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さらに3日ほど経過した日の夜中、僕は再びふと目を覚ましてしまった。テントの天井には小さなランプに火が灯されており、ぼんやりと中の様子が見える程度には明るかった。
「んん……あれ、大空はいないけど、徹もいない?」
人の気配がないことに気付いた僕は起き上がり、テントの出入り口からいつもの外の様子を見る。3つの紫の月が照らす中、スケルトン軍団は今夜も戦争に勤しんでいた。
「らああああああ! 突撃!」
僕は、聞きなれた大空の声に引かれてそちらに視線を向ける。大空が先頭を駆け、その後ろに4体のスケルトンが追走していた。
「なんで指揮してんの!? 昇進!?」
大空は素人の僕から見ても分かるほど、一週間前とは全く違う動きをしていた。むやみやたらに大振りをするんじゃなくて、ちゃんと相手の動きを見て剣を振るっているように見える。それでも、ほとんどの斬撃は避けられているんだけど、スピードで圧倒している大空は、仲間のスケルトンのフォローもあり、最後にはちゃんと剣を当てることができていた。
アレックスさんの話によると、スケルトンは半透明おじさんたちの夜の姿で、ほとんど魔石を食べていないから、500年間ここで修業していても、レベルはさほど上がっていないらしい。
一方の僕たちは、だんだん軽くなってきたけど、毎晩レベルアップの痛みがあり、すでに一般兵の骨おじさんたちのレベルを軽く超えてしまっているとのことだった。
僕が大空の雄姿を眺めていると、今度は別の場所から徹の声が、風に乗ってかすかに聞こえた。
「【火精霊よ、聚合し炎となりて敵を焼き撃て。炎弾】」
魔言を唱えた徹は魔術を発動させ、バレーボールくらいある大きな炎の弾丸がまっすぐにすごい速さで飛んで行く。
それは乱戦を抜けて本陣に迫ったスケルトン部隊の先頭に当たり、隊長らしきスケルトンは炎に巻かれた。そして、部隊の足が鈍ったところに、本陣の守備隊が襲いかかる。
「いやいや、最近寝起きがさらに悪いと思ってたら、徹まで!? しかも大空の敵側だし、何やってんの!?」
僕は思わずテントの外に出てしまい、もっと近くで見ようと一歩二歩と進んだとき──
カタカタカタッ
──黒いスケルトンがどこからともなく現れ、僕を担いで走り出した。
「え? え!? え?!」
僕は疾風のようなスピードで運ばれる。揺れることもなく、黒いスケルトンおじさんに連れて行かれた先は、少し小高い丘の上。そこには、全身黒づくめの顔色が悪い女の子がいて、彼女は赤い目で僕をジト目で見つめていた。
ただ見つめられても、何がなんだか……。
「えっと……誰?」
「クリスティーナ、クリスでいい」
「僕は優太。ええと……クリスさん、何で僕を連れて来たの?」
クリスさんは、表情を変えることなく物騒な言葉を口にする。
「母様を誑かした首なしジジイを殺る」
ええ!? 母様ってアレックスさんのこと!? 子供いないんじゃなかったの!? 首なしジジイってヴィンセントさんのことだよね!?
「ここから、首なしジジイに石をぶつけるのがミッション」
クリスさんは言葉を続けるが、僕はこの場から逃げたくてしょうがなかった。
だって、こんな遠いとこから当てられる訳ないし、そもそも恩人に石なんてぶつけたくないよ!
「パチンコ持ってきてないから、一回取りに帰ってもいいかな?」
「テントを出し入れできるのは知ってる」
くっ、でも一回入って朝まで寝てれば──
「──40秒以内に出てこなかったら……ふふっ」
クリスさんは最後まで言わずに、意味深な笑みを浮かべ、悪戯そうな目を僕に向ける。
「怖いから! ちゃんと出て来るから! まったくもう、【召還】」
結局僕はテントを呼び出し、中からパチンコと河原で集めていた丸い小石を持って外に出る。
「じゃあ、始めて」
「はいはい。ん……しょっ!」
放たれた小石は、明後日の方へと飛んで行き、乱戦の真っ只中に落ちる。それは一体のスケルトンの頭に当たり、注意が逸れたそのスケルトンは、隙を突かれて袋叩きにあっていた。
……ごめんなさい。
「下手。左手がぶれてる。それに、左手と右手はまっすぐ」
クリスさんは僕のすぐ正面に立つと、僕の両手に触れ、正しい位置へと動かしてくれる。彼女の手には生気がなく、ひんやりとしていて、彼女もまたアンデッドなのだと分かってしまった。
「手首を返さない」
アドバイスに従いながら練習を続けていると、少しずつ狙いが定まってくる。とりあえず、ある程度まっすぐに飛ばせるようになった僕にクリスさんが告げる。
「じゃあ、次。あれに当てる」
次にクリスさんが指定したのは10mほど先に立っている黒いスケルトンだった。僕は言われるままに、パチンコを引絞る。
だけど、右手を離す瞬間、わずかに狙いを逸らしてしまい、小石は黒いスケルトンの左側を飛んで行ってしまった。それと同時に、僕のおでこに鋭い痛みが走る。
「痛っ!?」
「わざと外したらデコピンする。……遠距離はトールがいる。近距離はヒロがいる。ユータは近~中距離をカバーすべき。スリングショットの一瞬の足止めが、ユータたちの命を救うこともある」
クリスさんの真剣な眼差しに気圧されてしまった僕は、おでこをさすりながらコクコクと頷くことしかできなかった。
その後、僕は黒いスケルトンさんを目がけて小石を放ち続けた。スケルトンさんが壊れたらどうしようと思っていたのだが、この黒いスケルトンさんは他の白いスケルトンさんよりも頑丈みたいで、小石が当たっても砕け散ったりはしなかった。
「明日から夜中に2時間、ユータにスリングショットと小太刀の使い方を教える」
訓練が終わり、クリスさんがそう告げたのだが、僕はダメ元である提案をする。
「僕は魔術の練習の方がいいんだけど……」
「精霊使いが魔術を使ってどうするの?」
クリスさんは呆れた様子で言い放ち、僕は「え?」と口に出して固まった。彼女は、はあとため息をついて、呆れ顔のまま僕に説明してくれる。
「精霊使いは精霊に魔力を渡して魔術を行使させ、自らは近中距離で闘うのが普通。自分で魔術を使っても、精霊に渡せる魔力を無駄遣いするだけ」
ああ、だから巫師って器用貧乏なんだ……。
「……でも、日常生活に使う魔術くらいなら、教えてあげてもいい」
「ほんと!?」
がっかりしていたのに気付いたのか、クリスさんが提案してくれた言葉に僕は食いついた。彼女のひんやりした両手を握って、詰め寄ってしまっていた。
「近い。アンデッドは嘘を付かない」
僕は、ありがとうと言いながらクリスさんの両手をぶんぶんと振る。彼女は迷惑そうにしながらも、振りほどくことなくされるがままになってくれていた。
こうして、僕も夜中の特訓に参加することになった。実は、大空と徹が強くなってるのがちょっと羨ましくて、僕はとてもわくわくしていたんだ。
◆
日々は経ち、ぼーっとしている半透明のおじさんたちは全員昇天させてしまっていて、修業に明け暮れていたある日のこと──
雲が厚く、生温い風が吹き、嵐になりそうな夜に、僕たちはアレックスさんとヴィンセントさんに呼び出されていた。