2-18
ごつごつとした岩場を下りていく。僕たちに気付いたたくさんのゴブたちが、じっとこちらを見ているのがちょっと気恥ずかしい。
ドームの底に下りると、ゴブ村のことがよく分かった。建物がないと思っていたら、洞窟が入り口側の斜面にいくつも掘られていた。かなりたくさんあるけど、この一つ一つがゴブたちの家だとすると何人くらいいるんだろ。
「おっ、山羊がいる!」
大空が指差した方向では、立派な角をもつ山羊の群れが土の地面に生えている草を食んでいた。近くにいるゴブリンと比べるれば、かなり大きいのが分かる。僕と大空の間くらいはありそう。
「あれって、トマトか? おわっ!?」
畑に実った野菜の方を見て話していた徹に、何かが飛び掛かった。赤い鶏冠に黄色の嘴、白い羽毛に覆われた、翼が4つある鶏的な何か。雌ゴブさんが追い払ってくれて、トマトを一つもいで徹に渡した。
「トマト、なのかな?」
形はトマト、匂いも……うん、トマト。でも、色は巨峰の皮くらい紫色。
畑を抜けると広場があった。こぶし大の石で囲んだ簡易的なかまどがたくさん。DK的な感じ? 洞窟で火は焚けないし、毎日ここに集まって村の皆で食べるのもなんだか楽しそう。
広場を抜ければ巨木の目の前だ。幹は何mあるかもわからないけどバオバブの木くらいは太く、首が痛くなるまで後ろに曲げてやっと天辺を見上げられるほど高い。
「「「ほえ~」」」
僕たちが変な声を出す中、雌ゴブさんはここで待っているように身振り手振りで言い、巨木にぽっかりと空いた大きな洞の中へと入っていった。
数分後、雌ゴブさんが洞から顔を出して手招きしてきた。僕たちは歩き始めるが、一緒に来ていたゴブさんたちや子ゴブたちの付いて来る気配がないのが気になって振り返る。
「「「「グキャッ」」」」
ゴブさんたちは、なぜかビシッと敬礼のポーズを取ってからばらばらの方向に去っていった。
……間違いなく犯人は大空だよね。まったく、ゴブさんたちに何を教えてんのさ。
「ほら、アホなことやってないでさっさと行くぞ」
徹に促され、僕たちは洞の中へと入った。等間隔に並べられたろうそくの火が足元を照らしている。灯りの先には祭壇のような場所が見え、鳥の羽や動物の牙等で作られた様々な装飾品を身に着け、仮面を被ったゴブリンがいた。
雌ゴブさんは祭壇の少し手前で脇に避け、もっと進むように促した。僕たちは仮面ゴブさんの目の前まで進んで立ち止まる。
『話は聞いたよ。村の者を助けてくれたんだねえ。ありがとうよ』
仮面のせいで口元は見えないけど、はっきりとした声が聞こえた。なんとなく、目の前にいる仮面ゴブさんの声だと分かる。
「はじめまして。僕はユータと言います。あなたは会話ができるのですね」
『私も精霊使いだからねえ。お前もその類だろう? お前の意思はとても心地よく聞こえているよ』
……ん?
「意思? 声ではなくてですか?」
『私たちにとって音はそれほど重要ではないよ。魔力に乗せた意思を読み取っているのだから』
そうなの?
