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「まさかユータが特殊スキル持ちとはの……他人が入れぬテントを出す能力とは、また不可思議な力を与えられたものじゃな」
河原の岩に腰かけているゲイルさんが、長くて白いあごひげを撫でながら神妙な顔つきで僕に語りかけた。
――今から二十分ほど前、マルクスさんたちが住んでいる村に連れて行ってくれると決まった後のこと。徹は水浴びをするために川へ向かい、大空とマルクスさんは何故か手合わせを始めた。
そこまでは良かったんだけど……。
僕が簡易的な竈で食事の準備をしながらゲイルさんと話している隙に、アネッサさんが着替えのために僕たちのテントに入ろうとして入れないという事件が起きてしまった。その結果、僕はゲイルさんに特殊スキル【衣食住】の一部、僕が認めた人以外は中に入ることができないテントを召喚したり送還したりできる能力を説明するはめになったのだった――
「……はい。あの、このことは……」
僕は首を垂れ、目を伏せてゲイルさんに乞うた。右肩に乗っているクズハも、尻尾と首をだらりと垂らしてキュイと鳴く。
「言いふらしたりはせんよ。それにバレたとしても大ごとにはなるまい。特殊スキル持ちは開拓村の先にある町にも一人おるしの」
「そうなんですか?」
近くに他の特殊スキル持ちがいるという情報に、僕はぱっと顔を上げる。特殊スキルがそこまで珍しくないなら、目立たなくて済むと思った。
「ああ、奴の特殊スキルは【塩】じゃな」
「塩って、あのしょっぱい塩ですか?」
「その塩じゃ、魔力と引き換えに真っ白な塩を出すことができるんじゃよ」
「はあ……塩ですか」
塩って、ウカテナ様のところでいくらでも買えるんだけど……なんなら砂糖も、スパイスも、醤油や味噌だってある。
「この地は海が遠いからの。特殊スキルで出した塩で荒稼ぎし、町の評議員をしとるいけすかない男じゃ」
「へ~、塩って高く売れるんですね」
ってことは、僕たちも儲けられるんじゃないかな? 簡単にお金を稼げるなら、旅をするのもきっと楽になるよね。せっかくの異世界なんだから色々見て回って、色々試してみたいし。
「ここらで塩を使った商売はできんぞ。すぐさま奴の手下が難癖を付けに来て即刻牢屋行きじゃからな」
僕が皮算用をしていることが分かったのか、ゲイルさんはやれやれといった様子で忠告してきた。
……さっきの泣き真似も結局バレてたし、顔にでてる? ってか、塩を売っただけで逮捕されるって酷くない?
「……そうなんですか。えっと、評議員って何ですか?」
「岩塩でも持っておったのか? 良い塩はありがたがられるし、物々交換くらいは許されるから大事にとっておくと良い。それより、評議員は貴族に準ずる地位を与えられた、平民の代表のことじゃよ」
貴族がいるのはアレックスさんたちから聞いてたけど、評議員については何も言ってなかったな。アレックスさんたちが知ってるのは五百年前のことだし、変わってることもあるよね。
その後も、アレックスさんたちから聞いていた話との違いを確かめながらゲイルさんと話していると、徹がごわごわの布で頭をわしゃわしゃしながら小川から戻ってきた。
「あ~さっぱりした。待たせたな。大空は……せっかく久しぶりに汗を流したのに、何やってんだあいつ」
「徹、お帰り。まあ大空だしね」
「それもそうだな。あの女は?」
「アネッサさんも、大空のマルクスさんのとこにいると思うよ」
徹はそうかと答えると僕との話を切り上げ、ゲイルさんに軽く頭を下げてから声をかける。
「爺さん、汚いもん見せてすまなかったな。俺はトール、よろしく頼む」
「なに、自分にもついとるもんじゃからの。儂はゲイルじゃ、よろしく頼むわい」
ゲイルさんは朗らかに笑う。僕は少し気になっていたことを思い出し、徹に聞いてみることにした。
「そういえば、なんで徹は隠しもせずに言い合ってたの?」
「勝負事に大事なのは準備と気合だからな。準備ができていなかった分、気合で虚勢を張るしかなかったんだよ。お前らのせいで」
「それは本当にごめん。でも、ついこの前、同じようなことをして切り落とされてたオークがいたような気がするんだけど……」
「……」
その光景を思い出して自分に重ねてしまったのか、徹は顔を青くして黙ってしまった。僕がどうフォローしようか考えていると、ゲイルさんが空気を読んで話題を変えてくれる。
「それより、トールに頼みがあるのじゃが、もう一度理術盾を見せてくれんか?」
徹は頼みを受け入れ、ゲイルさんが見やすいような位置に小さな理術盾を作り出す。それからは二人の理術談義が始まり、僕はそっと離れて途中だった食事の準備を始めた。
◆
アネッサさんの先導で山林を登ったり下ったりして進んでいくうちに、こぉぉぉん、こぉぉぉんと木に斧を打つ澄んだ高い音が聞こえてきた。日本でキャンプをしていたときに何度も聞いたことがある懐かしい音。数か月ぶりに人里に戻れる実感がわき、僕たちは自然と足早になる。
こだまする音が近づくにつれて、他の人の姿も見かけるようになってきた。日本の村とかだと余所者はじろじろ見られたりするけど、数名がマルクスさんたちへの挨拶のついでに声をかけてきただけで、ほとんどの人は僕たちに興味を示すこともなく去っていく。
他人にあんまり興味がないのかななどと考えながら山道を下っていると、ようやく森から抜けて視界が広がる。切り株が並んだ緩やかな斜面の先に、マルクスさんたちが住んでいるという村の姿が見えた。
「「「ほえ?」」」
僕たちの口から、間の抜けた声が同時に漏れた。
空壕と垂直に並んだ丸太の壁で囲まれた広大な敷地。丸太の先は尖っていて、下の方は土で覆われている。壁に沿って設置されている櫓に見える兵士っぽい人の姿。壁の内側の大部分は畑か何かで、多くの人が作業をしている。さらにその内側ある壕と壁で囲まれた場所には、たくさんの家屋が並んでいた。
これが……村? 砦じゃなくて? もしかして僕たち騙された!?




