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酷い耳鳴りで何も聞こえない。瞼を閉じてるはずなのに、強烈な雷光が網膜にこびりついて離れない。
なのに、目の前にとんでもない何かがいることは分かったし、それが発する声が頭に直接響いてきた。
【知ラヌ神ノ匂イニ降リテミタガ……ヒトノ小僧カニャ】
怖くてたまらない。言葉の意味は分かるけど、ただそれだけだ。
相手が大きすぎて何もわからない、そんな感覚を僕は感じていた。
僕が震えて何も答えられずにいると、ヴィンセントさんとアレックスさんの恐怖の混じった声が聞こえてくる。
『アレックス……お前、なんてものを喚び出しておる』
『自分で降りて来ただけだよ……大精霊なんてものをそう簡単に呼び出せる訳ないだろう』
【オマエハ何者ダニャ?】
さらに何かの声が頭の中に響いた。
耳鳴りや目のくらみはほんの少し治まったけど、恐怖で訳が分からない。語尾が変なのもむしろ怖い。
【オイ、我ヲ無視──】
「──優太に近づくなっ!」
光り輝く大精霊と僕の間に、大空が割って入ったのがわかった。大空が剣を構えているのがぼんやりと見える。
【精霊ノ意思モ分カラヌ奴ガ、シャシャリ出ルニャ】
大精霊の言葉とともに動いたキラキラに、僕がだめ!と思った瞬間、水の壁が大空の目の前にせり上がった。
間髪無く、大精霊から大空に向かって放たれた小さな雷が水の壁に当たり、蒸気が一気に立ち込める。
嵐の強い風によってすぐに視界は晴れ、大精霊が意識を向けた方に目を向けると、腰が抜けていたのか這いつくばって右手をこちらに向けている徹が見えた。
「雷なんてアースしちまえば楽勝なんだよっ!」
いや、確かに防いだけど一瞬で蒸発したから。それはメ〇ゾーマではないメ〇だ的な小さな放電でそれだから! なんで煽ってんの!?
大空と徹のおかげで恐怖が少しだけ薄れた僕は、何度か深呼吸してから大空の左肩にそっと右手を乗せる。大空も緊張していた様子で、少しだけびくりと体を震わし、すぐに僕の方に視線だけを向けた。
「優太、下がってろ」
「大空、徹、ありがと。大丈夫」
僕はぷるぷると震える足を引きずるように前に出して大空の前に進み、大精霊と向かい合う。
「……って、猫?」
大精霊って輝く猫なの!?
【猫ッテ言ウニャッ! コノ逞シイ足ヲ見ルニャ!】
いや、仔猫にしては確かにかなり太いけど……白黒の縞模様があるし……。
「……虎でしょうか?」
【分カレバ良イニャ】
セーフ? セーフだよね!? ってか今の失言はヤバかった! 僕が徹より煽ってどうすんのさ!
輝きを放ちながらふわふわと浮かんでいる大精霊は、前脚を組んでふんすっと鼻息荒くふんぞり返っていた。僕は、慌ただしく跪いて頭を下げる。
「挨拶が遅れてごめんなさい。異世界からこの世界へと来た優太です」
【異世界……歪ミニ迷イ込ンダンダニャ】
「何か知っているのですか!?」
僕が思わず頭を上げて問い詰めるように叫ぶも、大精霊は首を横に振る。
【詳シイコトハ知ラナイニャ。ソレヨリモ、一ツ答エルニャ】
「何でしょう?」
【オマエラハ、コノ世界ノ敵カニャ?】
殺気がこもった唐突な質問に、僕は再びパニックになりそうになるが、何とか堪えて声を絞り出す。
「ち、違います! 僕たちはそんなことしません!」
【ソウカニャ、デハ証ヲ示──】
【──優太、よく頑張りました。一時的に降臨するから、気を強く持っていてね】
大精霊の言葉を遮る形で、頭に優しい声が響いた。同時に大量の魔力が消失し、ウカテナ様が僕のすぐ隣に現れた。
ウカテナ様は大精霊に頭を深く下げてから、畏まった態度で大精霊に話しかける。
『雷を司る大精霊に申し上げます。私はウカテナ、主神アルヴィス様より新たな名を賜った異世界の女神で御座います』
名乗り終わったウカテナ様は右手をゆっくりと差し出した。
大精霊はふよふよと近づいていき、ウカテナ様の指先に鼻を付けてゆっくりと息を吸い込んだ。大精霊はしばらく目を閉じ、やがてゆっくりと話し始める。
【フム……大地、生命……ソレトハ異ナル匂イモアルガ……好イ、我ハウカテナヲ神ノ一柱ト認メルニャ】
『ありがとうございます。しかし、証を示せとはどういうことでしょうか?
