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ソノウエフォールマーク  作者: セレスト147
1/1

#1 発現

 ―――暗く広がる視界には不釣り合いな、爽やかな音が聴こえてくる。

 いや、爽やかという印象を抱くかどうかは、恐らく人それぞれだろう。

 僕の場合、その音が聞こえてきた場所といえば、例えば陽光が燦々と照っているような緑溢れる公園を思い出す。

 窓を覆うレースのカーテン越しに、暖かな日差しが仰向けに寝ている僕の顔を包み込む。正直、暑くなってきた。

 先程まで暗かった視界は、もはや赤っぽいような色に変わり、まるで僕を起こすために合唱しているかのような鳥のさえずりによって、僕の意識は夢の世界から戻ってくる。

 パチパチと瞬きをする。

 太陽光の眩しさから、下手なウインク顔を経て真顔になった。

 ありふれたシングルベッドに、話題のラノベやゲームソフトが所狭しと蓄えられている本棚、冷たい金属フレームと透き通ったガラス天板のローテーブル、そして、勉強どころかもはや趣味のためにあると言ってもいいほど機材が並び載る机。

 そんな僕の部屋に、布擦れの音。

 ―――起きよう。

 そう思って体をゆっくりと起こしたところで、これまでの穏やかな朝は、文字盤を指し示す冷酷な針の位置によって狂乱の朝へと変貌した。

「ね、寝過ごしたぁぁぁああああ!」

 僕は飛び起き、いつもどおり朝シャンを、、、とそんな時間はないんだね。

 朝シャン派の僕は、何を隠そう寝る前のお風呂に入らないので、学校では体臭が舞い漂うかもしれない恐怖があるけど、なによりも遅刻はダメなんだ。

 なぜなら1コマ目の講義は出欠確認をする上、それが定期試験の受験資格の1要素なんですよ。

「何が緑溢れる公園だよぉ~」

 そんな夢か現か分からない呪詛を吐きながら、僕は身支度を整え、歯垢の除去というより、息のリフレッシュでしかない歯磨きを手早く終わらせて玄関を出る。

 引き戸を背に、左側の壁に寄り掛かるようにして鎮座している、僕のお気に入りのロードバイクがそこにある。

 急いで鍵を外し、僕は助走しながら勢いよく跨がり、大学へ通うべく自宅を後にした。


 その道中、こうやって急いでいるときに限って、度々遭遇する信号機達は偶然という武器を僕に向けて、大学への最速邁進を阻んでくる。

 僕も律儀に止まっちゃうあたり、性根が真面目なんだよね、分かります。まぁ自分で言うのもなんだけど。

 目の前には片側2車線の国道。ここを越えれば最後の難関、桜並木がとてもキレイ()()()長めの坂道を登れば駐輪場だ。だった、というのは今や既に葉桜なので、ついこの間の感動はとっくに無くなっているんだね。

 と、僕に向けられていた偶然の刃が漸く取り払われた刹那、背中に鈍痛と衝撃が走った!

「おっはよー!へたっぴ急げよー!遅刻しちゃうゾ!」

 元気で明るいその声を色で表現するならばやはり黄色だろう。その声の主は、白青ボーダーのトップスに黒のドレープスカートが絶妙に似合う、同じグループの波形(なみかた)リノだ。ちなみに髪型は、絵に描いたような黒髪ロングストレート。

 僕のずっと後方から、信号が青に変わるタイミングを計りながら徐行していたのだろう。ヒゲの配管工カートなら間違いなく1位に躍り出る半ばチート寄りなスタートダッシュ(見切り発車)をキメて、リノは文字通り颯爽と道路を横断していった。

 そうそう、グループというのは、高校で言うクラス。つまりクラスメイトだね。

 こうしちゃいられない。黄色い声援をもらった僕はこれまでの最速を遥かに凌ぐ自己ベストを叩き出せるだろう。

「やりやがったなリノ!お前も遅刻か!?」

 僕は他の通行人の目も気にせず、小さくなっていくリノの背中に叫びながら、MT車よろしくギアをシフトアップして急加速する。

 ほどなくして、体力が尽きたのか自転車から降りて坂道を上るリノを追い越しざまに、僕はその小さくて華奢な肩にパシっとリベンジする。

「へっへ~。おっさきぃ!」

 自己ベストのかかっている僕は速度が低下しないようにペダルを漕ぎ抜き、更に坂を上っていく。そんな背中に向けて、後方からは先ほど受けた声援とは異なる色の言葉が微かに聞こえた気がした。

