1匹目 亜巳
今回より本格的に始動です!
「────ねえねえ聞いた? 今日来るっていう転校生の噂!」
一人の女子生徒が、友人に話題を振る。
「知ってる! 超美人なんでしょ!? 次の『ミス・ユニバース』候補になるくらいだって!」
「何それ! むっちゃ気になるんだけど!」
「やっば! 早く見てみたい!」
朝早くからグループで固まってはしゃぐ女子高生たち。だが彼女たちは、その端麗な容姿を羨んだり、美貌の秘訣を訊く為にその人物に会いたいのではない。
その絶世の美女である転校生とやらの品定めをし、出る『杭』であれば打っておくためだ。
彼女らは、クラスというコミュニティにおいて、上に立つ者を赦さない。確固なものとして築き上げられたその優位を脅かす存在が現れれば、それを挫く。中学の頃からそうやって、その地位を揺るぎない物にしてきた。
そして彼女たちは今回も、出過ぎた『杭』をへし折ろうと、その爛漫とした笑顔の裏で構えていた。
彼女たちの応戦体制が整ったと同時に、教室の引き戸がガラガラと開いた。どれ程の美形なのか見せてもらおう、とか、「これで『ミス・ユニバース』!? ウケる!」なんて罵ってやろう、と画策していた。
そこから男性教師が入って来るのを見て、みな一斉に着席する。委員長の男子が「きりーつ」と合図をし、みな怠けた態度で席から立ち上がる。
「れい」
と委員長が号令をかけ、頭を下げる。それに続いて他のクラスメイトも同じ行動をし、
「おはようございます」
と、まるで揃っていない皆の声が言う。
それを言い直させることもなく、担任教師は彼らの着席を認め、おはよう、と前置きしてから話を始めた。
「えー……みんな知っていると思うが、今日からこのクラスに、新たな仲間が加わることになった」
入りたまえ、と教室の外で待機している転校生に声をかける。
「はい」
と、それに応える声が聴こえた。和やかな、凛とした清楚な声だ。
そしてそれは、彼女たちが最も嫌がる類の人間が主に発する声だった。ドラマとかアニメとかで時折出てくる、『ザ・優等生』キャラ。清楚で成績良くて、人当たり良くて従順で──なんて人間、現実にいるわけない。居たとてそれは『演技』。悪どい事なんて全く考えません、って根っからの優等生は居るはずない。
実際、そういう女が居たケースがあった。その女は、彼女たちの恰好の餌食になった。すぐさま標的になり、本性を表わされ、上っ面だけのそいつを忌み嫌う集団を作り出し、孤独にし、結果、別の高校に追いやった。
声を聴いた彼女たちの戦意はより燃え上がった。今からその入口をくぐって、この教室に足を踏み入れるそいつに、『視線』という名の刃物を投げてやろうと、準備万端だった。
だが、その姿を見るや否や、彼女らの脳内は一変した。
転校生の紅い髪は、彼女たちのみでなく、教室にいた全生徒の目に勢いよく飛び込んできた。発色が良いからではない。肩まで掛かっているその髪は、自然と、というのが正しいくらい、当たり前のように彼らの目に訴えかけてきたのだ。
背丈は170cm程か。平均よりも長い脚のせいか、より高く見える。
おまけに目鼻立ちも非の打ち所がまるでない。優しそうな下に垂れた目尻、理想の高さを実現している鼻、厚ぼったい唇は、見ただけで柔らかいんだろうなと思ってしまう。
と、その眉目秀麗さを並べてみたものの、それだけでは、このクラスでトップに立っていい理由にはならない。それでも、彼女たちは、
自分たちはこの女には従わないといけないと、『感覚』で悟った。
「こちら、飛良 亜巳さんだ。前に居た学校では、委員長も務められていたそうだ。では、挨拶を」
隣に来た転校生に、担任が促す。するとその転校生は、わざわざその紹介に対して一度頷いてから、始めた。
「ただ今紹介に預かりました、飛良 亜巳と申します。皆様のご級友に、少しでも早くなれますよう努力致しますので、どうぞよろしくお願いします」
さすがは元委員長。無駄にご丁寧な挨拶だ。
一礼した後、ニコッと笑った。その顔に、クラス中の男子が胸を射貫かれた。同時に女子生徒も殆ど同じ感情を抱いたが、例の女たちが抱いたのは、諦念だった。
もうこの女には『勝てない』。上を行かれたとして、下克上する気も起きない。そう思わせるほどのオーラか何かを、転校生──亜巳は放っていた。
──それ以後数日の亜巳は、恐ろしい順応性を見せた。転校翌日にはクラスメイト全員が彼女のことを『アミさん』と親しく呼び始め、その二日後には全校生徒が彼女の顔を覚え、転校してから一週間が経つ頃には、その名を知らぬ者は校内にいなくなった。
加えて彼女は皆の聞きしに勝る才色兼備な人間だった。前の学校に居たときに習っていなかった分野が含まれた実力テストでは見事満点を獲得。『鬼』と呼ばれている教師の高難易度なテストも何なくこなし、当然、学年トップに躍り出た。
たちまちのうちにその存在を校内全てに広めた彼女は、本人も知らないうちに、皆を従えていた。
ただ一人を除いては。
「アミさん、先行っとくねー」
一人の女子生徒が声をかける。次の授業は体育だ。
「わかりました。直ぐに追いかけますわ」
亜巳は直前の授業で質問をしていた為、着替えが遅れてしまった。ちょうど彼女が『施錠係』なので、他の友人には先に運動場に向かってもらうことにした。
最後の友人が去り、伽藍としてしまった教室で、早く追いつく為にせっせと着替える亜巳。
そんな彼女の耳に、
ガラガラ……
と、聞こえるはずの無い、引き戸の開閉音が聞こえた。
亜巳はちょうど半袖の体操服を着ようとしていたところだったが、急遽中断して、その扉の方を見た。もし男の人だったらどうしよう、と考えながら。
だがそこに居たのは、好色的な趣味を持つ男子ではなく、1人の女子生徒だった。亜巳をさっきまで待っていたのとは別の、しかしながら亜巳のクラスメイトの1人だった。
「永香さん……」
亜巳はその女の名前を口にした。
『中院 永香』。無口で誰とも話そうとせず、それ故皆に一目置かれる存在である。だがその青いショートカットの髪だけは目立つ。
「どうなさいました? 何かお忘れ物ですか?」
例によって黙りこくったまま立ち尽くす永香に、亜巳は問いかける。だが、当の永香はうんともすんとも言わず、亜巳の方をじっと見続けている。
何やら不気味さを感じた亜巳だが、次の授業の時間も迫っているので、
「何か御用でしたら、後から追いかけてきてください。教室の鍵は、ここに置いておきますので」
と、この場を離れるという選択をした。
そして、その手に握っていた鍵を教卓に置き、慌てて運動場に向かおうと、教室の出入り口を跨いだ、
その瞬間だった。
「『炎蛇』」
「──え?」
亜巳は耳を疑った。彼女の、永香の発した単語に、思わず足を止めた。
「いま、何と…………?」
「あなた…………『炎蛇』でしょ……?」
彼女の声に、迷いやそれに似た感情は見られない。それもそのはずだ。
ラミアなんて言葉、冷やかしたりからかったり、或いは当てずっぽうなんかで言うもんじゃない。
だから驚いた。何故なら、亜巳は、
正真正銘、『炎蛇』の力を受け継ぎ持っている、”蛇”だからである──。
次回、バトルが待っています……!乞うご期待…!