建国
閉じていた目を開き、クラッススは首を傾げる。
先刻までカエサルと闘って…そうか。負けたのか。しかし、勝負は勝ったぞ。
自分よりも身体は貧弱。打つ手なしの状況。それでいて大胆な決断を行った好敵手を評した。サヴィターのルールを遵守すれば勝負こそカエサルの負けである。しかし、それは殺そうとしていたクラッススに言えることではない。
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懐かしい人物が目の先にいた。
「父、母…」
「すまなんだな、我が息子よ…」
微笑んでそう返された。これほど穏やかな表情をした両親を見たのは久々である。
「あ、あ、あ、ああああああああ」
一歩ずつ、一歩ずつ歩み寄った。
涙が止まらない。
故郷から逃げてから、己を鍛え上げるしかなかった18歳。年甲斐もなく、顔が塩水塗れだ。
追いかけていくが、追いつけない。
全力疾走───でも叶わない。
「なんで!!」悲痛に叫んだ。返答は
「私たちはあなたに会う顔なんてなかった。
…首をもってかれてね。でもあなたはそんな私たちの前で泣いてくれた。ありがとう。まだこっち側の人間ではないわ。
精一杯に、生きなさい。」
遠ざかっていく。いや、俺が引き剥がされている。どこに、どこに向かっていくというのだ!?
「.........」
「.........」
「.........か?」
「......丈夫ですよ」
「灼熱の大魔球使ったらどうなんだろ…」
「クラッススさんまで溶かすつもりですか!」
俺は、まだ生きてたのか。
しかも、こいつら俺を救おうとしている。死闘を演じた相手を生かそうとしてくれていたのか!
「ちょっとずつってコントロールがまだ難しい、やっぱ慣れていかなくちゃあな。」
「ご主人、なるべく早くお願いしますね」
「話の内容きいてた!?」
…お人好しか。
その後、カエサルがクラッススを救出し、改めて自己紹介を行ったのが、2時間後のことだった。
「クラッススさん、よく凍傷にならなかったな」
「そこの娘のおかげさ。感謝している」
えへへ、バレちゃってましたか…と見透かされて照れている彼の姿に、後ろで応援しか送っていなかった理由が判明した。こいつ、それなら早く言ってくれ。
「ところで、ここの土地勘とか一切わかんねぇんだ。教えてくれるか、クラッススさん」
そうなのだ。サヴィターが魔界の住人ではないのは初めに説明されたが、彼も麓の村に降りて知人を作っただけ、とあっさり言ってのけた。しかも人ならざる者が住むと言ったにも関わらず、クラッススはめっちゃ人である。亜人ですらない。
従者としてはすごくポンコツである。おまけにヘタな女子より可愛いのでそんな趣味に走りそうになる自分が怖い。
「あの村はポエニ村。村の奥に見える山を越えるとポエニ高原というだだっ広い草むらがある。山で見えんが、そこまで行ってみてくればいい。
そしてこの村は山々に囲まれているだろう?左の山を越すとピサ村、右は行ったことがないが別の王国があると聞いた。」
「ん?ちょっと待ってくれ。別の王国?ということはここもどっかの王国領なのか?」
「いや、俺が住んでいた村がヴェネツィア王国という王国の端っこだったんだ。ここはまだどっちの王国にも支配されていない。まぁ山のど真ん中だしな。」
「そうか、ありがとう。もう一つ頼みがある」
真剣な顔つきで言わねば、彼は聞かないはずだ。
「俺たちと、本気で国をつくらねぇか?」
───時が止まった。しかし、それも束の間。反魔法の使い手は空気も打開する笑い声をあげた。
父よ。母よ。これでいいんだな。
3人並び立った丘の上の空は、大きく蒼を描いていた。
次はポエニ舞台です!