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次に僕が目を覚ましたとき、僕は真っ暗な場所にいた。
「大空、徹、いるの?」
不安に駆られた僕は二人の名を呼んで耳を澄ます。すぐ近くから、むにゃむにゃとよく分からない二人からの返事が聞こえ、僕はほっと息をついた。
僕は目が慣れるのをじっと待ってから出口を探し、這い出るように外に出る。
沈みかけていた太陽は高い位置に来ており、気持ちの良い暖かな光が僕を暖めてくれる。あれだけひどかった気持ちの悪さは完全になくなっており、僕はぐーっと体を伸ばして息を吸い込んだ。
あれ? なんか景色の色が濃くなってる? 他にも変な何かがたくさん見えるけど、今は放っとこ。なんまいだーなんまいだー。
草、地面や空に、きらきらした何かなどが見えるようになっていた僕が、ふうと息を吐いて大空と徹を起こそうと振り向くと──
──そこには安物の4人家族用テントではなく、落ち着いた茶色のカッコいい革張りのテントが鎮座していた。
「ふおおおお! カッコいい!! これが『衣食住』の住?! これって自由に出し入れできるんだっけ? あ、でも二人が中にいるからダメか」
僕は大きく深呼吸を繰り返し、上がり過ぎたテンションを落ち着かせる。それから、二人を起こすためにテントの入り口部分を開き、上の部分に革ひもを結べば光が中に差し込む。中には大空と徹がまだ眠っており、奥には大小様々な大きさの木箱が積み上げられていた。
「大空、徹、起きて。もう昼だよ!」
僕は二人の肩を揺すって声をかける。
大空は寝起きが良いけど、問題は徹なんだよなあ。
「ふあああ。優太、おはよーさん」
思った通り、大空はすぐに目を覚ましたが、徹は差し込んでいる光を避けるように顔を背けていた。僕は徹を起こすのを一旦諦め、大空と話し始める。
「おはよ。木箱の中身とか確認したいんだけど手伝ってくれる?」
「合点承知の助」
「大空って時々親父臭いよね」
「うおおおおおおお!」
「うわっ!? 何だ!?」
僕の毒舌も聞かずに木箱を漁っていた大空が突然叫びだし、徹ががばっと跳び起きた。僕たちが見た大空の手には、綺麗な銀色に輝く刀身を持つ長剣が握られていた。
さすがの大空も長剣を慎重に扱いながら、僕たちに尋ねる。
「……これって、本物、だよな?」
「多分そうじゃないかな? 神様も魔物がいるって言ってたし」
「うわ、俺それで生き物斬るのとかマジで無理」
「ちょっと外で振ってくる!」
僕があやふやな答え方で同意し、徹が顔を引きつらせながら答えると、大空は目をきらきらさせて外に駆け出していってしまった。
僕は「はあ」とため息をついてから徹の方に顔を向ける。跳び起きたはずの徹は、薄いごわごわのタオルケットのような布にくるまって、僕に背を向けていた。
「徹、おはよ。徹は手伝ってくれるよね?」
「俺、低血圧だからもうちょい不貞寝する」
「不貞寝って自分で言ってるし。昨日、朝早く迎えにいったときは起きてたでしょ」
「楽しみなときは血圧が上がるんだよ」
「今の状況も楽しんで。ほら! 起きる起きる!」
僕が布を剥ぎとり、木箱を徹の上から落とした。徹は「ぐえっ」と蛙のような声を出し、木箱を横にどかして起き上がる。
「中身が刃物だったらどうすんだよ!」
「ちゃんと中身見てから落としたに決まってるじゃん。それ衣類だから」
僕は、ぶつぶつ不満を言いながらも起きてくれた徹と一緒に木箱や樽等を全て確認した。最低限の生活必需品はあったし、水や食料品もたっぷりとある。
食べ物に関しては包装がなくなっていたけど、小さな木箱や麻の袋にチョコレートや飴なんかもちゃんと入っていた。
それと、カーボンファイバー製の釣りざおは竹製に変わってたし、折りたたみ式の銛は先の部分が金属製の手槍に変わってたりしてたけど、神様が言ってたとおり回収された物資の代替品はちゃんと用意していてくれたようだった。
僕たちが木箱を整理整頓してから外に出ると、大空がまるで演舞でも踊っているかのように長剣を振るっていた。
僕は大空にも声をかけ、傷みやすそうな食料品で昼食を取ることにした。食事を始めてすぐ、徹がバナナを呑みこんでから話し始める。
