第1話「写真とサイダー」
ぎしり、と大空昴が背中を預けた椅子が鳴く。特に何かをするわけでもなく、ぼんやりとしている、それだけだ。他の飛行機乗りも、定期訓練に出されている人間以外は自由時間で好きにやっていた。花札や煙草、昼寝だ。昴はと言えば、眩しい陽の光から目を庇うように腕を傘に寝たふりをしていた。寝ようにも寝れなかった、が正しかった。「うるさい……」空爆でボコボコにされた滑走路の修復の為に忙しなく重機が発動機を唸らせ、不発弾や時限信管の爆弾を射撃訓練の的にドカン、ドカンと爆破しているからだ。近場で爆発しているのに安らかに眠れる人間はいない。ーーと昴は思ったが、同じように日向ぼっこをしていた戦友は隣で食べかけのバナナを片手に眠りこけていた。
「起きてるなら寝たふりするんじゃないよ」突然、声と共に昴の顔に何かが落とされる。印刷したてのインクの匂いが潮風に混じった。それを寄越したのは、昴の僚機を今は務めている大神未央だ。未央が昴の顔に掛けたのは、航空隊内のガリ版新聞だった。見出しは「最強戦艦と氷山空母の死闘!」だった。「艦隊が来てたんだ」
「1000kmは外だから遠いけどね」未央は他人事のように肩を竦めた。新聞には大洋の波の周期よりも横幅がある大戦艦が、氷山に飛行甲板をつけたような空母に襲いかかる絵が印刷されていた。それと、新聞の片隅には、昴が撮影した遺跡に関する記事も、遺跡解析の電磁熱戦兵器、単極磁界コートなどの図解の次の次くらいの大きさで載っていた。
「あっ、記事になってる」昴はちょっと心が浮ついたが、しおしおと期待がすぼんでいく。大した記事ではなかった。大空昴という者が航空優勢で押されている中で遺跡の空撮に成功した……それだけだ。「本土のブン屋なら『英雄!大空昴、その可憐なる乙女とは!』て特集を書くところっスよ」
「何夢見てたんだよ、馬鹿」「でも未央ちゃん、昴はこの扱いに納得できないよ。大金星じゃん」「そんな昴に悪い知らせだ。お前の空撮した遺跡だが、発掘隊はどこにもいなかったんだって。つまり写真を撮れただけっていう、価値なし。残念だったな」「えぇ!ミーティアに狙われてそれだけ」「そう、それだけ。でも労いにサイダーを持ってきたぞ」
未央がよく冷えた瓶を、昴の熱をもった頰を冷やした。しゅわしゅわと、炭酸を溶かし込んだ水が音をたてていた。「わーい!……て、そんなのに騙されるかー!」「シロップ多めだ」「甘いっスか?」「炭酸の誤魔化しなし、超甘い」少しだけ頰の冷たさを楽しみ、昴は自分がにやけているのを隠せている、と思い込んだままサイダーに口をつけた。その味は、シロップをケチる為に炭酸を強くしたサイダーとは違った。口の中で爆発する炭酸はずっと大人しくて「甘い!」昴はさらにもう一口あおいだ。甘い、美味しいとサイダーを飲む昴も、空では凄腕の操縦士だが、地上ではその雰囲気というものを感じさせはしなかった。どこか子供っぽくサイダーを楽しんでいる。
「新しい作戦があるそうだよ。それまで英気を高めておいて」「新聞にデカデカくらいっスか?」「じゃなきゃ私達の意味無くなるよ。報道官とセットの軍隊なんだから」「それもそっか。情報を制していかないとって話だね。内にも外にも」「そゆこと」と未央は自分用に取っておいたのだろうサイダーを空けた。空になった瓶は昴に渡された。昴が「え?」考えるうちに未央は早足で消えていた。サイダーの瓶を二本抱える昴。この瓶は、原則飲み主が洗って返すのが規則だった。