気だな」
僕がローブのおじさんがいた方に向けて深くお辞儀をすると、大空と徹が心配そうに声をかけてきた。
「ん~、別に何もないよ? 見えて話ができるから、なんか幽霊って感じもあんまりしないし。じゃあ行こっか」
「「行くって、どこに?」」
「幽霊のおじさんたちの長のとこ」
僕はものすごく嫌そうな顔をしている大空と徹を引きつれて、ローブのおじさんに教えてもらった方向に歩きだした。
途中で休憩をはさみながら4時間ほど歩くと、僕たちは大きな木の近くに辿りつく。その大木の下には、碁盤のようなものを挟んで向かい合う、2体の禍々しい何かがいた。
「優太、あれは止めとけ。あの左にいる首なし騎士はヤバい」
「ああ、あの右の髑髏の黒マントも普通じゃない」
その姿は大空と徹にも見えている様子で、二人とも尋常じゃないくらい顔を青ざめさせていた。一体は、口元と目の部分だけに隙間がある兜を左手に持った、首から上が無い鎧騎士。もう一体は、目が赤く光っている、黒いローブを着た髑髏。
確かにあれは相当ヤバそう……姿が見えなくなるほどの黒いきらきらした何かが、それらを取り巻いてる。でも、この感覚はなんだろ? 嬉しい? 楽しい? とにかく、嫌な感じがしない。姿だけ見るとめちゃくちゃ怖いけど。
「二人にも見えてるんだ。でも、なんか真剣に将棋を指してるおじさんみたいじゃない? 他に方法もないし、行ってみるよ。徹と大空はここにテントを出しとくから、しばらく待ってて。あと、ちょっと二人が持って来たものもらってもいい?」
「あ、ああ、それは良いけど。何を持っていくんだ?」
「お酒とおつまみ!」
僕は大空と徹をその場に残して、首なし騎士と黒マント髑髏の元へと向かう。僕は彼らのすぐ傍まで近付き、接待の準備を始めた。
まずは、彼らの隣に台代わりの木箱をそれぞれ置き、その上に器を並べる。徹の持ってきたウイスキーをお茶碗のような器に注ぎ、つまみのチョコレート、ビーフジャーキーとするめを平らな皿に入れていく。
爺ちゃんも大体これで機嫌が良くなってたから、きっと大丈夫! 大丈夫。大丈夫。やばい。遠くからでも威圧感が凄かったけど、近くで見ちゃうとホントに怖い。ラスボス前の中ボスくらい強そう。レベル1の僕じゃ、絶対どうにもならない。
僕は正座をして、二人が戦棋を指しているのを眺めながらじっと待った。11マス×11マスで将棋よりマスも駒も多いんだ、などと考えていると、黒ローブの髑髏が左手(骨)を木箱の上に伸ばしてウイスキーの入った器を手に取った。髑髏は器を口元にやり、ウイスキーを揺らして香りを確かめるような仕草をしてから、口に含ませる。
骨の隙間からこぼれたりしないけど、あれどうなってるんだろ?
そのとき、首なし騎士がパチりと小気味いい音を鳴らして次の一手を指した。髑髏は酒の入った器を木箱に置き、今度は首なし騎士が木箱に右手を伸ばす。
……置いたのは僕なんだけど、どこから飲むの? 口? 首の断面?
騎士は右手に持った器を左手に持った頭の方に持っていくと、髑髏とは違っていきなりぐびりと飲み込み──ウイスキーが首の下から流れ出る。
そこは、そうなるの!?
首なし騎士は無言で一旦器を木箱の上に置くと、両手で自分の頭を持ち上げ、身体の上に置く。
ちょっとずれてるような……もう少し右。あっ、行き過ぎた!
僕は心の中でアドバイスを送りながら、首なし騎士が前後左右に少しずつ頭を動かす様子を見守っていた。
やがて、ちょうどよく収まったところで、彼は左手で頭をしっかりと押さえ、右手を酒の入った器へと伸ばしてウイスキーを少しだけ飲み込んだ。こぼれることもなく飲み込めたことに気を良くしたのか、彼はごくりごくりと飲んでいく。
次に、彼は空になった器を木箱の上に置くと、ビーフジャーキーを口の中に放り込み、よく咀嚼する。僕は静かに大瓶を持ち上げ、器にウイスキーを注いだ。
しばらく経ち、僕がせっせと給仕をしていたとき──首なし騎士の後ろにいた動物が、きょろきょろしながら起き上がる。しっかりした後ろ足に可愛い前足、流れるような長い尻尾、そしてトカゲのような顔をしたその動物は、図鑑に載っていた恐竜のラプトルによく似ていた。
骨だけど。
その骨恐竜はこちらに近付くと、平らな皿の中からスルメを選んで咥えた。飲み込むかと思ったのだが、数回噛んだだけで木箱の上に吐き出す。こちらを見もせずに、そのスルメを掴んだ首なし騎士は、豪快に噛みついて食いちぎると、何回も咀嚼してから飲み込んだ。
続けて、骨恐竜は黒い何かが蠢いている口の中から長い舌を出してウイスキーを舐める。気にいったのか、骨恐竜は鼻先をお茶碗に突っ込み、全てのウイスキーを舐め取った。骨恐竜は僕の方を向き、もっと寄こせと言わんばかりに頭を僕にこすりつける。
舌はあるの!? 骨の内側は黒くて見えないけど、どうなってるの!? 訳が分からないよ! ってか、骨がごつごつしてるし、圧が強い!
そのとき、ウイスキーの器を手にした首なし騎士が、中身が入っていないことに気付き、左手で兜を回してこちらに視線を向けた。そして、頭をこすりつけてくる骨恐竜に邪魔され、ウイスキーを注ぐことができなかった僕と目が合う。
あ……僕、死んだかも。