2-13
「アルヴィス様!?」
「よいよい。どうじゃこの世界は、楽しめておるか?」
頭を深く下げる僕の肩に手を置き、アルヴィス様は優しい声色で語りかけてきた。
「はい! 日本とは何から何まで違いますが、アルヴィス様のおかげでどうにか楽しんでいます!」
「そうかそうか、それは何よりじゃ。しかし、ようやく人里にたどり着いたかと思えば河原に住むとはの」
アルヴィス様は、ほっほっと笑う。僕はなんだかちょっと気恥ずかしくて顔が引き攣ってしまった。
「あはは、なんだか、流れでそうなってしまいまして……。それより、どうされたんですか? ひょっとして帰る方法が見つかったりとか……」
「元の世界に戻る方法はまだ見つかっていないのじゃ。そなたらの様子を見に来たのと、ついでに改装した店を見に来たのじゃよ」
アルヴィス様は店内に新しくできたスペースへと視線を向けた。視線を追った先に飾ってある、写真付きのメニューが目に飛び込んできた。
「すげえええええ! 唐揚げだっ!!」
「ラーメンだと!?」
「えええええ!? なんですかあれ!?」
大空、徹に続いて、僕まで大きな声を出してしまった。ラーメン、シチュー、唐揚げ、角煮……作り方がわからないのや、手がかかるのばっかりじゃん!
「作った」
涎が出そうになりながらかぶりつくように見ていると、後ろから抑揚のない声がかけられた。振り向き、声の主に尋ねる。
「ラミエルさんがですか!?」
「そう。私の名はラミエル。アルヴィス様にしては良い名前」
……いや、反応するのそこ? それにさっきまでじじい呼ばわりしてたような?
「材料から加工品を作れるようになったの。すごいでしょ!」
困惑する僕に、ウカテナ様が胸を張って言った。大きな胸に視線が行ってしまうのを、なんとか振り切って返答する。
「…………あ、はい! ごはん作るのって大変だからとっても助かります! 料金は魔石で良いんですか?」
「ええ。ラミエルの手間賃もかかるから、材料の三~五倍くらいはかかるけれど」
「え!? 手がかかる料理ばっかりで、こんなにおいしそうなのにそんなに安くていいんですか! ……作る時間や元気がないとき、お祝いのときなんかに買いに来ますね!」
でも、これに頼りっきりになると、ダメ人間になっちゃう気がする。そう思って、なんとか言葉を絞り出したのに、すぐに近くからブーイングが入る。
「え~、毎日ここで良いじゃん!」
「作る時間が省けるぞ?」
……ダメ人間がいた。しかも、二人も。
「駄目! 魔石もギルドで現金にできるから無駄遣いはできないし、ちゃんと野菜とかも食べないと駄目!」
「「ぶーぶー」」
「確かに優太たちの持ってきたものでは作れるものに限りがありますからね。材料は持ち込みでも構わないから余った材料を持ってくるといいわ」
ウカテナ様、あなたもなのですか……。気持ちは嬉しいんです。純粋に好意で言ってくれてるのもわかってます。だけど、これは毒なんです。二人とも、やっと僕のレパートリーの少ない味気ない料理に慣れたんです。たまに食べるカレーがめちゃくちゃ美味しいんです。そうじゃないと、ミレイさんが作ってくれたこの世界の料理は食べられていなかったかもしれないんです……。
「優太」
よく分からないことを葛藤していると、名前を呼ばれ服の袖が引っ張られた。ラミエルさんが僕の目を真っすぐ見つめ、抑揚のない声で呟く。
「衣」
「……えっと?」
言っている意味が分からなくて首を傾げた。ラミエルさんはそれ以上説明を追加することなく、僕を見つめたまま同じように首を傾げている。
「ラミエルは裁縫が得意なの。毛皮や麻などを持ってきたら、簡単な装備や服を作ってくれるわ。衣食住の衣は今まで活用してなかったから色々持ってきてあげて」
「衣類も作ってくれるんですか!?」
ウカテナ様の説明で、やっと意味が理解できた。材料になる糸や布なんて、【死者の平原】にはあるはずもなく、すっかり『衣』の存在を忘れてしまっていた。
「ん。でも優太たちが持ってきたもののコピーは使えないから材料がない。仕入れてきて」
「わかりました! 開拓村に市場があったので、行ってみます!」
ご飯も嬉しいけど、僕たちの服って修行の日々ですっかりくたびれてたから、これもとっても嬉しい!
