第3話「魔女の箒」
帰ってくるということは珍しいことではない。魔女と呼ばれる程の化け物が普通である、魔女の釜では死んでから生き返るのだ。なぜ魔女と呼ばれるのか?魔法のような技術と幸運があるからだ。「よっ!“生き返り”の背嚢はもう返したのか?」「当然!昴に抜かりなし」「どうだかな」「どういう意味っスか、未央ちゃん!」宿舎の個室で、大神未央は電球の淡い光の中で意味深に微笑んだ。彼女は椅子に逆向きで座り、背もたれに被さるようにだらけた。「大帝国放送局は、奇跡の生還、不死身のコンビ!でニュースにするそうだ」と聞いた昴は自分の寝具の上でジタバタと暴れた。「羨ましいー!」とだ。「へこむな、へこむな。サイダー持ってきたから。なんだかんだ、お前がエースだよ」「エースは『みんな』じゃん」
「昴の言う通りだ」と未央は拗ねる昴をたしなめるように「だが、だからって私はお前ほど信頼できる相棒はいないからな」「あはー!本当!?嘘じゃなくて」昴は少し調子に乗って、未央は後悔した表情を浮かべていた。「……だったらいいな」「嘘なの!?」「はいはい、本当だって。ーーあんまり腑抜けないでよ。最近は何やら、『脚付き』が出てくるらしいじゃない。腑抜けてたら落っことされるよ」昴は未央の言う『脚付き』の意味を記憶の中から探した。遺跡の技術を解析して作られる新兵器にそんなのがいたな、程度のぼんやりとした覚えだ。遺跡は、様々な恩恵、あるいは悲劇を人類に与え続けている。例えば、旧式だった戦艦群は今、遺跡由来技術でかつてない猛威を振るっていた。SF小説でもそうはない、磁力装甲や微細振動重力砲などは戦艦の巨体だからこそ載せられる巨大な兵器だ。そんな超兵器に比べればずっと小さいが、同じ遺跡由来で脚が生えた車両の目撃情報があった。
「陸軍が当たったそうっスね」「擲弾の直撃で撃破される程度の装甲だけど、人間みたいに片脚で急旋回するって話だ。戦車の砲塔よりも速い。鉢合わせでの撃ち合いは戦車が負け、小銃に充分に耐える防御を持ち、歩兵が逃げられない速度で歩兵並みに地形を踏破するって話だね」「……歩兵さんには怖い相手だ」「工夫してるみたいだよ、向こうさんも。それだけ脅威ってわけ」昴はそんな『戦争』の話をしながら、天井を見つめた。昴の空気が変わり、尊が「どうした?」と訊いた。ギシリ、と昴が仰向けになっていた寝具が軋む音が響いた。
「どこまで行くんスかね、昴たち」「どこまでも、だろ。魔女の箒ってのは空を飛ぶ為にあるんだ」島の遺跡を守り、奪う。それが、昴と未央の飛ぶ戦場だ。世界でも有数の力を、“魔女”と言われる敵味方が入り乱れる、普通の兵士ではない輩が集まった戦場らしくない戦場。口の軽い連中が言うところの、神話に片脚を突っ込んだ人間の限界の極致。昴は、人間の限界を超えている、それはこの戦域に集まる選りすぐりと何ら変わることはない。魔女の釜だ。魔女が料理していて、しかし魔女自身も他の魔女の手で料理されようと狙われる。魔女とはいつから……と昴は考えていたが、ぐるぐると攪拌される思考でよくわからなくなった。「……わかんない!寝る!!」「そうか。おやすみさん」未央が呆れたように、電気を消した。夜が来る。冷たい風の夜だった。