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えええ……天女様、何やってるの?
「えっと、天女様……ですよね?」
僕が天女様に思ったことをそのまま尋ねると、彼女は途端にわたわた慌てだす。
「え?! ち、ち、ち違います! 私はアルヴィオール様からこの店の店主を任された、えと……その……ト、ヨ。トヨと言います!」
いやいや、両手をからだの前で握って言い張る姿はとっても可愛いんだけど、バレバレでしょ……
「ウカテナ様、それで僕はどうすれば良いのでしょうか?」
「うう、ユウ君はいけずです……。あれ? 私、その名前教えましたっけ?」
ユウ君!?
僕はウカテナ様に『ユウ君』なんて呼ばれてどきどきしてしまっているのを、なんとか抑えながら彼女に本題を伝える。
「お、お店の名前に付けてるじゃないですか……。それより、ウイスキーと食料品が買いたいんですけど……これで買えますか?」
「ああ! そうでしたっ!」
ウカテナ様は右手を頭の後ろにやり、てへへと笑いながら舌をちょっとだけ出した。それから、僕が差し出したいくつかの魔石を手に取り、繁々と観察する。
てへぺロってもう古……いえ、なんでもないです。
頭の中で突っ込もうとしている中、ウカテナ様からにこりと微笑まれた僕は、彼女の作業が終わるのを無心で待つ。
数分後、彼女は感心した様子で声を上げた。
「へ~、ユウ君すごいじゃない! もうCランクの魔物を倒したんだ?!」
Cランクって何?
「いえ、これは倒させてもらったというか、勝手に昇天したと言いますか」
「それでも凄いことですよ。これだけあれば何でも買えますが……不安なのは分かるけど、お酒ばかり飲むのはダメよ。ほら、こっちにいらっしゃい」
ウカテナ様は魔石をカウンターに置くと、僕の手を優しく引いた。僕の小さな体はウカテナ様に簡単に引き寄せられ、柔らかい何かにぶつかる。
(えええ!? 僕、抱きしめられてる!? ってか、これおっぱい!?)
僕が何が何だか分からずに混乱しているさなか、ウカテナ様は優しく、優しく、僕に語りかけてきた。
「ユウ君は、お爺さんが亡くなられてからずっと気を張っていて、夜は布団の中で独りで泣いていたでしょう? ここなら誰も見ていないわ。だから泣いていいのよ」
えええええ!? そんなとこまで見られてたの!?
猛烈に恥ずかしくなった僕は身をよじり、なんとかウカテナさんの隙間から頭を抜け出させる。
「ぶはっ、あ、あの、ありがとうございます! でも、そうじゃなくて! お酒は僕たちじゃなくて、師匠たちとネロアが飲むんです!」
僕がそう叫ぶと、ウカテナさんは僕を抱きしめたまま、きょとんとした顔になる。彼女は優しく微笑むと、もう一度ぎゅっと力を込めて僕を抱きしめ、それからふっと力を抜いた。
「良かった♪ じゃあ準備するわね。あと、ユウ君にプレゼントがあるのよ」
「……プレゼント?」
僕はぽーっとしている頭でなんとか聞き返す。
「クズハ、出ておいで」
「クルル♪」
ウカテナ様の呼び声に高い鳴き声が答えた。すると、小さな細長い狐の姿をした可愛らしい動物がどこからともなく姿を現し、ウカテナ様の胸元に座ってクルクルと嬉しそうに喉を鳴らす。
「この子は管狐のクズハよ。ユウ君の初めての精霊にしれくれないかしら?」
「わあ、かわいい! ウカテナ様、良いんですか!?」
ぼーっとしていた頭がその愛らしさで一気に覚醒し、僕の目はクズハに釘付けになる。別のものにも目が向きそうになるのをなんとか堪えてクズハの喉を撫でると、クズハはウカテナさんの胸元から僕の肩に跳び乗り、僕の頬に頭を擦り付けてきた。
「もちろんよ♪ じゃあクズハ、ユウ君のこと頼みましたよ」
「クー♪」
「クズハ、よろしくね♪ えっと、ウカテナ様、精霊契約ってどうすれば良いのでしょう?」
擦りつけて来る頭がくすぐったくて、僕は一旦クズハを頭の上に載せた。クズハは僕の上で丸くなり、ウカテナ様は微笑みながら僕の手を取る。
「精霊契約というのはとても原始的な契約方法で、お互いの魔力を交換するの。ほら、こんなふうに魔力を掌に集められるかしら?」
「はい、こうで……いいですか?」
僕は自分の身体の中に流れる魔力に集中し、右の掌にそれを集める。
「うん。とっても上手よ。それで、お互いの魔力をこうやってくっつけて……相手の魔力を受け入れて、相手に魔力を送りこむのよ」
ウカテナ様は魔力を左の掌に集め、僕の右の掌に重ね合わせる。僕は、魔力を彼女の中に送り、逆に彼女の魔力を吸い込もうとする。
「こう……ですか?」
「ん、そうよ……」
自力では魔力を動かすことができなかった僕だったが、ウカテナ様が手助けしてくれたようで、スムーズに魔力が交換され始めた。
「あ、ウカテナ様の暖かい魔力が僕の中に……う……。って、ウカテナ様!?」
「あ、うっかりしてたわ。ユウ君、ごめんね? あなたの初めてが私になっちゃった」
ウカテナ様は大げさな様子で謝りながら、再度てへぺロする。
絶対わざとだ……いや、まあ、嬉しいんだけど。
「いえ、それは、僕は一向に構わないのですが……」
「ただ、私が現世に顕現するには、ユウ君の魔力だとまだ足りないの。だから今はクズハをよろしくね」
僕はちょっとだけがっかりとしながらも、頭の上にいるクズハに向けて声をかける。
「はい! よろしくね、クズハ♪」
「クルル♪」
「私も、いつかユウ君の隣に立てるのを待ってるわ」
その後、僕はクズハとも精霊契約を行い、ウカテナ様からウイスキーや食糧を購入して扉の外へと出た。
テントの中では、大空と徹が寝ずに待ってくれており、二人が急に現れた僕にびっくりしながらも、声をかけてくる。
「優太! 遅かったな! って、なんか顔と目が赤くね?」
「それに、その生き物は何だ?」
まだ顔赤いのかな? って、目も?
僕は、このとき初めて、ウカテナ様の胸の中で泣いてしまっていたことに気が付いた。僕はごしごしと目を拭い、二人にクズハを紹介する。
「二人ともお待たせ、この子は管狐のクズハだよ。僕の初めて……の契約精霊なんだ!」
「「……怪しい」」
二人はクズハを一撫でしてから、僕にジト目を向けてくる。僕は顔を逸らし、寝床の準備をいそいそと始める。
「あ、明日話すから! もう遅いし、今寝とかないとまた眠れなくなったら困るでしょ?」
「「じーっ」」
耳元から聞こえた声に振りかえった僕のすぐ目の前には、大空と徹の顔が並んでいた。二人は両手をわきわきとさせて僕に迫る。
「あ、朝ごはんのときには話すから!」
「「今」」
結局、僕はウカテナ様とのことを洗いざらい話すハメになるのであった。