2-15
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「ここってほんとに市場なのかな?」
マルクスさんに教えてもらった市場に着いたものの、そこは閑散としていた。敷物に品物を並べている商人らしき人はいる。ただ、お客さんがぱらぱらとしかいない。
その光景を見て明らかにテンションが落ちている大空と徹が、僕の問いに答えるでもなく口を開く。
「寂れてんなー」
「なあ、ここの住民って昼はほとんど全員働いてんじゃねえか?」
確かにそうかも。女の人は少ないし、子どもは見てないし。ここは村じゃないってつくづく思う。
「じゃあここに買い物に来てる人たちは?」
「戦奴が自由に買い物できる訳がねえし、非番の兵士か、自主的に休みにした冒険者ってとこか」
……徹の言う通りだろうね。やたらごつい人しかいないと思ってたよ。
「……普通の村ってないのかな?」
「普通の村に行っても面白くないじゃん!」
「まあ、今はとにかく服屋を探そうぜ」
僕たちは野菜などの必要な物を買いながら、市場を巡った。しばらく歩き回ったとき、大空が何かを見つけて小太りのおじさんに話しかけた。
「おっちゃん、これ余ってんの?」
「おっ! 坊主ども、糸でも紡いで小遣い稼ぎしねえか? 安くしとくぜ?」
白い何かをほじくっていたおじさんは、それを放り投げて前のめりに捲し立てた。徹は白いものを拾いながら僕の前にすっと移動し、止まれという意味のサインを出す。
……黙ってろってこと?
「綿花か。これでも俺ら冒険者だからな。布か糸はないのか?」
綿花!? めっちゃ欲しいやつじゃん! 徹、何言ってんの!?
「もう売れちまったからなあ。冒険者つっても、新人で稼ぎも少ないだろ? 糸車も安く売ってやるから、これで糸紡げ、な?」
「どれくらいあるんだ?」
おじさんは売りたくてしょうがないという雰囲気を隠すこともなく、ぐいぐい押してくるが、徹はそれほど興味がなさそうなそぶりで聞き返した。
「1万くらいだな。銀貨60枚のところを、全部買うなら糸車付きで40枚でいいぜ?」
「これ種も取ってないじゃん!」
おじさんは徹に割引を提案したが、店の奥で山になっている綿花を見ていた大空が大きな声で言った。
「た、種ぐらい狩りの合間に取ればいいだろ?」
「綿繰り機もねえのかよ。おっさん、綿花はかさばるし、早く仕入れに町へ戻りたいんだろ? 俺らが捨て値で買ってやるよ。銀貨4枚でどうだ?」
はあ!? 銀貨4枚って十分の一じゃん!
「おいおい坊主、それはあんまりだろ。糸車だけでも結構するんだぞ? 銀貨35枚は貰わねえと」
そうそう。綿花の価値なんて知らないけど、あんまりだよ。35枚なら買えるじゃん。
「うわ、おっちゃん不器用だな! こんな糸じゃ繕いにも使えないって!」
なんだかかわいそうなおじさん側で考えていると、大空が緩んだゴムみたいな細長いものを摘まみ上げていた。あれって綿の糸……なのかな?
徹もそれを見たのだろう、ふんと鼻を鳴らし、おじさんとの距離を詰める。
「……だってよ。ここでちまちまやっても時間の無駄だろ? 糸車なんて道中壊れたらしまいだ。綿繰り機がないのもどうせそんな理由だろ? 銀貨7枚」
「うるせえな。そうだよ! しかも、ここには女や子供がいねえから糸を紡ぐ人手がないんだよ! 30枚! これ以上は無理だ!」
「見通しが甘かったな。俺らも余裕ねえんだよ、8枚」
「駄目だ駄目だ。子どもの遣いじゃねえんだぞ。そんなんじゃ元が取れねえ」
「おっさん、元を取るためじゃねえよ。子どもの遣いにもなってない、無駄な時間を無くしてやるって言ってるんだよ」
僕は徹のひどい言い草に若干引いていた。そこに、大空が無邪気な口調で提案する。
「なあ、おっちゃん、じゃあこうしようぜ! なんか珍しいもの見つけたら、おっちゃんに売りに来るよ!」
「はあ? 駆け出しのお前らがか?」
「ああ! まだ登録したばっかだけど、そこそこ強いんだぜ! ほら!」
「お前みたいな坊主がC!?」
大空のタグを見たおじさんは目をまん丸に見開いていた。おじさんは数分ほど考え込み、顔を上げる。
「……わかった。8枚でいい。俺はマルコ。お前らは?」
「俺はヒロ!」
「僕はユータです。僕の友達がなんかすみません」
