2-9
その後、マルクスさんは石壁の上を歩きながら開拓村周辺の地理を教えてくれた。
マルクスさんの説明によると、僕たちが階段を上ったのは南門。村の南は高山に挟まれたなだらかな山森が広がっていて、その奥には黄泉の国の入り口と言われている【死者の平原】があり、さらにその向こう側にはワイアット魔導国という国があるそうだ。
アレックスさんの祖国もなくなっていたことに、少なくないショックを受けた。命を懸けて守ろうとした自分の国が無くなっている気持ちなんて、僕には想像もできなかった。
村の南西から西にはずっと向こうまで高い山がそびえ立っている。丸太の壁の材料にしたのだろう、かなり伐採されていて地肌が見えていた。また、南西から流れる川が村の真ん中を通り、石壁を北回りにぐるりと迂回して北東へと抜けている。
村の北西から北は広い平原。南よりも広い開墾が進んだ農地とたくさんの人々。また、川には大きな橋が架けられていて、その先には市場があった。この辺りから、大空は説明に飽きて景色を眺めたり、働いている人に手を振ったりしていた。中には手を振り返してくれる人もいたけど、特に怒られた様子もなかったし、戦奴の人たちも物凄く酷い扱いを受けてるわけではないみたい。
北を回って東へと向かう。荒地の向こう側、丸太の壁に設置された門の手前には建物が密集していて、そのいくつかは高い煙突から煙を吐き出していた。煙の先には広大な濃い森が広がっている。
森を見た瞬間、なんだかピリピリした。徹は森を睨みつけ、大空でさえものんきな顔を引き締めていた。
「よく鍛えられてるじゃねえか。あっちは【ドーラ大森林】。お前らが通ってきた森と違い、魔物の巣窟だ。そしてお前らの仕事場でもある」
「え?」
「ここで降りるぞ」
マルクスさんは固まった僕を無視して階段を下りていった。城壁の東門をくぐり、まだ開墾されていない荒地を通って森の方へと向かう。近づくにつれて強くなる煙たさが鼻を突き、目を刺激してくる。
「あの煙はなんですか?」
目をこすりながら尋ねると、目を細めて顔をしかめているマルクスさんは言う。
「東は鍛冶屋が多いからな。そのうち慣れる」
いや、その顔、全然慣れてなさそうなんだけど……。でも、鍛冶屋さんって行ってみたいかも!
「鍛冶屋よりも先に登録に行くからな」
僕の考えを見透かしたように、マルクスさんは言った。登録って何かの会員にでもなるのかなと思い、そのまま聞いてみる。
「登録って何にですか?」
「冒険者ギルドだよ」
「テンプレきたあああああ!!」
突然叫んだ徹を、マルクスさんはぎょっとした様子で訝しむ。右手は剣の柄に添えられ、すぐにでも抜き放ちそうに見え、僕は慌ててマルクスさんに声をかける。
「マルクスさん、トールは時々こうなるんで気にしないでください」
「あ、ああ。お前らは三人で動くのか? 安定した稼ぎを求めるならクランに入るのが手っ取り早いがどうする?」
僕の声で剣に手をかけていたことに気付いたのか、マルクスさんはぱっと剣から手を離して話を変えた。徹はいまだに興奮が冷めていない様子で、依頼がどうのとかランクがどうのと訳の分からないことを呟いていたため、僕は徹を放置してマルクスさんに尋ねる。
「クランってなんですか?」
「クランは大人数で狩りをする集団のことだ。冒険者ギルドは大昔に傭兵団が連合を組んで出来上がった組織だから、その名残みたいなもんだ」
「入らなくてもいいんですか?」
「ああ、もちろん構わない。クランに所属してるのなんて全体の半分くらいだからな」
答えは分かってるから聞くまでもないんだけど、大空と徹の方を向いて一応聞いてみる。
「僕は入らなくてもいいと思うんだけど、どう?」
「さんせー!」
「ん? ああ、俺もパス」
そうだよね。なんか面倒くさそうだし、なにより命令とかで三人一緒にいられなくなるのは嫌だしさ。
「お前らはそうだと思ったよ」
マルクスさんは大きく口を開けて笑う。煙を吸い込んでむせてしまったが歩みを止めることなく進み、やがて一軒の大きな石造りの建物の前に辿り着いた。
マルクスさんを先頭に、木製の扉を押し開けて建物の中に入った。中には受付カウンターと待合スペースらしきテーブルと椅子があるが、この時間はあまり人がいないみたいだった。僕たちがきょろきょろしていると、カウンターの奥にいた人が声をかけてきた。
「マルクス、いらっしゃいニャ。今日はどうしたんだニャ?」
「猫耳きたあああああ!!」
「徹、うるさいし、失礼!」
僕は、再び叫びだした徹の後頭部をやや強めにチョップする。徹は頭を押さえて蹲るが、今のは徹が悪い。確かに女の人には猫のような三角の耳が付いてるけど、めっちゃ見られてるし、恥ずかしいよ!
周りからの注目を集める中、マルクスさんが猫耳がある女の人がいるカウンターに近寄っていく。僕は徹を引き起こし、まだ口を開けてきょろきょろしている大空を引っ張ってマルクスさんの後ろに続いた。
「バステ、悪いな。田舎から出てきたばかりだから大目に見てやってくれ」
「猫獣人を見たことないなんて、よっぽど辺鄙なとこから来たんだニャ。で、今日はどうしたんだニャ?」
「こいつらの登録を頼む」
マルクスさんがそう言うと、バステと呼ばれた猫獣人さんが目を鋭く細めて問う。
「……こっちが貰っていいのかニャ?」
「ああ、入れてもいいと思ってたんだが、こいつらは軍に向かねえからな」
あ、やっぱりマルクスさんって冒険者ギルドじゃなくて、軍の人なんだね。兵士さんも敬礼してたし、新しい人を雇える立場にあるってことはかなり偉い人?
「へ~、マルクスがそこまで言うってことは、実力はあるんだニャ。じゃあ、部屋に行くニャ~」
バステさんはそう言って、荒い和紙のような紙とインク、羽ペンを持ってカウンターから出てくると、建物の奥へと向かった。僕たちはバステさんからテーブルとイスがあるだけの会議室のような部屋に通され、促されるままに着席する。
「名前、天稟、ギフト、スキル、得意な武術や魔術、技能、その他特技を言うニャ」
僕たちが全員が座ったのを見計らい、バステさんは質問事項を並べ立てた。しかし、すぐにマルクスさんが待ったをかける。
「おい、当然のように聞いてんじゃねえ。三人とも天稟関連は言うなよ。天稟を言うのは、弱点を晒すのと同義でもあるからな。それに、隠しておきたいこともだ。ギルド証に載せていいことだけ言えばいい」
「マルクス、ひどいニャ! マルクスが紹介する子たちがどんな天稟やスキルを持ってるか知りたかったのにニャ! 上には黙ってるし、ギルド証にも載せないから教えて欲しいニャ!」
「残念だったな。こうやって探ってくるやつはどこにでもいるから気をつけろよ。ほら、誰からでもいいから始めろ」
マルクスさんは、懇願するバステさんの言葉を鼻で笑いながら撥ねつけた。僕がどこまで言おうか悩んでいると、大空がシュタッと手を上げる。
あ……嫌な予感しかしない。




