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うん。落ち着こう。金髪になっても大空なのは間違いない……はず、きっと、多分。昨日までは薄緑のきらきらが纏わりついてけど、今日はたくさんの黄色いきらきらも一緒に大空の周囲を楽しそうに踊ってるし、きっと悪いことじゃないよね。
あ、「誰!?」とか言っちゃったから、大空がちょっと悲しそうな顔になってるし! どうしよう!?
「おとーるさん! うちの大空が不良になっちゃったよ!」
僕はその場をごまかすため、徹にすがりついて叫んだ。徹は「は?」と大きく口を開けて視線を僕の方に落とす。
「いや、待て。“おとーるさん”って何だ」
「優太かーちゃん、腹減ったー」
良かった! 徹のノリがこうなのはいつものことだけど、大空が乗ってきてくれた!
「腹減ったーじゃありません!」
「続けるのかよ。中身が大空で金髪金眼って、どっちかつーと勇者じゃねえか?」
「うるせー、くそじじー」
徹がやれやれとため息をつきながら言った言葉に、大空が棒読みで噛みついた。徹は眉間にしわを寄せ、大空に向かって声を上げる。
「なんで俺には不良キャラなんだよ!──」
「──こら、大空! おとーるさんにくそじじいなんて言ったらダメでしょ!」
僕は徹にすがりついたまま、徹の声に重なるように大きな声を出した。徹は再び下を向いて僕を見下ろす。
「優太もおとーるさんって呼んでんじゃねえ! ってか離れろ──」
「──はーい!」
今度は大空が右手を上げながら徹の声に重ねて元気よく返事をした。徹は遊ばれているのが分かったのか、顔をぴくぴくとさせながら大空の方に顔を向ける。
「素直か! 不良キャラはどこに行ったんだよ!」
「うるせー、くそじじー」
「以下無限ループだよっ!」
「「あはははははっ!」」
徹が顔を紅潮させて叫んだ言葉に、僕と大空はお腹を抱えてけらけらと笑い出してしまう。ついには、僕らにつられた徹も肩の力を抜いて笑い始めてくれた。
「さ、徹で遊んで落ち着いたし、何があったの?」
ひとしきり笑った後、僕は大空に尋ねた。大空は笑いすぎて出てきた涙をぬぐってから、警察がするような敬礼のポーズをとった。
「起きたらこうなってた。以上であります!」
「つまり何もわかんないってこと?」
大空と僕が首を傾げていると、徹がリュックサックほどある革袋に何かを詰めながら答える。
「いやいや、あの猫が言ってただろ。祝いをやるって」
そういえばそんなことを言ってた気もするんだけど、頭がくらくらしてたからおぼろげなんだよね。
「ちょっと記憶が曖昧だから、正確に教えてくれる?」
「大精霊が、優太の大好きなウカテナ様と話した後、『新しい神の誕生に祝をあげる』って言ったんじゃなかったか?」
徹がにやにやとしながら、大好きなの部分を強調して言ってきた。
二人に隠してるわけでもないし、恥ずかしいことでもないけど、ちょっとやり返したくなっちゃうよね。
「ウカテナ様のくだりは良いから、大精霊様のお言葉を正確によろしく」
徹はすぐに返事をしようと開けた口を一旦閉じ、少考してから再度口を開く。
「……語尾に猫の鳴き声なんて付けて言わねえよ?」
「「ちっ」」
大空と僕の舌打ちが重なり、徹はやれやれと肩をすくめて首を左右に振る。
「誰得なんだよ」
「僕たち得だよ! 一生思い出し笑いできるよ!」
「俺だけ大損じゃねえか!」
徹は叫びながら、革袋を僕に向かって投げつけてきた。革袋は見た目ほどは重たくなく、ぼふっと音を立てて僕の顔に直撃する。
まったくもー徹は乱暴なんだから。ってか、これ何? あ、旅の荷物か。テントに収納できるけど、できるだけ見せないほうがいいし、手荷物を持っておかないと怪しまれるってアレックスさんが言ってたもんね。
「徹、準備ありがと。じゃあ、行こっか」
「ああ。やっとブラックな修行の日々からおさらばだ」
「わくわくするな!」
僕たちはテントから外に出る。昨日の嵐が嘘だったかのように空は澄み渡り、あたたかな日差しが僕たちを照らしてくれていた。
テントを送還し、僕たちは出発のあいさつのためにヴィンセントさんとアレックスさんの元へと向かった。二人はいつもの大木のそばで戦棋を指しており、クリスさんはアレックスさんの背中にへばりついている。
アレックスさんは僕たちに気づくとクリスさんを引きはがし、強く抱きしめてから背中を押して彼女を送り出した。それから僕が渡していたウイスキーをちびりと飲み、戦棋盤に目を落とす。右手だけが僕たちに向けてしっしっと振られていた。
ヴィンセントさんは空の器を口元に傾けながらこちらを一瞥することすらなかった。ただ、器を持つ左手がかすかに震えていた。
「「「ありがとうございました!!!」」」
僕たちは二人に深々と頭を下げる。大空が頭を上げて離れていき、徹も続いた。僕は最後にしっかりと感謝の気持ちを念じてから待ってくれていた二人の元へ向かう。
いざ出発しようとしたとき、クリスさんが僕の腕を掴んで引き留めた。
「クリスさん?」
「あっちに向かって夕方まで歩く。日が落ちる前に安全な場所を探して野営の準備をする。数日で森に着く。以上。太陽の下は動きにくいから私は寝る。『影潜り』」
クリスさんは指で方向を示して指示を出すと、あくびをしながら僕の影にぬるりと吸い込まれるように沈んでいった。
あれ? 詠唱がなかったけど、今のも魔術なのかな? ってか、アンデッドってやっぱり昼間は動きにくいんだね。
「おい、優太」
考えごとをしていた僕に徹が声をかけてきた。僕が「何?」と返すと、徹は僕の影を一瞥する。
「道案内がいきなり仕事放棄したぞ」
「方向は教えてくれたし、あっちに向けて歩こ♪」
クリスさんは道案内じゃなくて仲間なんだけど、徹の憎まれ口は癖みたいなもんだし、徐々に受け入れてくれればいっか。
「そうしようぜ! 行けばわかるさ!」
待ちきれなくなったらしい大空が荷物を肩に担いで歩き始め、僕と徹も荷物を背負って大空を追いかける。クズハは僕の頭の上で丸くなった。数え切れないほど大勢の半透明のおじさんたちが手を振ってくれる中、僕たちは冒険への一歩を踏み出した。
何が待っているかわくわくしてきた!
第一章は終わり、次話からは第二章 辺境での冒険者生活~農民よりも戦士が多い開拓村で一花咲かせます~が始まります。
書き溜めもある程度できましたので、明日は一話を投稿し、その後は隔日投稿していく予定です。
暫定で差し支えありませんので評価やブクマ、感想等をいただけると嬉しいです。