 その坂道の途中、脇に並んで設置されている電柱に一人の作業員。パッと見の印象としては、電気工事の類だろう。けど、なんだ?あれ。

 作業員から少し歩道側に見える、作業員の影よりも大きい緑の円とその中心の+マーク。

 例えばそれは、ゲームによくある、落下地点を示すマークの様なモノだね。

 そのマークは徐々に小さくなっていっているように見える。気になりはするがもうちょっとでこの坂道も終わるし、諄い(くど)様だが自己ベストだ。

 僕は、作業員の横を抜けながらラストスパートをかけて坂を上り切り、体感的な自己ベストを達成したことに感涙を禁じ得ない。いや、ごめん、そこまでじゃないや。

 ふと、リノが気になって体勢を崩し、ロードバイクに跨ったまま、足を地に着け、振り向く。

 リノは肩で息をしながら、ぱたぱたと小走りに駆けているがそのスピードは徒歩に毛が生えた程度のもので、たいして速くはない。

 が、またしても違和感。

 ちょうど、リノの前。先ほど見えた緑のマークはもうすぐ点になるところで、 僕の感じた違和感は、嫌な予感だったんだって気付く。

「リノっ! 上だ! 走れっ!!」

 シンドそうに自転車をひくリノは一瞬、どうして? という顔をしてみせたが、作業員のベルトから零れ落ちる工具を見て理解し、あろうことか自転車を手放して単身で駆け抜けた。

 直後、走らなければリノが居たであろうあたりに、カランカランと甲高い金属音を発して工具が落ちた。少しだけ遠目から見ている僕には、その工具の確たる数は見えないが、1本でないことだけは間違いない。

 下手したら死傷者が出たかもしれない出来事に肝を冷やしつつも、僕は歩道脇の壁にロードバイクを寄せて立て掛け、自分の自転車を起こそうとしているリノに駆け寄った。

「リノ、大丈夫か?無事で良かったな。」

 少し強張った表情で自転車を押し始めるリノに声をかけると、その表情は幾分か穏やかになり、安堵の台詞を漏らした。その双眸(そうぼう)にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。

「へたっぴ、ありがとぉ。言ってくれなかったら死んでたかもぉ。」

 途中、にへら~、と力のない笑みを浮かべて話す彼女の前髪が暖かい微風(そよかぜ)に揺れる。

「すみませ~ん! お怪我はありませんでしたか?」

 ふいに二人の間へ電柱から降りてきた、やや筋肉質な作業員が声を掛けてきた。その声は体格が表しているかのようにちょっと低めのトーンだ。

「大丈夫でした。たまたま彼が教えてくれたので、当たらずに済みました。これからの作業ではお気を付けください。」

 自分の身の危険があったにも関わらず、怒るでもなしにただただ次の被害者が出ないように気遣うリノの対応に、僕は同い年ながら感服する。僕が同じ目に遭ったら、こんな対応ができるのだろうか。正直、ちょっと自信ないや。

 深々と頭を下げる作業員を後に、さっき立て掛けたロードバイクに乗り、リノと僕は駐輪場へ向かうその途中、リノが怪訝な表情で問いかけてきた。

「それにしてもさ、あの電柱の人がモノを落とすってよく分かったね。へたっぴが大声出したの、落とす前だったじゃない? もしかしてエスパー?」

 あの状況で、この洞察力だ。つくづくリノの性能については底が知れない。味方なら相当心強いからこそ、敵にだけは絶対に回したくないタイプの人間だね。

「ん? ああ、バレちゃった? いやー、やっぱ能力ってのは隠してても吹き零れちゃうもんなんだねー。」

 僕がそう言うと、隣を走る艷やかな黒髪ストレートは

「ハーイハイ、ただの偶然ね。そうでしょうよ。」

 と、舌をぺろっと出しながらウインク。

 ほ、惚れてまうやろー! なんてちょっと前の笑いネタはさておき、さっき僕に見えたことを正直に教えたところで気が触れてるだとか、そのうち幽霊でも見えるようになるぞだとか笑いものにされるに違いない。

 そう、リノに話したが最期、いつもつるんでるハルトとコウキの耳に入るのは時間の問題だ。

「な、なぁ、ところでさ、さっきのアクシデントのせいでチョイ忘れてたンだけど、もう完全に遅刻じゃね?」

 僕たちは駐輪場に着き、なんとなくそのままの流れで同じような場所に自転車を停め、リノに問いかける。

「んもぉ、引っ込み思案は良くないよぅ。走れば間に合うって! 為せば成る! うんっ!」

 パット見の印象ではオットリ系のリノだけど、意外とポジティブなんだなって、こうして喋っているとつくづく感じる。

 右手の握りこぶしを前に活を入れてきたリノは、行くぞ!とでも言わんばかりにパッと手を仰ぎ、僕に進むよう促す。

「っしゃ! もうひと頑張りしますか!」

 僕は先に行くリノの後を追いながら、暖かな風が心地よく吹き抜ける駐輪場を急ぎめで後にする。

 その最中、一際強い風が辺りの緑とドレープスカートを(さら)い、僕の眼前には年齢不相応なイチゴ畑を懸命に隠す黒髪ストレートが仲間になりたそうにこちらを見ている。んなわけない。その顔は少々紅く、詰問の内容がわかりやすい表情だ。

