2-17
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次の日、薄暗いテントの中で目を覚ました。徹はすやすやとまだ夢の中。外に出て、大きく伸びをする。周りを見渡せば、昨日の戦争の跡が散乱していた。まだ、お腹がぽっこり膨らんでいる大空とゴブたち、散乱した食器や食べかす。
はあ……。皆、食べすぎだよ。まあ、僕もだけど。
昨日は本当に戦争みたいだった。席についた皆の前に大皿を出して、「いただきます」をした瞬間──僕と徹を除いた全員が争い合うように喰らい始め、狙っていた角煮を子ゴブに取られた徹も参戦した。
あっけにとられていた僕は空になった大皿を渡され、おかわりを何回買いに行かされたかもわからない。途中から、ウカテナ様が盛り合わせを用意してくれたからなんとかなったけど……。
僕は昨日の惨状を思い出しながら、いそいそと掃除を始めた。すると、社がある後方から声がかかった。
「ユータ、おつかれ」
「クリスさん! 体はもういいんですか? 痛ッ!?」
クリスさんに駆け寄ったら、デコピンをされた。レベルで言うと一番弱いレベルだったけど、それでも痛い。
「野営時に見張り無しで全員寝るなんて、馬鹿なの? 死にたいの?」
あ、そういえば、今日は大空に起こされてない。いつもは大空が中番をして、僕が朝ごはんの準備をしながら朝番するんだけど……。
僕はちらりと大空を見る。大空は、一番よく食べていたゴブと肩を組んでぐーすか寝ている。
「ごめんなさい。気を付けます」
「ヒロのせいにしないの?」
頭を下げて謝罪した僕に、クリスさんが無表情にそう言った。そんなことしたくないし、する訳がない。だって……。
「僕はリーダーだから」
クリスさんは、真偽を問うように僕の目をまっすぐ見つめてきた。クリスさん、目力強い。でも、リーダーには責任があるって爺ちゃんが言ってたし、その責任から逃げちゃだめだとも言ってた。
目を逸らしそうになりながらも、なんとか耐えること数十秒、クリスさんがふっと力を抜いた。
「……許す。そもそも、私が不覚を取ったせいでもある」
「クリスさんのせいじゃないよ! でも、なんであんなことに?」
「狼に追われたゴブリンたちが川原に来ただけ。オークから助けたのを覚えていたみたいで、すがりつかれた」
……? あ! あのときのゴブリンだったの? たしかに、大空の隣で寝てるゴブは、女性らしい身体をしてるような? 顔の違いはよくわかんないけど。
「でも、太陽の下だとうまく動けなくて、多少の牽制くらいしかできなかった。逃げることはできた。でも、ゴブリンたちを見殺しにはできなかった。そんなときにユータたちが来てくれた。声が出せなかったけど、視線の意味に気付いてくれた。助けてくれて、本当にありがとう」
クリスさんの平坦な口調が、僕には懺悔でもしているかのように聞こえた。大空ですら未だに一本も取れていないクリスさんにも大きな弱点がある。いつまでも頼り切ってるだけじゃダメだよね。
「クリスさんはお姉ちゃんで仲間なんだから当たり前だよ。だから、いつでも頼ってね」
僕がそう言うと、クリスさんは少しだけ笑ってくれた気がした。
太陽が顔を出した頃、大空やゴブたちが次々に起き始め、いつまでも起きない徹を起こして後片付けをした。皆が作業している間に、僕が朝食に用意したのは中華粥。寸胴鍋に作ったそれは、綺麗に平らげられた。いや、食べすぎだから。特に大空と雌ゴブさん。
それから少しして、ゴブたちとの別れのときが来たのをなんとなく感じた。狼の毛皮やおにぎりなどを押し付けていると、頭の上にいたクズハが突然クーと鳴く。
『一緒に行くと良いことがあるかも?』
ん? なに? お告げ?
