2-22
「でっけえなあ」
なんとかオークの群れを抜けると、先頭にいた大空がオーガを見上げて声をもらした。立ち上がることで分かったその大きさ。手足はドラム缶くらい太くて、身長は動物園で見たキリンくらいある。
「さっさとやるぞ! 【射出】」
「グオオオオオ!!」
徹が先手必勝と言わんばかりに炎玉を放ち、手で払いのけようとしたオーガが苦悶に満ちた悲鳴を上げた。
うん、僕も切り替えないと。
「徹はそのまま魔術で攻撃! 大空とクリスさんは攪乱を!」
「ああ!」
「らじゃ!」
「了解」
僕は何をしよう? 強力な攻撃手段がなくても、できることはある。状況把握、後ろにいるオークへの牽制、余裕があれば魔力を放つのも良い。
パチンコを構え、絶えず視線を動かす。クズハもフードの中から肩に乗り、きょろきょろと周囲を警戒し始めてくれた。
「【射出】!」
タイミングを見計らっていた徹の声が響いた。避けられはしたものの、無理な態勢で倒れそうになっているオーガに向かい、大空が飛ぶように疾駆する。
しかし、オーガが手を着いた近くには、積み上げられた丸太があった。オーガはそれを手に取り、声を上げながら力任せに振るう。
「大空!」
「ほいっと」
僕の叫びとは対照的に、気の抜けた声で軽やかに躱す大空。同時に、徹が炎玉を放つ。
「ガアアアアアッ!」
大鬼は徹の放った炎玉を丸太で打ち下ろし、すぐに手放した。纏わりつく炎は、ただ丸太を焦がすだけだ。
「ちっ、意外と頭がまわるじゃねえか」
「そおおおおい!!」
「疾ッ」
大空が素早い身のこなしでオーガの股下へと潜り込み、コンパクトな振りで内ももを斬りつけた。クリスさんは、ふくらはぎとアキレス腱の間あたりを小太刀で刺突する。
げっ、あれであんまりダメージないって、どんだけ硬いのさ!?
大鬼は再度丸太を拾い、腰をかがめてぶん回す。二人は地面すれすれまで屈んでやり過ごし、後ろへと飛びのいた。
『ユータ!』
耳元で鳴いたクズハの声で、目まぐるしく動く戦況に目を奪われ、意識が集中してしまっていたのに気付いた。腰の革袋に入れておいた小石を手に取り、パチンコを引き絞る。
「クズハ、ありがと。周囲の警戒と誰かが怪我したら回復をお願い」
戦況を耳で聞きながら、厚い脂肪に覆われた体は避け、頭や膝を狙って小石を放つ。教官たちと高ランクのオークたちは乱戦になってるから手を出せないけど、普通のオークになら小石だってかなり効く。
「おーい。鬼のおっさん、どったの?」
「グウ?」
どれくらい経っただろう。集中しているところに、大空ののんびりした声が聞こえてきた。殺気も何もないその声に、オーガまできょとんとした顔になってるし。
「大空?」
「優太、こいつモンスターか?」
え? ……あ、精霊さんが怯えてない。
「ごめん! この巨人さんは狂ってない!」
「やっぱりな。じゃあ、ちょっと抜けるぞ!」
大空はそう言って、森の方へ猛然と駆けだしていった。
はい!? なんで!?
「ガアッ!?」
僕と同じように、オーガも驚いている様子だった。オーガはすぐに大空が向かった方へと走り始める。
「おいおい、モンスターじゃないとしても自由にはさせねえよ? 【射出】」
「ガアアアアア!!!!」
オーガは叫び声を上げながら炎玉に向かって丸太を投げた。炎に巻かれながらも、丸太はまっすぐ徹に向かって飛んでいく。
「まじかよ!?」
「徹!?」
丸太が徹に直撃すると思った瞬間、クリスさんが徹のマントを掴んでを引きずり倒した。
「馬鹿トール。油断するなんて、死にたいの?」
「クリスさん!」
「わりい。サンキュな」
「掴まれたら死ぬ。距離を保つべき。丸太は避ける」
「大空の狙いは分かんないけど、倒さないように耐えよう!」
「ったく、めんどくせえな。【射出】」
徹は遅い速度で炎玉を放った。丸太を拾って撃ち落とすまでもないと判断したのだろう、オーガはそれをゆらりと躱そうとする。
「【水精霊よ。寄り集まりて敵を撃て。水弾】」
水精霊さんたちはやや早口での魔言に応え、高速で放たれた大きな水の塊が炎玉に追突した。高熱にさらされた水は一気に蒸発し、オーガを包み込む。姿は見えないけど、耳をつんざくような絶叫が聞こえてくる。
この感情は……強い焦り? 大空が向かった方に何があるの?
