第2話「ロケット襲撃機」
搭乗割り。つまりは機体と乗り手の振り分けを書き込んだ掲示板だが、もう随分と変わりなくそこにチョークで名前があり続けた。だが、その一つの名前が消された。哨戒に出たペアが未帰還となったからだ。「ミーティアが増えてっからなー」昴は知り合いの名前が消される瞬間を見ていた。ミーティア、双発のジェット戦闘機が頻繁に目撃されていた。昴を襲ったミーティアには“花を持つ妖精”が描かれていた。恐らくは、それの仲間に撃墜されたのだろう、昴と考えた。魔術師と同じ常軌を逸した操縦者でも、堕とされる時には堕ちるのだ。昴は宿舎から二人の背嚢や私物を整理した。一番親しかったからだ。次の輸送機で遺品として本土に送り返す為だ。ただ、まだ二人が完全に死んだともわからない。捜索部隊が編成されているのも、彼女は知っていた。
飛行帽と落下傘を背負って、昴は滑走路を歩いた。愛機の四式戦闘機が暖機を終えて待っている。昴はそこで、単発機には大きすぎる機体を見た。「二式双発襲撃機っスね」気づいた時には口に出していた。かつてはプロペラの発動機だったが、ロケットを組み込んでプロペラを回す方式に変えたことで時速八〇〇キロメートルを超える高速機だ。ーーロケットとタービンジェットは同じものだ。ロケット戦闘機とはジェット戦闘機のことでもある。二つの呼び名が混在していた。ともあれロケット戦闘機がいるなら心強い、と昴がコクピットに乗り込もうとすると「飛行中止!飛行中止!」と誘導員が手旗を振っていた。無線機のプラグを繋げば、雑音しか入らなかった。……電波妨害、爆撃不定期便が来たことを知らせる現象だ。そして……それは現れた。
プロペラが地面を引っ掻いているように見えるほどの超低空を、しかし地形に一寸の狂いなく追従する双発機、DH.103 ホーネットだ。ホーネットは翼下のロケット弾と機首の20mm機関砲をばら撒いて離脱していった。基地防空隊が対空機関砲の一発も撃てないほどの刹那での早業だったが、ホーネットが発射した全弾は滑走路をボコボコにしていた。昴の乗る四式の損害は軽微、精々小さい破片が当たったくらいで無傷だ。地上で破裂した機体もなく、炎上したパイロットもいない。ただ、滑走路はまた穴だらけにされ、重い飛行機の離陸は不可能となった。ホーネットは滑走路に真っ直ぐ進入し、ロケット弾の全てを正確に叩き込んだせいだ。もし、離陸の為に滑走路上に入っていたら地上で撃破されていただろう。
「ーー大空昴、上がるっスよ」だが特に問題はない。昴はスロットルを開き、四式を加速させた。フラップは目一杯、ロケットの着弾痕まで走り、四式のスピナーが穴を越え、脱輪ギリギリまで行けば離陸できる『確信』があったからだ。ゆるゆると走り出した四式が、後戻りできないほどに速度を上げる。左右にふらつく余裕はない。無傷の滑走路の面積を最大限に利用してさらに速く。車輪が半分、弾着痕に落ちた瞬間でラダーを蹴った。揚力を得ていた翼が四式を空へ持ち上げる。後方には当たり前のように、僚機である大神未央の機体が続いていた。
「テストテスト」『お前のガラガラ声が聞こえるぞ、昴。無線機の故障だ』「ひでぇ!」昴は冗談を言われながら、滑走路上空をゆるく旋回する。いやらしく開けられた穴だが、それでも続々と飛行機が離陸していった。行方不明の迷子を探すついでに、周辺地上部隊、発掘施設、飛行場、全てに同時攻撃を仕掛ける『陽動』の為、航空隊は空へと回帰していく光景だった。「さて、迷子ちゃんたちを探しに行くっスよー!」