「ってかさ、実際これからどうする?」
「どうするって?」
「帰る方法を探さないのかってこと。それか、ここでもう一回黒い靄ができるのを待つってのも、ありだと思うんだよ」
「えー! せっかくこんなとこに来れたんだから色々見て回ろうぜ!」
徹の提案に、大空は口に食べ物を入れたままおおげさに反発する。
二人ならそうなるよね。徹の言い分も分かるけど、僕は大空寄りかな。それと、大空はちゃんと飲み込んでから話して。
「神様があり得ないって言うくらいだからさ。また発生するかどうかも分かんないし、起こるとしてもいつになるかわかんないよ? 食糧だって心もとないしさ」
「靄が出来たときにいなかったらどうしようもないだろ」
「ん……大丈夫だって! 爺さんは『今は』って言ってたし、方法が見つかったら教えてくれるって!」
今度は水で食べ物を流し込んだ大空が、大きな身振り手振りで楽観的な主張をしたが、徹は別の方向から大空を説得しようと試みる。
「意外にちゃんと聞いてたんだな。俺や優太はともかく、大空は家族のことが心配だろ?」
「まーな、でも心配したってどうしようもないしさ。それに、徹だっておじさん、おばさんがいるじゃん」
大空は8人兄妹の下から3番目。家では放置され気味で、自由気ままに生きてきた。だからか、仲が悪いわけではないけど独立心が強くて、あんまり家族に執着がない。
大空が頭の後ろに手を組んで答え、徹に話を返すと、徹は抑揚のない声で言い捨てる。
「うちは大丈夫だよ。俺の大学進学と同時に離婚する予定だったみたいだし、一昨日の夜だって、どっちが俺の学費や生活費を出すかで揉めてぐらいだからな」
「そうなんだ。昔からあんまり仲良くなさそうだったけど、おじさんとおばさんってそこまでこじれてたんだ」
嘘をつくときの癖がめっちゃ出てるし……多分、おじさんとおばさんが揉めてたのって、徹の親権の取り合いなんだろうな。二人とも徹のことは大好きだし。徹は心配させないようにわざとこういう言い方するけどさ。
僕が徹の内心に気付いていないように答えると、今度は僕に話を振ってくる。
「優太だって大損だろ。せっかく、爺さんが残してくれた遺産があったのにさ」
「うーん、蔵つきの大きい家なんて、一人でいたって寂しいだけだし、それは別にいいかな。それより、弁護士さんが爺ちゃんの位牌とかを預かってくれると良いんだけど」
僕に親はいない。勘当されていた母親が突然戻ってきて、生後数カ月の僕を爺ちゃんの屋敷の前に置いていったらしい。
「優太はそういうの大事にするよな。あの天女の像とかさ。蔵の中身を処分したときに、せっかく持ちだしたのに、秘密基地に置きっぱなしじゃちょっと可哀想だな」
僕の様子が少し沈んたことに勘付いたのか、徹は何気なく話を逸らした。
「あの像なら持って帰ってたからテントの中にあるよ?」
「はあ? 前回、三人で苦労して社まで作ったのに、なんで持って帰ってんだよ」
僕が何でもないことのように告げると、徹が呆れた顔をしていた。
でも、仕方がないよね。徹が釘とか金属類は使ったら駄目だとか言い出すから、隙間だらけになったんじゃん。設計図とか書いてきてくれたのには感謝してるけど、素人の僕らには難しすぎたんだよ。
「それこそ可哀想じゃん」
「あれ、優太んちの神棚に置いてあったぞ」
「……あの社は俺らがキャンプにいくときだけのためのものかよ」
「うん。なんか自然が豊かなところの方が好きそうだったから」
「はあ……まあいいや。んで、ここを離れるんなら、これからどうする? 近くにある町で定住して、時々ここを見に来るとかは?」
徹はわざとらしいため息をつくと、話を元に戻した。僕も負けじと、わざとらしいほど明るく提案する。
「色々な場所を巡って、魔法のことを調べようよ! よく分からないけど、なんか方法が見つかるかもしれないよ?」
「そうそう! そうしようぜ!」
「うーん、まあ、お前らが一緒ならいいか」
当然のように大空は追従し、徹はやれやれといった様子で同意してくれた。
「三人一緒ならきっと楽しいよ!」
僕が何よりも信じてるのはこれ。僕一人だったら、多分ここから一歩も動けなかったと思う。でも、二人がいてくれるなら、僕は踏み出せる。