カルテID#003 たこす様
ワクチン接種は2回行うものなので……。
「よつ葉ちゃん、今日もワクチン接種フォローなんだって」
「そうなんですよ先輩。師長会で当たり引いちゃったんですよきっと」
先輩看護師と話していると
「そうなの。私ってくじ運すごいわね。宝くじは当たらないんだけど、こういうのは当たりくじ引いちゃうのよね〜」
突然、病棟師長がナースステーションに入ってきた。
「師長、これは当たりとは言いませんよ。むしろハズレくじじゃないですか?」
「そんな事ないわよ。勉強になるでしょ」
何を言っても無駄だと感じた先輩看護師は早々に話を切り上げる。
「師長。今日は誰を行かせるんですか?」
「よつ葉ちゃんよ」
「えぇ〜、またですか?」
「あら、そんなに嬉しいの?私って偉〜い」
「よつ葉、あっち行こう」
「そうですね先輩」
通常業務をしていると内線で連絡が入った。
「よつ葉ちゃん、特別外来から。集合してだって」
「はぁい。ありがとうございます。それでは行ってきます」
そう声をかけると、先輩たちから
「いってらぁ〜」
「頑張って」
「泣かすなよ〜」
激励の声がかけられた。
特別外来のブースに向かうと、前回よつ葉が接種担当した、たこす様がスマホを操作していらした。
「あっ、よつ葉ちゃんみっけ」
「たこす様、こんにちは」
「今日も注射打つの?」
「はい」
「そっかぁ」
その表情では、心を読み取れない。前回、痛がってたからなぁ。違う人に当たる可能性も残ってるから。頑張ってくださいねと心の中で呟き、診察室へと足を進めた。
問診担当のドクターは今回も槙野医師。
「あれ?よつ葉ちゃん担当なの?」
「そうなんです。師長の企みですよね。そうとしか思えないもん」
「僕はよつ葉ちゃんとペア組めて嬉しいけどね」
「そうですか?ありがとうございます」
「それじゃあ、1人目の方を呼ぼうか」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
1人目の接種予定者を呼ぶ。
「たこす様、お待たせしました。診察室へどうぞ」
身の回りに置いてあった物を、ささっと鞄の中へ片付けて、こちらへ歩いて来られる。
「たこす様、こんにちは」
「よつ葉ちゃん、この間ぶり」
「今回もよろしくお願いします」
「えっ!? えぇ〜」
「小野君の方が良いですか?」
「いやいや、それは危険だよ」
「あはは、よつ葉もそう思います」
「もし、わがままを言わせてもらうなら紺野君か美羽ちゃんが良いです」
「えぇ〜、たこす様 本音がダダ漏れですよ」
「あっ、ついつい」
「えっ?」
「ん?」
「冗談で言ったんですけど、マジなやつだったんですか?」
「冗談なんて言えないよ。痛いもん」
「痛いもんって。筋肉注射だから誰が打っても同じですよ」
こんなやりとりが続くなかで、紺野君が診察室に顔を出す。
「あれ?紺野君、どうした?」
槙野医師の声で振り向くと、こちらを見ながらクスクス笑う紺野君が立っていた。
「忙しそうならフォローを。と思ったんですが今日予約人数少ないですね」
「こういう時に限って……ってやつだね。病院では良くあることだな」
「ですね。病棟に戻ります。よつ葉、頑張れよ」
戻ろうとする紺野君に声をかけたのが、
「あなたが噂の紺野看護師ですか!」
「えっ?」
「私のワクチン接種をしてから病棟に戻ることは可能ですか」
「ええっ、たこすさまぁ。またまた冗談を」
「よつ葉ちゃん、決して冗談ではないのだよ。マジなやつね」
たこす様の冗談とも本気とも取れる会話を、さらりと流して、本来の目的へとシフトチェンジをしていく。
「さぁ、たこす様。そろそろ打ちますよ」
「だから紺野看護師にお願いを……」
「僕、明日が担当の日なんです」
「なに? それじゃあ明日にします! 是非とも明日に変更をお願いします」
たこす様が懇願しているようですが、既に準備したワクチンを破棄するわけにはいかず、ここはどうしても受けてもらわなくてはなりません。
「たこす様、消毒しますね」
「ダメです」
「ちょっと、動いたら危ないです」
「是非とも紺野看護師で」
「紺野、押さえて!」
「了解」
たこす様は紺野看護師に押さえつけら腕を固定されていた。よし、今のうちに……
「消毒しますね」
「ダメだよ。よつ葉ちゃんの注射痛かったもん」
「それではチクっとしますね」
半ば強引に接種を進める。
「いたぁぁぁぁぁ〜〜〜、もう終わり!家に帰る」
診察室に、たこす様の悲鳴が響き渡った。
「終わったら帰れますよ」
「いやいや、よつ葉ちゃんそうじゃなくて」
「ワクチン接種途中で辞めちゃうんですか?」
「いやそれはダメ」
「薬液入れていきますね」
「いたぁ〜、よつ葉ちゃんの鬼!白衣を着た悪魔だぁ」
「はい、終わりましたよ」
「今日も活動報告で報告するからね」
「可愛く書いてくださいね」
「ありのままに」
筋肉注射なので、誰が打っても痛いんだけどなぁ。
「もう、受けてあげないからね」
「2回の接種終わってるので、今のところはもう大丈夫ですよ」
「痛かった。このことは皆様に報告してやるんだから!! ごめんねしても報告するんだからね」
「可愛く書いておいてくださいね」
「嫌だ!」
こんなやりとりを聞いていた紺野君が
「小野とのやりとり聞いてるみたいだな」
「えっ!?」
「うわっ、恥ずかしい。たこす様、やめましょう」
「そうしよう」
なんだかんだ言いながら、たこす様のワクチン接種は無事に終わりました。
2回目接種を快く引き受けてくださりありがとうございました。今回も楽しんでもらえてたら幸いです。




