2-20
「あれって……何?」
赤色に揺らめく夜空。紫色がかったの月の光と相まって、どこか禍々しく感じる。
「火事が起きてることは確かだな」
いつのまにか徹が横に立って、僕と同じように空を見上げていた。その奥では、大空が目を閉じ、耳に手を添えて何かに集中している。
「……追い風だから聞き取りにくいけど、鐘の音が聞こえるぞ」
「ちっ、鐘か。襲撃だな」
徹が舌打ちして呟いた。これまでにも何度か聞いたことがある嫌な音。襲撃自体はそこまで珍しくないけど、大きな火事なんて今までにはなかったのに、村では何が起きてるんだろう。
考えごとをしつつ、素早く準備を整えていく。最後にテントを送還し、出発しようとしたそのとき、クズハが焦ったようにキューッと鳴いた。
『行ったらダメ! 良くないことが起きそう!』
「クズハ? 何が見えたの?」
『ヒロがユータとトールを抱えて森の中を走ってた!』
大空が? どういうこと?
「どうしたんだ?」
戸惑いながらも、僕が怯えるクズハをあやしていると、徹が肩に手を置いて聞いてきた。
「良くないことが起きるって、大空が徹と僕を抱えて森の中を走る姿が見えたって」
「そうか、じゃあ行くか」
「おう! 早く行こうぜ!」
僕一人だけが焦っていて、平常運転の徹と大空。
「なんで即決なのさ?」
「その状況なら三人とも生きてるっしょ」
「だな。優太や俺が死んでたら、大空は逃げない。優太が気を失うのはいつものことだし、俺も似たようなとこだろ」
「即断の理由に絶句だよ」
……でも、確かに納得できるかも。僕たちがやられたとしたら、大空は多分敵がいなくなるか自分が死ぬまで止まらなくなる。まあ、大空がっていうわけでもないけど。
「それで、どうするの? 一番安全なのは、母様の元に帰ること。ゴブリンの隠れ里に匿ってもらうのが次点」
周りを警戒しながら準備ができるのを待っていたクリスさんが、僕をまっすぐに見つめて決断を迫る。
「そだね。でも、開拓村に行こう。知り合いもできたし、何か起きてるなら助けたい。もちろん、皆が無事に生き残ることを最優先で!」
決断さえすれば、後は行動するだけ。通り慣れた夜の森を四人で疾走する。基本的に毎日体を動かしてるから、レベルアップでの体力の伸びが悪い徹も、村までなら楽に走り通せるくらいにはなってる。
1時間程で森を抜け、視界が晴れる。東門付近から火と黒煙が上がり、丸太の壁の先には、月明かりに照らされた魔物が蠢いているのが見えた。中央に目を向けると、城壁には篝火が焚かれていて、新たに建設された尖塔からは重く響く鐘の音が聞こえる。
「お~、すっげえ数だな」
「スケルトンよりは少ないな」
「森にもいるかもしれないし、ここから見るだけじゃわかんないね。門や壁は壊されてないみたいだし、ひとまず村の中に入ろ」
僕たちは斜面を駆け下りていく。半ばほどで、東側から迫る何かの影が視界に映った。
「ちっ、優太?」
「ちょっと待って」
徹の問いを保留し、目をこらして魔物に纏わりついている精霊の様子に集中する。怯えているような変な様子は……ない。
「あれは違うね」
「じゃあ無視して行こうぜっ!」
僕は、その魔物が狂っていないことを見極めていた。魔物が僕たちに構うことなく南へと逃げて行ったことで、判断が間違っていなかったと分かり、ほっと息をつく。
「南門は完全に閉ざされてるが、どうする?」
「任せろ! クリスは一旦影に潜ってくれ!」
「了解」
走りながら言った徹の言葉に、大空が閃いたとばかりに答えた。クリスさんは、すぐに僕の影へと潜っていく。消える間際に敬礼したのはどんな意味かな? 嫌な予感がするんだけど……。
「……えっと、大空──わっ!?」
「だから抱えるなら先に言えって!」
気付いた時には、僕と徹は大空の両肩に担がれていた。
「舌噛むぞ! 口閉じてろよ!」
大空は南門へと向かって速度を上げる。速い速い速いっ怖いっ!!
