2-12
◆
試験という名のしごきが終わり、ブライアン教官が笑顔で大空に話しかけた。
「坊主、なかなか楽しめたぞ。一つ聞きたいのだが、人を殺したことはあるか?」
「いや、人はない。動物や魔物だけだよ」
何かを考えているんだろう。ブライアン教官は目を閉じて数回頷いていた。数秒後、ゆっくりと目を開き、バステさんへと視線を向ける。
「バステ、金髪小僧は剣と槍がCだ」
「はいニャッ♪ ブライアン教官からCを貰えるなんて凄いニャ~」
バステさんは明るい口調で大空を褒めた。しかし、大空はいつもより低い声でブライアン教官に尋ねる。
「なあ、もし俺が人を殺したことがあったらBだったのか?」
「そうだ。剣の方はBクラスの実力はある。が、童貞にBはやれん。いざ人を殺したときに動けなくなった奴を何人も知っているからな」
「……そっか、確かにいざそうなったらどうなるか俺も分かんねえや」
「人相手と切り結びたくはないが、こんな時世だからな。必ずいつかはある。覚悟しとくことだ」
ブライアン教官は大空の肩に手を置いてそう言った。続けて、腰を下ろして休んでいる僕と徹の方に目を向けてくる。
「栗毛の小僧は短弓がD、短剣がEだな。体付きの割にはいい動きをしている。もっと走れ、食え。もう少しで短剣もDになれる」
「教官、ありがとうございました」
僕は立ち上がって頭を下げた。ブライアン教官は僕の頭を荒っぽく撫で、徹に告げる。
「黒髪の小僧は、杖がEだ。お前は刃物を扱うな。いつか怪我をする」
「だから、俺は、魔術師、なんだよ……」
まだ呼吸が整っていない徹は、とぎれとぎれに答えた。
「だからこそだ。杖術一本に絞って鍛えろ。リーチもあり、時間を稼ぐには悪くない。それに、魔術の補助にもなる」
「……そう、するよ」
「精進を怠るなよ。三人とも腕を上げたらまた来い。さて、マルクス。次はお前だ」
「げ!? まじかよ!」
ブライアン教官はそう言うと、顔を引きつらせて逃げようとしたマルクスさんを一瞬で捕まえ、訓練所の奥へと引きずっていった。二人を見送ったところで、ユーリ教官が口を開く。
「次はこちらですね。ユータ君は普通の言葉で魔術が発動されるのは強みですが、生活魔術以上の魔術は全く制御ができていませんね。ただ土魔術についてはそれなりにできていたのでEランクとしましょう。理術もEですね」
色が濃い精霊さんたちに魔力をあげようとしたら、わらわら群がってきてくるんだもんなあ。吸い取った後は、はしゃぎまわって言うこと聞いてくれないし。理術は徹から教えてもらってるけど、ごちゃごちゃしてて難しいし、簡単な丸いので精一杯だからギリギリ合格なのかな?
「ユーリ教官、ありがとうございます」
僕はブライアン教官へと同じようにユーリさんへも頭を下げた。ユーリ教官はお疲れ様でしたと言い、大空へと体を向ける。
「ヒロ君は風と雷がEですね。理術は、球体にして相手の魔術に投げつけて相殺するというのはなかなかユニークなのですが、創り出すのに時間がかかりすぎていますのでランク外です」
「いい方法だと思ったんだけどな~」
「いい方法だと思いますよ? 発動時間を短縮できるように努力することです。それでは、私もこれで失礼しますね」
「お二人ともありがとうニャ~。三人は今の結果でタグを作ってもらうから、さっきの部屋で待っててニャ」
ユーリ教官はマントを翻して颯爽と去り、バステさんは尻尾を振りながらギルドの中へと入っていった。僕たちは個室へと向かい、疲れた体を椅子に預ける。
「あ~きつかった。すごく強い人たちだったね」
「師匠たちほどじゃなかったけどな。次やるときは負けねえように練習しねえと」
やる気を漲らせる徹の体には、赤い精霊と水色の精霊が集まっていた。師匠たちやクリスさん、ユーリ教官もそうだけど、魔力を常に放出して、精霊を集めている状態を保つことを纏うっていうらしい。
「俺も今度はおっさんをぶっ飛ばしてやる!」
大空もまた力強く宣言した。あれだけ動き回って、何回も吹き飛ばされたのに、元気なのは羨ましい。
「まったく、二人とも負けず嫌いなんだから」
「ったりまえだ! なんのために地獄のような修行したと思ってんだよ」
「そうだそうだ!」
徹の言葉に大空が同調した。でも、多分大空は明日になったら気にしてないと思う。
「いやいや、楽しく旅をするためじゃないの?」
「……そうだそうだ!」
今度は僕の言葉に同調する大空。徹は大空を放っておくことにしたのか、僕の目を見て力説する。
「あのな、優太。楽しく旅をするためには力がいるんだ」
「楽しく旅をするために危険な森の中に入るって、本末転倒な気がするんだけど……」
「もっと力を付ければ、行けるところが増えるだろ? ドラゴンがいる秘境とか行ってみたいじゃねえか」
「……ドラゴンはちょっと見てみたいかも」
全然考えてなかったけど、確かにこの世界ならドラゴンがいてもおかしくないよね。
「そうだろ。じゃあ行くぞ。まずは【ドーラ大森林】の魔物を狩りまくるっ」
「おー! 三人でドラゴンスレイヤーになろうぜっ!」
「待って。なんでドラゴンと戦うことになってんの!?」
僕がやりたいのはドラゴンを遠くから眺めたりすることであって、戦いたくなんてないよ!
