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昼食後、僕たちは出発する準備を整える。木箱からそれらしい服や装備を取り出して装備していけば、立派な冒険者の出来上がりだ。コスプレにしか見えないけど。
大空は、上は木綿の長袖の服、下は革製の丈夫なズボンを選んだ。その上に革製の軽鎧、籠手を装備し、背中には長剣を担いでいる。盾とマントは動きにくそうだから要らないと言い、腰には両刃のショートソードを差している。
徹は、動きやすそうなやや厚手の綿の服の上に、フード付きの深い緑色のローブを着ており、手には先端に赤い宝石がついた杖を装備している。なお、徹がこっそり腰の後ろに短剣を忍ばせたのを、僕は見逃してはいない。
僕は、徹と同じ動きやすそうな厚手の服の上に、薄い革製のマントを着ており、刃渡り40㎝くらいの小太刀を腰に佩いている。これは、徹の短剣と一緒でお守り代わり。本命は大空が持ってきていたパチンコがやたら強化された感じのもの。試しに使ってみたら、小石が凄い勢いで遠くまで飛んでいった。
なお全員の靴については徹の強いこだわりで、膝下まである頑丈なブーツを履いている。
準備を終えた僕は大空と徹がテントから離れているのを確認し、やってみたくてしょうがなかったテントの送還を試みることにした。
「えーと、どうやるのかな? 【送還】!」
僕はテントが消えるように念じながら言葉を発すると、テントは徐々に小さくなり、ぱっと消える。
おおお、凄いなこれ。出すときはどうするのかな? 【召還】?
僕が言葉にせずにそう念じると、テントは消えたときと同じように、ぱっと目の前に出現した。その後も、僕が出したり消したりして遊んでいると、徹からジト目で見られてることに気付く。
「んんっ、さて、どっちに行こっか?」
「川沿いを下ればいいんじゃないか?」
「さてじゃねえよ。ったく、何かで川沿いは止めた方が良いって聞いたことあるぞ。たしか、滝になってたりして進めなくなるらしい」
僕は咳払いをして二人の方を向いて尋ねると、大空は僕が遊んでいたのを気にしていないうだったが、徹は少しだけ僕の行為を咎めてから意見を述べた。
う~ん、道が分からないし、しょうがないか。
「ものすごく気が進まないんだけどさ。あの人に聞いてみる?」
「「あの人?」」
「やっぱり、二人には見えてないんだね……」
神様が与えてくれた天稟の効果なのか、僕には武具を着た半透明な男性の姿が見えている。その人がいる方向を指差しながら提案したけど、やはり二人には見えていないようだった。
僕は呼吸を整えてから、恐るおそるその人に近付き、声をかける。
「あのー、すみません」
『……ぬ? お前、儂が見えるのか?』
半透明なおじさんは僕の言葉に反応し、ゆっくりとこちらを向いた。
げっ……このおじさん、片腕ないんだけど。
「ええと、まあ、はい」
『おお、お主は精霊魔術師か』
「はあ、なんか、巫師らしいです」
『巫師? 聞いたことのない天稟じゃが、まあ良い。少し魔力を分けてくれまいか』
僕は顔が引きつるのを堪えながら、なんとかおじさんの問いに答える。すると、彼はよく分からない頼みをしてきた。
「ええと……どうすれば良いんですかね」
『自分の中に魔力があるのはわかるか?』
「はい。暖かいなにかが流れているのはわかります」
『それを指先に集めてくれ」
「えーと、こう……でしょうか」
僕は体の中に流れている何かに意識を集中させ、暖かい何かを動かそうと試みる。さほど苦労することもなく、それは僕の意思に従って指先へと集まってくる。僕が右手の人差し指をおじさんの前に差し出すと──
──おじさんが、その魔力を思い切り吸い込んだ。
『おおおおお、これは美味い魔力だ! 何か満たされていくような……』
「おじさん!? って、なんか薄くなってませんか!?」
僕の魔力を吸い込んだおじさんは、いかつい顔を幸せそうな表情へと変化させ、どんどん薄くなっていく。やがて、おじさんは完全に消え去り、彼に向かって伸ばした僕の手に何かが落ちてきた。
「おじさああああん!? ん、何これ?」
「優太、何がなんだかわからないんだが、何がどうなってんだ?」
「よくわかんないんだけど、僕の魔力を食べたおじさんが昇天して、この石が手元に残った」
訳の分かっていない二人に、同じく訳のわからない僕ができる説明なんてこんなものだ。大空は理解することを諦めたのか、そもそも気にしていないのか、僕が持っていた魔石を手に取り、太陽の光に翳す。
「お~! 綺麗な石だな!」
「それ、魔石って奴じゃないか? ほら、優太の『衣食住』のとこに書いてあったやつ」
「確かにそうかも! じゃあ、この辺にいるおじさんたちを皆昇天させたら、いっぱい集まるね!」
「「おじさん……たち?」」
「うん。だって、いっぱいいるもん」
大空と徹は僕の言葉にぴくりと反応し、二人同時に確認するように尋ねてきた。僕は努めて冷静に答える。そう、僕の目には、おじさん以外にも半透明な人の姿が見えていた。
『もし』
「いっぱいってどれくらいいるんだ?」
『もし、そこの少年よ』
「え~とね、去年の夏に三人で行ったライブくらい!」
「去年の夏のライブって……一万人超えてんじゃねえか! それに、魔石が落ちるってことは魔物じゃないのか!?」
大空の問いに僕が周囲を見渡してから答えると、徹が何かを考えてから目をくわっと見開いて叫んだ。
この人たちが……魔物? そうは見えないけど。それと、正直に言えば人数は多分もっと多い。数えきれないくらい多い。ってか、さっきから二人以外の声が聞こえてるような?
『人の話を聞けえええ!!』
「うわっ!? びっくりした! おじさん、どうしたの?」
僕がそんなことを考えていると、少し離れた場所にいるローブを着た半透明のおじさんが大きな声で叫んだ。僕は二人に断ってから、ローブのおじさんに近付く。
徹は止めてたけど、怖い感じはしないんだよね。
「なんでしょうか?」
『さきほど感じた魔力を儂にもくれ』
この人も昇天したいのかな? そうだ、あげる前に聞いとかないと!
「良いですけど、街がどっちにあるか教えてくれませんか? 街がある方向を教えてくれたら、魔力をあげますから──って、ええ!? どっちに行けばいいの!?」
僕がそう尋ねると、近くにいた半透明なおじさんたちが、一斉にバラバラの方向を指差した。困惑する僕を見たローブのおじさんは、大きな声で笑い始める。
『かっかっかっ! 儂らがここに来たのは数百年も前だからな。よく覚えておらんわい!』
「えええ、じゃあ僕たちどうすれば……」
『儂らの長ならば覚えているやもしれぬが、ただな……』
え、そこで言い淀まれると、嫌な予感しかしないんですけど。