 僕は目を閉じる。イチゴ畑を目にしていないと弁解するように。

 ―――辺りの木陰に、突如現れた無数のマークを理解するために。



 

  ーーーーー・ー・ー・ーーーーー




 講義と講義の間、そんな時間に学生たちの通りも極端に寂しい学内3階のとある場所が、僕たちお馴染みのだべり場だ。

 階下に繋がる学食から学生たちの喧騒が遠く響くその場所の静けさを軽快に吹き飛ばす声。

「ひゃっははは! ひー、腹いてぇ! そりゃーそのうち幽霊が見えるようになるぞ!」

 裏声が混じる独特な笑い方をする、僕の目の前でお腹を抱えて笑いこけているチャラ男はコウキだ。苗字は藍ヶ崎。

 黒のVネックにグレーのコーディガンとスリム系のジーンズという、やや季節外れなコーディネートだが、本人曰く寒がりで、例えば窓から差し込む陽光にその格好で照射されたとしても暖かくないらしい。

 実にひなたぼっこ甲斐のない体質だね。

「あんまし笑わないだげてよぅ、私の命の恩人なんだからぁ」

 と、黒髪ロングのリノが、まるでごめんねとでも僕に伝えたいかの様にチラッと視線を交わしながら声をあげた。

 対する僕は、リノとのアイコンタクトが照れ臭く、せっかく交わされた視線を反射的に外してしまう。少しだけ頬が熱い気がした。

「それにしてもだ、今わかっているのは落下点にマークが見えることと、着地のタイミングまでにマークが縮小していくってことだろう? 他に何か掴めたのか?」

 染色を施さないツーブロックの短髪にウェリントン型の黒縁眼鏡をかけたスポーツマン風の雰囲気を醸し出す、身長181センチのハルトが、低くもなく高くもなく耳に馴染む優しい声で告げた。

「いんや、何もだね。」と僕。

「なるほど。じゃあ、まずはマークの特性を洗い出すべきと俺は思うな。」

 コウキなら抱腹絶倒する、自分でもにわかに信じられない出来事にも関わらず、ハルトはこうして真面目に、親身に話を聞いてくれて、アドバイスをくれる。

「ありがとう、ハルト。注意深く見てみるわ。」

 頼りになる友達が周りに2人もいると、なんだかとても心強いなぁと、僕はリノとハルトを交互に見て頷く。

「うお! 今、神様が通ったぞ!」

 会話が途切れ、一瞬の静寂が生じたところでコウキはそう言いながら半開きの窓に近づく。恐らく職員が開けたのだろうね。

「話変わるけど、ようやく晴れてくれたよなー天気。このところ、ずーっとずーーーっと雨だったから寒くて死ぬかと思ったぜ。」

 陽光の射す窓際に立ち、ふーっと蹴伸びをしながらコウキはそう言って続ける。

「みんな知ってっか? 今日みたいに、しばらく続いた長雨の後の快晴を、『人柱の快晴』って言うんだぜ!」

 へー、人柱。なんだそりゃ?

 それを耳にした僕が抱いた感想は、まさにそれが大部分を占め、残りの部分はコウキの性格のチャラさに似合わず、意外と博識だなぁってことだね。

 他方、ふえー、そうなんだぁーとリノ。

「逆にだ、コウキ。これまで生きてきて、唯の一度も聞いたことがなければ、辞書やwikiで見たこともないんだが、自分で作った言葉じゃなかろうな?」

 ハルトは、年齢の割には老けた、というと感じが悪いから言い換えると、年齢不相応に大人びた口調が特徴的だ。

「ひっでーなぁ。ちゃんとあるっての、そういう言葉!」

「む、そうか。これは失礼した。」

 この時、一瞬だけコウキと目があったことに、僕は何らかのメッセージが込められている気がした。

 というのも、過去、コウキに()()()()()()()女子たちは『あの目線が憎いよねー』と口を揃えるからなんだ。

 それともう一つ。

『コウキと目が合うと妊娠する』

 これは女子たちの冗談だか、真実はわからないけど、どうやらエロい方向で手出しが早いらしい。

 ともかく、そんな噂の立つ彼がしてくるアイコンタクトだ。きっと何かあるに違いないと察せざるを得ないよね。いやいや、僕は妊娠しないぞ。え、狙われてる!?

我ながら途中から捻じ曲がった思案をしていると、左手の親指と中指でメガネの位置を直しながらハルトが口を開いた。

「そういえばリノ、最近何か()()()()事したか?」

「えっ?」と、首を傾げながらリノ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というのはこういう顔なのかもしれない。


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