「それに、徹の本音は違うでしょ?」
変な流れになっているのを止めるため、徹の方に顔を向けて尋ねた。徹が気にしてるところは単純な勝ち負けじゃないと確信していた。予想通り、徹はにやりと笑ってからおかしなことを叫びだす。
「あのエルフ野郎のにやけ面をぶっとばす! だいたいなんでエルフが男なんだよ。おかしいだろ! そこは美女エルフだろうが!」
「はああああ……。そんなことだろうとは思ってたけど、僕には徹が何言ってるのかわかんないよ」
好きにしてくれていいんだけど、教官のエルフが男の人でも女の人でもどっちでも良いよ。この世界に来てから訓練や修行ばっかりしてるし、いい加減のんびりしたいよ。
そんなことを考えると、徹が思いがけない提案をしてきた。
「そうそう、今日からあの河原に泊まろうぜ」
「え? せっかく開拓村に来たのに?」
「俺もさんせーっ!」
「ちなみに、なんで?」
欲望に忠実な大空の答えなんて分かり切ってるけど。徹がそんなことを言うなんてちょっとびっくりだよ。
「優太の飯の方が美味い!」
「大空はそうだと思った。そんなに離れてないし、僕も賛成かな。クリスさんも自由にできるしね」
僕の言葉に続き、クリスさんが僕の足元から顔を出して徹に向かって親指を立てる。
「トール、グッジョブ」
「お前のためだけじゃねえ。路銀の節約にもなるし、大空が言う通り優太の飯の方が美味いんだよ」
ふーん。”だけ”じゃねえ? やっぱり徹ってば優しいなあ。クリスさんのことも仲間って認めてくれて僕は嬉しいよ。
「照れなくていい」
「照れてねえ!」
その後は、バステさんがタグを持って来るまでクリスさんと徹の漫才みたいなやり取りが続いていた。
バステさんから渡されたのは、名前と武術と魔術のランクが刻印された黒みがかった銀色の金属板。裏にはこの支部の名前が書かれてあって、身分証としても使用できるらしい。それと、開拓村での冒険者の仕事は魔物を狩って素材を持ち帰ることで、外側の東門のそばにある大きな解体所に持っていけば買い取ってくれると説明を受けた。
僕たちはバステさんに感謝を告げて冒険者ギルドを出る。首にぶら下げたタグの重みが、なんだか冒険者になった実感がして嬉しかった。
◆
南門から開拓村を出て河原に向かった。クリスさんの先導で二時間ほど歩けば、河原にたどり着く。テントを召喚して野営の準備をしていると、頭の中に声が響いてきた。
【優太、ちょっと良い?】
あれ、ウカテナ様? どうしたんですか?
【お店の改装が終わったから見に来てほしいの。大空と徹も入れるようになったから連れて来てね】
僕は皆に説明し、クリスさんに見張りを頼んで扉を召喚した。ウカテナ様の言葉通り、二人とも扉が見えるようになったみたい。扉を開けると、いつものウェルカムベルの音が歓迎してくれる。
若干広くなった店内には、ウカテナ様とは別に、メイド服を着た青髪・金眼の可愛い女の子が立っていた。その子は何も言わず、僕たちをじっと見つめてくる。
「えっと、この人は?」
「ウカテナ商店、初めての店員の天使さんです」
「そう。私は天使。名前はまだない。じじいはケチ」
抑揚のないけどどこか可愛らしい声。……ってか、じじいってアルヴィス様のことじゃないよね?
「えっと……なんて呼べばいいですか?」
僕がそう尋ねると女の子は少し困った様子でウカテナ様を見つめ、ウカテナ様は思案顔で首を傾げた。返答を待っていると、店の奥にる店員用出入口と書かれた扉が開く。
「ラミエルと呼べばよい。息災そうで何よりだ異世界の子よ」
僕の問いに答えたのはこの世界の主神、まさかのアルヴィス様だった。