「俺はトール、商談成立だな。マルコさん」
「急にさん付けかよ気持ち悪いな。まあ、よろしくな。お前ら、俺が戻ってくるまで絶対死ぬんじゃねえぞ」
マルコさんと徹は握手を交わした。大空と徹の連携プレーで大幅に値切ることができた僕たちは、綿花をこれでもかと詰め込んだ大きな布袋を抱え、ほくほく顔で帰路に着いた。
◆
開拓村からの帰りがけ、もう20分ほど歩けば河原にたどり着くというあたりで、大空が鼻をひくひくさせて立ち止まった。
「二人とも、止まれ」
「大空?」
「走るぞっ!」
「うわっ!? 大空、担ぐなら先に言え!」
大空は、徹を肩に担いで走り始めた。僕は大空に追いついて横に並び、枝などを避けながら叫ぶように尋ねる。
「ちょっと大空! 急にどうしたのさ!?」
「河原の方から血の匂いがする!」
大空の先導で森を駆け抜け、僕たちは数分で森を抜けて川原にたどり着いた。僕たちの目に飛び込んできたのは、数十匹の狼が半円状に広がって吠え、唸りを上げながら何かを取り囲んでいる光景。
半円の中心、川の浅瀬に見えたのは、緑色の肌、小さな角が生えた数体のゴブリンが興奮して何か喚いていている顔と、それらのさらに内側にいる苦しそうな様子のクリスさんだった。
「クリスさん!? 大空! 徹!」
二人は「応っ!」と短く答え、行動を始める。大空は荷物を放り投げて長剣と小剣を抜き、狼の群れへと疾駆した。徹は魔力を拡散したのだろう、川にたくさんいた水色の精霊が楽しそうに集まってきている。
そして、僕が小太刀を抜こうとしたとき、クリスさんの鋭い視線が僕の目を射抜いた。何か言っているみたいだけど、狼の声や川の音で聞こえない。
クリスさん? あの目は……僕は何か判断を間違った? 状況を把握して素早く考えろ。僕たちが着いたとき、狼が囲んでいた。その中に見えたのは、川の浅瀬にいる興奮したゴブリンの顔と苦しそうなクリスさん。……違和感があるような気がするけど何?
思考している間にも、大空は狼を次々と斬り飛ばしながら一振りごとにクリスさんへと向かっている。視線を大空からクリスさんの方へと移すとゴブリンの顔が見え、クリスさんと目が合う。
……待った。クリスさんはともかく、僕らが川原についたタイミングでゴブリンの顔が見えた? そもそも、なんでクリスさんは影に潜らず、大木の陰にすら入らないで日があたる川の浅瀬にいるの?
クリスさんは何かを言っていた口を閉じ、右手に持っていた短剣で下を指す。小さめのゴブリンが数体、クリスさんの腰辺りに取り付いていた。
それで動けないの!? いや違う。クリスさんなら、いくら日なたにいたとしても取り付かれる前に影に逃げることくらいできるはず。しかも、あの状態なら簡単に斬りつけられる。つまり、答えは!
大きく息を吸い込み、できる限りの大きな声で叫ぶ。
「大空っ!! ゴブリンは敵じゃない!!!!」
「んあ? 了解! らああああああああ!!」
その声は狼の囲みを突破しつつあった大空になんとか届き、大空はその場で回転して狼を斬り飛ばした。
ゴブリンは最初から狼の方を向いていた。何かを守るように。
「徹!」
「ああ!」
小さなゴブリンはクリスさんを襲って取り付いているんじゃない。怖くてしがみついているだけだ。子どもだから。
次の手はどうする? 僕は何をすべき? 徹が無防備になるからここは離れられない。こっち側のは大空が蹴散らしてるけど、向こう側には無傷なのが残って──ん? 狼がちらちらと何かを気にしてる?
視線を追っても大木に遮られた。素早く数m横に移動すると、大木で見えなかったその姿が見える。それは、大空とクリスさんたちに視線を彷徨わせながら、迷っている様子の一回りだけ大きな狼だった。
腰の後ろに差していたパチンコを左手で取りながらしゃがみ、右手で小石を拾う。そのまま片膝立ちになって射撃姿勢を取り、真っすぐ引き絞る。
くっ、射線が塞がった。狼がこっちに来たら打てなくなる。そう思うと焦りで呼吸が浅くなった。落ち着け。大空と徹はCだけど、僕だってDランクを認定された冒険者なんだから。
長く、ひたすら焦れったく感じていたが、大空の剣閃でわずかに隙間が空いた。その瞬間を見逃さず、この世界に来た頃の3倍以上深く引いたパチンコを、息を大きく吸い込んだリーダーらしき狼に向けて──解き放った。