その後、僕たちは用意されたテーブルで、皆一緒にラミエルさんの料理をお腹いっぱい楽しんだ。色々購入して用事が済んだ帰り間際、アルヴィス様に以前から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの、アルヴィス様」
「どうした?」
「一つ質問をしても良いですか?」
アルヴィス様は優し気な表情で頷き、話を続けるよう促してくれた。
「師匠たちをあんな姿にしたのが誰かを教えていただけないでしょうか」
「……ふむ。それを聞いてなんとする?」
「僕は、アレックスさんやヴィンセントさんにその人のことを伝えたいです。何をしてどう亡くなったのかを話して、いつか二人の魂を天に還してあげたいと思っています」
ずっと考えていた。500年前のことに囚われて毎日戦争をしている呪いみたいな生活から解き放ってあげたいって。それが、僕にできる一番の恩返しなんじゃないかって。
「そうか。だが、今はまだそれを教える訳にはいかん」
それなのに、帰ってきた言葉は予想とは違っていた。いつか教えてくれるならなんで今はだめなんだろうと混乱していると、何かを悟ったような徹が真剣な口調でアルヴィス様に尋ねる。
「……まさか。そいつも、師匠たちのようにまだ生きているのですか?」
「徹、その通りじゃよ。それはまだ生きておる。そして、今のお主らがそこに行ったとしても、死ぬじゃろう」
頭がかっと熱くなった。師匠たちをあんな姿にした人が生きていることが許せないと思った。
「……どうしたら教えていただ──うわっ!?」
噛み締めた奥歯がぎりりと鳴り、アルヴィス様に詰め寄ろうとしてしまったとき、僕は柔らかなものに包まれた。
この感触って……ウカテナ様のおっぱい!? また!?
「ダメですよ。優太はすぐに一人で抱え込んで。自分のためにではなく、他人のために怒れるのは優太の良いところです。でも、お二人はそのようなことは望んでいませんよ」
ウカテナ様に包まれているうちに、頭に上った血が下がってきた。ウカテナ様は僕をゆっくり解放し、すぐ後ろに立ってくれた。両隣では徹と大空が心配そうに僕を見ている。
「ほっほっ、お熱いの。条件は三つ。一つ目、まずはこの世界を楽しむこと」
アルヴィス様は僕の頭をぽんぽんと叩きながら、優しい口調で話した。
「二つ目、冒険者のパーティランクをBにまで上げること」
続いて、アルヴィス様は大空の肩に右手を乗せて告げた。大空はそれに応えるように力強く頷く。
「三つ目、本懐をおろそかにすることなく、各地を巡り魔法について調べること」
さらに、アルヴィス様は徹の肩に左手を置いて告げた。徹は受け入れた様子で噛み締めように何度も首を縦に振る。
「焦らなくてよい。お主が言ったことは、元の世界に戻るまでに成し遂げればいいことじゃよ。そもそも、あやつらは死霊種としての生もそれなりに楽しんでおるからな」
最後に、アルヴィス様は二人の肩に手を乗せたまま、慈愛に満ちた声でそう言ってくれた。頭に上った血はすっかり下がり、むしろめちゃくちゃ失礼なことをしてしまったという思いで倒れそうだった。
「それは……確かに、そうですね。ごめんなさい。なんだか、一人で空回ってしまいました」
「ほっほっ。それも若さじゃな。では、また会おう、異世界の子らよ」
アルヴィス様は笑いながらそう言って、従業員用の扉から店の奥へと入っていった。僕は慌てて感謝の言葉を告げて頭を下げた。扉が閉まった後も見つめていると、ウカテナ様から声がかかる。
「優太、私からもお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
うっ、綺麗な人の上目遣いはずるいと思う。
「もちろんです。なんですか?」
「優太たちはその河原で生活するんでしょ? そこにある大きな木のそばに私の社を建てて欲しいの」
「あ、そうですね! 道具は木箱の中にありましたし、わかりました!」
何かと思っていたら、当たり前のことだった。むしろ、こんなにお世話になっているのに今まで神棚すら作らずに、木箱で代用していたのがとんでもないことだと思う。
僕がそんなことを考えていたら、ラミエルさんが目の前に来て、首を少し前に倒して無表情に目だけで見上げてきた。
えっと、なんで僕は睨まれているのでしょうか……。
「私も」
「え?」
「私の分もよろしく」
「……? あ、はい!」
さっきのはウカテナ様の真似だったんだね。ラミエルさんからもちゃっかり要求されたけど、これからお世話になるし頑張って作ろ!