数分も経たないうちに水蒸気が風で流されていき、真っ赤に充血した目でこちらを睨みつけているオーガと目が合う。腰を下ろして重心を前に、今にも走り出そうとしているけどもう遅い。徹の準備が間に合った。
「荒ブル火精霊二請フ。猛々シ火柱トナリテ遮隔セヨ。炎壁】」
徹の右手の先に群がっていた火精霊が、炎を形づくりながらオーガを遠巻きに囲むように広がっていく。徹から供給されている魔力を吸って炎はその大きさを増し、オーガよりも高く燃え盛る壁となった。
あ、オークが結構巻き添えになってる。……揺らぎが炎で見えない。後で必ず浄化するからね。
「徹、魔力は大丈夫?」
「1割くらい使ったってとこだ。レベルアップでの倍率が高いのはいいけど、訓練での増加とレベルアップが重なったからよく分からん」
「大空も徹もずるいよね」
「俺からすれば、高位の精霊と話せて何でも器用にこなせる優太の方がチートだけどな。俺なんてまだ、中精霊すら近寄ってきてくれねえんだぞ?」
「僕は魔力吸われて遊ばれてるだけだから、それより大空は一人で何をしにいったんだろ?」
「さあな。まあ大丈夫だろ。大空だし」
「そだね。大空だしね」
「二人とも! 来る!」
クリスさんが叫んだ数拍後、丸太が炎の壁を突き抜けて飛んできた。徹はごろごろと横に転がって避け、すぐに起き上がる。
「しゃあ! タイミングさえ分かれば、俺でもなんとか避けれるぜ!」
あ、うん。今のは避けなくても当たってなかったんだけどね。ってか、徹が急に動いたら炎玉も動くから、むしろ僕が危うく焦げそうだったよ。
心の中で毒づいている中も、当てずっぽうに投げられた丸太が次々と飛来する。早々当たるとは思えないけど、安全な場所が欲しい。
「優太! 塹壕掘れ!」
「塹壕って何?」
「屈んだら隠れることができるくらいの穴だよ!」
「あ、良いねそれ! 土精霊さん、穴掘ってください!」
僕は手を地面に付き、唯一ある程度言うことを聞いてくれる土精霊さんに、大体の深さと大きさをイメージしながらお願いした。深さはプールくらいで、広さは……三人で隠れるくらい? 僕の意思に感応した土精霊さんが、ずずずっと音を立てながら地面を割るように動かしていく。深さは学校のプールくらいで広さは1レーンくらい。うん、直前のプールのイメージに引っ張られたみたい。
「広過ぎるわっ! ってやば!?」
「うわっ!」
今までは真っすぐに飛んできていた丸太が、今度は横回転をしながら飛んで来ていた。当たったら大ダメージなのは間違いない。僕たちが塹壕に飛び込んだ瞬間、太い丸太が頭上をかすめていった。
何本かやり過ごした跡は、丸太を使い切ったのか大きめの石や引っこ抜いた木か何かがめちゃくちゃに飛んでくるようになった。僕たちは穴の中から顔を出して周囲を監視し、当たりそうなものは屈んで避ける。なお、クリスさんは安全だと判断したのか、近付くオークの命を静かに黙々と刈り取っていた。
しばらく経ち、オーガはこちらに戦闘の意思が弱まったことに気付いたのか、諦めたのか、何も投げて来なくなった。ただ、炎の壁の向こう側で森の方を見つめている。僕たちがその姿を監視しつつオークの相手をしていると、何やら騒いでいる聞きなれた大空の声と聞きなれない女の子の声が耳に入ってきた。
「助けてやったんだから暴れんなよっ!」
「離しなさいよ、この人攫いっ!」
声のした方を振り向けば、大空が子供を両脇に抱えているのが見える。
……うん。理解が追いつかないよ! 何やってんの!?




