2-19
取り出したのは地球から持ってきていたウカテナ様の像。テントの中にずっとおいておくのも忍びないし、近くにあると何だか頑張れそうな気がして厳重に包んで入れていた。
って、なんかすごくきらきらしてるような?
『これは驚いた。御霊体かい。ユータは御使いだったのかえ』
御霊体というか……御神体?
「御使いって何ですか?」
『神や高位の精霊から何かしらの使命を与えらえた者のことだよ。狂ってしまった魔物から皆を守りながら逃げおおせ、ここを見つけた私たちの祖先もまた御使いだったと言われているね』
「ゴブリンの勇者ですか! どんなお話なんですか?」
面白そうな話にわくわくしてそう尋ねると、仮面ゴブさんは仮面の奥に見える目をぱちぱちと瞬いた。
『人がゴブリンの英雄の話を聞きたいのかい?』
「はい!」
聞きたいに決まってるじゃん! こんな話を聞ける機会なんてそうそうないよ!
間髪入れずに、僕は元気よく答えた。数秒の沈黙の後、仮面ゴブさんはゆっくりと話し始める。
『……昔々、今から季節が何百も廻ったころのこと。かつて祖先が住んでいた、ここからずうっと東の森に……星が堕ちた。幸いなことに村に被害はなかったが、その時から森はおかしくなっていったそうだ』
また星……星って何なんだろう?
『星が堕ちた近くにいた魔物は狂ったように他の魔物を襲い始め、植物や水は毒を宿した。果実を口にした者の中では種が芽吹き、根を生やし、ついには動く木となった。水を飲んだ者は、喉はただれ、胃は焼け、体の内部から溶けてスライムと呼ばれる魔物が残ったそうだよ』
アレックスさんたちは、狂いはしなかったけどスケルトンになった。……いや、もしかしたら、当時に狂ってしまった人たちもたくさんいたのかも。アレックスさんは狂ってしまった仲間の魔石は二人で食べたと言ってた。いったい何万人分の魔石を食べたら、あんな尋常じゃない強さになれるんだろう。それに、当時のことを話してくれたアレックスさんから感じた悲しみやつらさは……。
仮面ゴブさんは僕の思考を待っているかのように蜂蜜酒を一口飲み、話を再開する。
『祖先たちは必死に逃げた。しかし、奴等はどこまでも追いかけてきた。一人、二人と倒れ、狂っていき、誰もが絶望しかけたそのとき──族長の娘が力を授かった。彼女は巫女という天稟を持ち、精霊をその身に宿すことができたそうだ』
巫女? ……僕の巫師と同じような名前の天稟。
「……精霊を身に宿すっていうのはなんですか?」
『魔力を分け与えて力を借りるのではなく、その身に精霊を宿して自らが力を振るい魔物を退けたそうだよ。また、同じように逃げていた槍蜜蜂の女王を助け、この地へと同胞を導いた』
「精霊の力を自由に……」
『そう。ただ、代償もあった』
「代償って何が──」
『──優太、魔力を貰ってもいいかしら?』
僕が言葉を発している途中で、ウカテナ様の声が頭の中に響いた。了承の意思を念じた途端、大量の魔力が消失し、ウカテナ様の姿が光の中から現れた。
顕現したウカテナ様はゆったりとした所作で頭を下げ、優しい声で語りかける。
『ノーム様、ゴブリンの巫女様、はじめまして。私はウカテナと申します』
『ノームはノームだの! ウカテナ様は良い匂いがするだの!』
ノームさんは一瞬びっくりしていた様子だったけど、すぐに顔を綻ばせて両手を掲げ、嬉しそうに飛び跳ねた。
『私は大地と生命を司っておりますので、ノーム様は土と樹木でしょうか?』
『その通りだの! お仲間だの!』
二人が和気あいあいと話している姿に、自然と顔が緩ぶ。一方、固まっていた仮面ゴブさんは一歩、二歩と下がり、おもむろに膝をついた。
『まさか顕現なさるとは。御使いに対するご無礼、深く謝罪致します』
『どうか頭をお上げください。私は優太たちを歓迎してくださったことへの感謝を告げに来たのです』
『……たったそれだけのために?』
『はい。感謝を伝えることは大事なことでしょう?』
顔をあげた仮面ゴブさんに、ウカテナ様は微笑みかける。
アルヴィス様もそうだけど、この世界は神様との距離が近いよね。
『それはそうですが……では、何か私たちにできることは?』
『そうですね、優太たちと仲良くしてくださると嬉しく思います』
『仲良く、ですか?』
あ、ウカテナ様らしくて僕はほっこりしたけど、仮面ゴブさんがきょとんとしてる。
『はい。この村は争いもなく多種族が共存していてとても素敵です。ユータたちの心と体を休ませるため、できれば時々訪れることを許可していただきたいのです』
『他の者に広めないのであれば、もちろん歓迎いたしますが……体はともかく、心を休ませるとは?』
「ウカテナ様たちのおかげで、僕たちは元気ですよ! 昨日も上手く戦えましたし!」
仮面ゴブさんの言葉に、僕も続いた。自分でも頑張ってると思うんだけど、何が不安なんだろう?
