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ううう……魔物って急に襲ってきたりするのかな……。
これまでと違い、大空が鉈で邪魔な木の枝などを落としながら先頭を進み、その後ろに僕、徹、最後尾にはクリスさんという縦列隊形で進んでいる。
平原の光が見えなくなったとこに加え、この隊列になってから会話が少なくなったことで、僕の恐怖は最高潮を迎えていた。
「優太、大丈夫か?」
「ひゃっ!?」
びっくりしたなあもう! 徹ってば急になんなのさ!?
「何びびってんだよ。力抜けって。ほら、手開け」
ん? 手?
徹に言われて僕は視線を落とす。大空と同じように鉈を持っていた右手の指先が、紫色がかった色になっていた。
……あれ? 開かないんだけど、なんで?!
固く握りしめた手を緩めようとしても上手くできない。焦れば焦るほど、逆に力が入ってしまう。
「手ぇかせ」
そうぶっきらぼうに言った徹が、自分の鉈を腰に差してから僕の右手を両手で包んだ。
「ったく、馬鹿が。がちがちじゃねえか」
口調とは裏腹に、徹は僕の手を小指から順に、薬指、中指と、優しく、ゆっくりと開いていった。徹は開いた僕の右手からこぼれそうになる鉈を右手に取り、僕の顔の前で左手を閉じたり開いたりしながら言う。
「ぐーぱーしろ」
僕は言われるがままに、両手をぐーぱーしようとする。最初はゆっくりしかできなかったが、続けているうちに右手は血が巡って白く戻り、段々と感覚も戻ってきた。
大空も隣に来てぐーぱーしてるけど、遊んでる訳じゃないからね?
「……ありがと。二人は怖くないの?」
僕は落ち着いて見える二人に聞いてみた。
「なんで? 見たことないもんばっかりで、わくわくするじゃん!」
「自分よりビビッてるやつがいたから妙に落ち着いたんだよ」
大空はいつも通り能天気で、徹は悪態をついてくつくつと笑った。
僕は目を閉じ、鼻から大きく息を吸い込む。湿った土の匂い、木々や何かの花の香り、様々な匂いが鼻腔を通り過ぎていく。
耳をすませば、風が枝葉を揺らす音、鳥の鳴き声、小動物が枝を走る音、地球と同じ、生きている自然の音が聞こえる。
ゆっくりと目を開く。苦笑する徹の顔、ぐーぱーに飽きたのかどんぐりのような木の実を拾っている大空、無表情なのに心配していることが分かるクリスさんが見える。
頬に触れる柔らかい何かの方を向くと、修行中にいつのまにか二本になっていたクズハの尻尾がふわりふわりと揺れている。
僕はふ~っとゆっくり息を吐く。肩の力を抜いて見渡した景色は、なんだかさっきよりも綺麗になった気がした。
◆
「ほら行くぞ─」
「──少し待つ」
小休憩して僕がすっかり落ち着いたのを見計らい、徹が声をかけながら森の奥へと歩き出すと、クリスさんが徹のローブのフードを掴んで引き留めた。
「てめえ、いきなり何しやがる!」
いきなり引っ張られて尻もちをついた徹は起き上がるなり、クリスさんに詰め寄った。しかし、クリスさんは徹を無視して周囲を注意深く探り、静かに呟く。
「……そっか。行っていい」
「いや、止めた理由を言えよ」
徹は一人で納得しているクリスさんに説明を求めた。
「教えるべきことは教える。私が教えないことは、自分で考えるべきことや気付くべきこと。それと、先頭はヒロ」
「イエス、マム!」
大空はしゅたっと敬礼してから、待ってましたと言わんばかりに意気揚々と歩き出した。僕は納得していない様子の徹に声をかける。
「ほら、徹、行こ」
「ちっ、なんでも知ってるって顔しやがって」
「私は知らないことは知らないと言うし、分からないことがあるなら三人に相談する」
クリスさんのまっすぐな視線と言葉に、徹はバツが悪くなったのか目をそらす。
まったく、徹は受け入れるまではこれだから。女子が少し苦手なのは知ってるけどさ。それより、自分で考えろって言われたけど、クリスさんも分からないことは相談するって言ったし、僕たちから質問したりするのはいいのかな?
「えっと、クリスさん。じゃあ聞いてもいい?」
「もちろん」
大空とは少し距離が開いてしまっていたが、切り払われて散乱した枝の道の先にその姿が見えていた。僕たちは楽しそうに鉈を振るっている大空を少し早足で追いかけながら会話を続ける。
「普段の様子を知らないからわからないんだけど、森がおかしいの?」
「そう。息を潜めているような感じで、いつもより少しだけ静か。トール、理由はなんだと思う?」
「あ? そんなの分かる訳……」
すぐに否定しようとした徹だったが、言いかけた口を閉じ、右手を口元にやって考え始めた。クリスさんは、視線を周囲へ配りながら徹の返答を待つ。
「……アレックス師匠の魔術か?」
ほとんど時間をかけずに言った徹の言葉に、クリスさんは満足そうに頷いた。
「そう。数日経ってもこんなところまで影響がある。さすが母様」
「あれだけの大魔術だったからな」
「トールは母様のすごさをよく分かってる。偉い偉い」
「子供扱いしてんじゃねえ!」
クリスさんが歩きながら少し背伸びをして徹の頭を撫でたが、徹はクリスさんの手を振り払った。クリスさんは気にしていない様子で徹に告げる。
「子供じゃない。三人は私の弟みたいなもの」
「弟じゃなくて弟弟子だろうが!」
「そうとも言う」
「あははっ!」
クリスさんに触られたところを手で払いながら言った徹の言葉やクリスさんの返答がおかしくて、僕はつい笑ってしまった。
ちょっと心配してたけど、もう結構仲良しじゃん!