横にいる徹と大空に言葉が聞こえているか確認してみると、二人とも仮面ゴブさんの肉声しか聞こえていないと言って首を横に振る。
「言葉を話せない精霊と会話できる術士は珍しいと聞いたのですがそれは?」
『精霊使いが言葉に縛られているとは……まあ仕方がないのかもしれないね。人は同じ種の中で意思疎通を取るために複雑な言葉を生み出したのだろう?』
「えっと、多分そうですね」
『長い間、言葉にばかり気を取られている内に、意思そのものを感じる力が弱まったのかもしれないね。そんなことはともかく、こうしてユータとは話ができて良かったよ。歓迎する、と言いたいのだが……一つ聞かせてくれないか?』
うっ、仮面の奥の目が鋭いのが怖いです……。
「……なんですか?」
『最近、平地も森も騒がしい。いったい、人は何をしているんだい?』
「開拓村を作っています」
『開拓か。ここもいずれ見つかるのかねえ』
仮面ゴブさんの不安そうな気持ちが、ただの言葉よりもまっすぐに伝わってきた。
……そっか。そこまで近くはないけど、まっすぐ行けば一日で着く距離だし、不安にもなるよね。
「……分かりません」
こう答えるしかなかった。いずれ見つかる可能性が高いと思ってしまっていたから、他に言葉が出てこなかった。
『……そうか。お前たちはこの村のことを黙っておくと誓えるかい? 私たちはできるだけ長く、ここでひっそりと穏やかに暮らしたいのだよ』
「それを望むのであれば誰にも言いません!」
これは自信を持って言えた。ここは良い村だと思うから。こんな良い村を壊すようなことなんてしたくない。
『……ユータの意思を信じるよ。さあ、恩人たちを寝所に案内してやりな』
仮面ゴブさんは悲しい声色でそう言った。
祭壇を後にした僕たちは、ゴブさん総出での歓迎を受けた。シンプルな味付けの肉料理、色とりどりの様々な果物。それに、匂いは甘いけど味はほろ苦い蜂蜜酒……乾杯のときにすこし舐めたけど、何かを煎じたお茶の方が美味しかった。
お返しにと、僕もウカテナ商店でたくさん料理を買って振舞った。大皿料理のメニューが増えていたことにもびっくりしたけど、もっと驚いたのはすでに綿の服が出来上がっていたこと。多分すっごく大変だったと思うんだけど、ラミエルさんが満足そうな顔をしてたから良かったのかな?
子供服くらいの大きさの物を1着購入し、雌ゴブさんにプレゼントした。雄ゴブさんたちは上半身裸だからいいけど、雌ゴブさんは皮の服を着てるから暑そうだったんだよね。
それを見た他の雌ゴブさんたちも綿の服を欲しがり、宴会の際中にも関わらず大物々交換会が始まった。100着近くあった綿の服はあっという間に売り切れ、適当に買って並べた調味料や日持ちする乾物、チョコレートや飴なんかも飛ぶように売れた。
手元に残ったのは、果物、蜂蜜、蜜蝋製の蝋燭、蜂蜜酒、山羊毛や毛織物、偽鶏の卵、綺麗な石、よく分からない魔石などなど。
大空は途中で抜けて子ゴブたちにキャッチボールを教え始め、なぜかハイテンションになっていた徹はある瞬間を境に突然眠いと言い出してぱたりと寝ていたため、一人で片づけをしていると後ろから感じ覚えのある声がかかった。
『ユータ、ちょっと良いかい?』
振り返ると、仮面ゴブさんが僕のすぐ後ろにいた。……目の前にその仮面があると心臓に悪いです。
「はい。なんですか?」
『もう一度、祭壇に来てくれるかい?』
仮面ゴブさんの後ろを付いていく。祭壇では、さっきは確かにいなかった小人のような精霊が、ジャーキーをつまみに蜂蜜酒を飲んでいた。
『紹介しよう。この村の守護精霊、ノームだよ』
仮面ゴブさんの声で僕たちに気付いたノームさんは、木製のジョッキを掲げてにこりと笑った。
「はじめまして、ユータと言います」
『ノームはノームだの』
僕が挨拶をすると、ノームさんは純真そうな声で挨拶を返してくれた。ちびちびと蜂蜜酒を飲むノームさんがとっても可愛い。
『ユータ、背中の袋の中からとても強い力を感じるのだが、何が入っているんだい?』
仮面ゴブさんはノームさんを眺めていた僕にそう言って、背負っていた革袋を見つめていた。革袋を下ろし、僕は一つしかない心当たりを中から取り出す。
「……この像でしょうか?」