「何者だ!」
「冒険者!」
「ここの門は開けられん! 北西の門に向かえ!」
「押し通る! そおおおおおいっ!」
大空は走りながら、門の上に作られた楼で弓を構える兵士さんと叫びあっていた。丸太の壁まであと少しというところで、僕は大空の肩にお腹を突き上げられ、ぐんっと下に引っ張られるような強烈な重力に襲われる。
つまり、僕たちは飛んでいた。
怖いいいいいい!!
大空は尖った丸太の間に足をかけ、さらに跳躍する。落ちていく先にいたのは、槍を構えた戦奴の皆さん。
「「「うわあああああ!?」」」
着地の瞬間、再び大空の肩がお腹に突き刺さった。吐きそう……あ、徹が青い顔してる。
「この馬鹿どもが! 無茶苦茶するな! あやうく刺し殺すところだったぞ!」
「わりっ、んで、どうなってんだ?」
「日没後に突然オークの大群が襲ってきた! 冒険者なら、詳しいことはギルドで聞け!」
「らじゃっ!」
僕たちがグロッキーになる中、偉い人らしい人と大空が会話をしていた。ってか大空、怒られてるの分かってる?
陣が崩れるからさっさと行けと追い払われた僕たちは、ギルドへとゆっくり走る。急ぎたいけど、徹が無理そうだったから仕方がない。川を越えて北西の門から入るよりもかなりショートカットできたし、まあ良いかな。
ギルドが近づくにつれ煙たさが目を突いた。火事は少し落ち着いたみたいだけど、被害は大きそう。鍛冶屋街一帯が更地になってるし、たくさんの人が煤で真っ黒になっていた。
「破壊消火ってやつか。延焼を防ぐために、周りの家を打ち壊したんだな」
「消火って水をかけるんじゃなくて?」
「燃えるものが無くなれば火は消えるんだよ」
へ~、だから大きな木槌なんて持ってるんだ。徹はやっぱり物知りだね。ちょっとドヤ顔なのがあれだけど。
そうこうしているうちに、ギルドの建物が見えてきた。慌ただしく冒険者たちがあちらこちらから走ってきては、またバラバラの方向へと走り去っている。その中心には大きなテーブルがあり、そこにいたギルドマスターと目が合った。
「坊主ども、やっと来たか! ちょっと、こっちに来い!」
めちゃくちゃ大きな声で呼ばれた。ギルマスって、オークの報告をしたときに話したことがあるだけなんだけど、僕たちになんの用だろ?
テーブルのそばまで近づくと、椅子に座っていた若い男の人が立ち上がり、僕たちの方へと歩み寄ってきた。
「あなたたちが噂の冒険者ですか。あなたたちが来たということは、南は大丈夫そうですね」
「えっと?」
僕が戸惑っているのにも構うことなく、男の人はにこやかな表情のまま話し続ける。
「あなた方に情報を貰えて助かりましたよ。おかげで、南東の山を越えてくるオークの斥候をほぼ全て狩れましたから、挟み撃ちをされずに済みました」
……この人、誰だろ?
「……これは失礼。私は、ジュリアン・フォン・ドーラ。この村の領主で、マルクス兄さんの異母弟だよ」
思っていることが伝わったのか、ジュリアンさんはにこやかに笑って名乗ってくれた。
ってか、領主ってことは貴族!? しかも、マルクスさんの弟さん!?
「えっと、あの、ユータです。それで、その、お世話になってます!」
僕がテンパりまくってペコペコと頭を何度も下げていると、にこやかに微笑むジュリアンさんの後方からギルドマスターの大きな声が聞こえた。
「自己紹介は済んだか? じゃあ、お前らは東だ。教官が外で暴れてるからそこに向かえ」
え、外って、門の外?
「だっしゅニャッ!」
いつの間にか背後にいたバステトさんから耳元で叫ばれ、びっくりした僕たちは東門の方へと慌てて走りだした。
誤字報告ありがとうございます!