「優太、どったの?」
首を傾げている大空に、言われた通りのことを伝える。
「ん~と、ゴブたちと送って行くと良いことがあるって」
「ギルドで言ってた占いってやつか。良いんじゃねえか?」
「面白そうじゃん! ゴブ村行ってみようぜ!」
ゴブ村訪問が満場一致で可決された。だって、僕も気になるし行ってみたい。ゴブたちにどうにかそのことを伝えたら、ぴょんぴょん左右に揺れながら跳んで嬉しそうだったから大丈夫でしょ。
雌ゴブさんの先導で、鬱蒼とした道なき森を進む。背の高い木が少なくて藪になってるから、かなり歩きにくい。その代わり、ゴブたちがふらっといなくなっては、見たことのない木の実や果実を持ってきてくれた。
「「「美味しい!」」」
「「「酸っぱ!?」」」
甘い果実を食べたら笑顔になって、酸っぱい果実を食べたら笑いあう。子ゴブが疲れないように、ちょくちょく休みを入れながら歩くこと半日。多分、開拓村の南西から西に見えていた山脈から流れるどこかの小川に辿り着いた。
さらに川沿いを上流に向かって2時間ほど歩いたとき、ゴブたちが急に川で体を洗い始めた。僕たちも洗うようにジェスチャーで言われ、夏の山歩きで汗臭くなっていた全身を石鹸で洗う。興味津々のゴブたちも泡だらけになり、綺麗に洗い流してすっきりさっぱり。
少し休憩を挟み、雌ゴブさんを先頭に再び歩くこと30分ほど。
「え? ここ?」
雌ゴブさんが次の道として指し示したのは、渓谷にある崖の奥まったところにある割れ目。
身を屈めながら、狭い岩の隙間をくぐり抜けるように進む。僕はまだしも、背の高い大空や徹はかなり窮屈そうだった。入り口の光はすぐに見えなくなり、徹が魔術でつくりだした火を頼りに奥へ奥へと歩いていく。
やがて光が見え、洞窟を抜けた僕たちの目の前には幻想的な空間が広がっていた。
野球ドームのような切り立った崖に囲まれた広い空間。奥には高さ100mはありそうな巨大な木がそびえ立ち、昼間は光が差し込むだろう中央には青々と生い茂る畑が見えた。巨木の奥の斜面には色とりどりの花が咲き誇り、ミツバチか何かが飛び回っているのが見える。
ちょっと待って。なんでこの距離で見えるの?
僕がそう思ったとき、周囲からはブーンという重低音とカチカチという高い音が聞こえていた。
「上だっ」
大空の言葉で上を見上げる。顎の牙を打ち合わているでっかいハチの群れが、僕たちの上を飛び回っていた。
僕たちはすぐに背中合わせになって警戒する。緊張する中、雌ゴブさんが白い果実を手渡してきて、掲げるような仕草をした。
「……とりあえず、言う通りにしよっか」
大空と徹は無言で頷き、僕たちはゴブに白い果実を蜂に差し出すように腕を上げる。すると、他よりも一回り大きな3匹のハチが高度を下げて近付いてきた。
この重低音の羽音、スズメバチなんて目じゃないくらい怖いんだけど大丈夫だよね? あんな槍の先みたいな針で刺されたりしないよね?
不安でいっぱいの中、ハチたちは白い果実を長い脚で掴み、もう一つある長い脚を頭に載せてきた。ひっと身体がこわばる。恐怖に耐えた数秒間の後、3匹のでっかいハチは白い果実を持って飛び去り、他のハチたちもまた巨大な木の方へと去っていった。
「なるほど、フェロモンか」
ほっとして息を吐き、ハチの群れが飛んでいくのを眺めていると、徹がぼそりと呟いた。
「どういうこと?」
「さっき、ハチが脚を頭に載せただろ? おそらくだが、他のハチが『こいつは敵じゃない』と分かる匂いを付けたんだよ」
「へ~。……頭洗っても大丈夫かな?」
「魔術的な何かも感じたから大丈夫じゃねえか? ゴブたちだって石鹸使って体洗ってただろ」
「それもそうだね」
「大丈夫そうだし、さっさと行こうぜ!」
大空は目をきらきらさせてそう言うと、ゴブたちと一緒に奥へと向かって歩き始めた。僕と徹はすぐに小走りで追いかけ、横に並ぶ。
ハチはめちゃくちゃ怖かったけど、この世界に来て一番ファンタジーな感じがするゴブリン村に、実は僕もかなりわくわくしていた。