大精霊はきょとんとした後、にぱっと口を開け、犬歯を見せてからからと笑う。
【モウ示シタニャ。ドンナ神ガ来タノカ魔力ヲ嗅ガセテ欲シカッタダケダニャ。マサカ神ソノモノガ降臨スルトハ思ワナカッタニャ】
『そうなのですね。しかし、直接お会いすることができてよかったです』
ウカテナ様が優しく微笑むと、大精霊はうんうんと満足そうに頷いた。それから、何かを確認するように僕たち3人に視線を彷徨わせる。
【セッカク会イニ来レクレタシ、新タナ神ノ誕生ニ祝イヲアゲルニャ。……オマエニスルニャ】
「何だ?」
大精霊から指差された大空は、言葉が分からないからか怪訝そうに眉をひそめる。
【腰抜ケハ雷ヲ馬鹿ニシタコトヲ見逃シテヤルニャ。イクニャ】
先程よりも強力そうな雷が、なんの予備動作も無く放たれた。躱すことも防ぐこともできず、雷は大空の頭に直撃する。
「ぴっ!?」
「「大空!?」」
僕と徹は、糸が切れた人形のように倒れ込む大空に駆け寄る。
僕が大空の肩を掴んで揺さぶり、大空の名を何度も叫ぶ中、徹は冷静に呼吸と脈を確認していた。
【ウカテナ、小僧共、マタ会ウニャ】
大空は気を失っているだけだと、徹が告げてほっとしたのもつかの間、嵐とともにきた大精霊は、文字通り嵐のように色んなことを撒き散らして空へと帰っていった。
僕はテントを召喚し、二人で大空を運ぼうとするが、魔力が枯渇気味で上手く力が入らない。僕たちがもたついている間、ウカテナ様がアレックスさんと話しているのが聞こえていた。
『さて優太も限界が近いので手短に。アレックスさん、ヴィンセントさん、クリスティーナさん、優太たちを鍛えてくれて本当にありがとうございます』
『いえ、私たちが優太に助けられたようなものです』
『とんでもありません。そこで、お礼と厚かましいお願いがあるのですが…………』
『…………』
テントに入ると二人の声は聞こえなくなったが、大空を布団に寝かせていると、突然クリスさんの叫ぶような声が聞こえる。
『母様!?』
『…………』
『母様と一緒が良い!』
僕と徹はテントの入り口の隙間から、そっと外の様子を伺う。そこには、クリスさんがアレックスさんに抱きつき、頭を撫でられている姿があった。
アレックスさんは慈愛に満ちた声色で、あやすようにクリスさんに声をかける。
『大丈夫。私は何百年先であろうとここにいる。それに、彼らのことを嫌ってる訳ではないんだろう?』
『……出来の悪い弟みたいとは思ってる』
『じゃあ、旅に同行しておいで。そしてたまには帰ってきて、ここを離れられない私たちに旅の話を聞かせてくれないかい?』
『……わかった』
『いい子だ。それでは始めようか』
クリスさんがアレックスさんの黒いローブで涙を拭き、アレックスさんから離れる。ウカテナ様はテントの入り口を開け、僕と徹の手を引いて外に連れ出した。
『ウカテナ様?』
『優太、詳しく説明する時間がありません。お世話になったこの方々と精霊契約をしなさい』
『……え?』
ん? 何がどうしてそうなったかは分かんないけど……三人と精霊契約できるのは嬉しいし、問題……ない?
魔力不足で朦朧とする僕の両手を、アレックスさん、ヴィンセントさん、クリスさんが握りしめてきた。
三人の魔力が入ってきて、されるがままに僕の魔力が引っ張りだされる。ただでさえ底をついていた魔力をさらに吸い取られた僕は、限界を超えてしまい意識を薄れさせていった。
この世界に来てからほんとこればっかり……。
◆
目を覚ました僕は、顔面に張り付いて眠っていたクズハを引き剥がして体を起こし、辺りを見渡す。
見慣れたテントの中では、徹が荷物を整理していた。
「やっと起きたか」
「徹、おはよ。どれくらい寝てた?」
「倒れたのが昨日の朝だから丸一日だな」
「そっか。待たせてごめんね。大空は?」
「外」
徹がテントの入り口を指差すと同時に、テントの入り口が開かれる。
「おっ! 優太、おはよーさんっ!」
「大空、おはよ……って誰!?」
僕に声をかけてきたのは、大空の顔と声をした金髪金眼の青年だった。
皆様、おまたせして大変申し訳ありません。
更新再開いたします!どうぞよろしくお願いします。