『そうですね。でも、それが心配なの。魔物を殺しても、元気でいられることが心配なのよ』
「え?」
『私は優太たちに戦いだけに身を置いてほしくはないの。命を奪うことに慣れて欲しくはないのよ』
ウカテナ様に言われて初めて気が付いた。僕はなんで命を奪ったことに、なんとも思ってないんだろう? それが当たり前の世界なのは頭では分かるけど、心はそんなに簡単に割り切れるものじゃない。もしかして、僕も少しずつおかしくなってたり……。
ぐるぐると回る思考が悪い方へ向かっていると、後ろから抱きしめられた。包み込まれる柔らかさと春のお日様のような暖かさに、ほっと心が落ち着く。
『優太、大丈夫。あなたはおかしい訳じゃない。強いストレスに心が順応しようとしただけよ』
「……そうなのでしょうか。僕たちはこれからどうすれば」
『心に蓋をして命を奪うのに慣れるのではなく、生きるため、守るために戦うという覚悟を持って欲しい。そして、命を奪うべきかどうかを見極めて。
森で出会ったオークのように、心を蝕まれ、狂ってしまった魔物もいる。でも、ここのゴブリンのように、心は清く、争いを望まない魔物もいるの』
密着した体から、頭の上から聞こえる言葉から、ウカテナ様の強い思いが伝わってくる。
『覚悟と見極め……僕たちにできるでしょうか』
『あなたたち三人ならきっとできるわ。例え誰か一人が間違えても、残りの二人が助けてくれる。
それに……あなたたちが冒険者や兵士として生きるのでなければ言うつもりはなかったのだけれど、狂ってしまった魔物は苦しんでいるの。優太なら、その魂を浄化して苦しみから解放してあげることができるわ』
僕たちのことを思って言ってくれたのだろうその言葉に偽りは感じなかった。だけど、僕には少し悲しそうに聞こえた。
◆
それから、僕たちは川原の拠点を中心に、”適度な”冒険者生活を送った。普段は、東の森で狩りや採集、開拓村で換金や衣食住で手に入らない物の購入等々。
武器屋にも行ってみた。特に惹かれるものはなくて、むしろ僕たちの武器を売ってくれとせがまれた。ハンカチと同じように、神様印はやっぱり高品質みたい。ちなみに、ミレイさんには出所は絶対に伏せるという約束で、5枚のハンカチを進呈した。
マルコさんも数回開拓村にやってきた。来るたびに綿花を積んでくるのはどうなんだろう? 全部買ったけど、言わないだけでマルコさんは何か勘付いてる気がする。まあ、ゴブさんにもらった綺麗な石を渡したら、奥さんと娘さんにプレゼントする土産ができたと言ってすごく喜んでたから、まあ大丈夫かな?
もちろん、ゴブ村にも時々滞在した。ある時、仮面ゴブさんからウカテナ様の像を彫ってくれと頼みこまれた。巨木の枝を使って作ったのは良いんだけど……不思議なことが起きた。仮面ゴブさんが像を祭壇に祀り、ゴブさんたちがその像に拝むと、拝んだゴブさんたちの意思がなんとなく分かるようになったんだ。
そうこうしている内に、季節は秋になっていた。そして、開拓村の北西に実っていた春小麦の収穫も終わり、「収穫祭をするから必ず来い」とマルクスさんが口を酸っぱくして言っていた日の前日の夜のこと。
「優太! 徹!!」
川原で晩御飯を食べているときに、突然立ち上がった大空が叫んだ。僕たちは大空の指さした方に目を向ける。視界の先では──
──空が、開拓村がある方角の空が、真っ赤に染まっていた。




