勇者と話し合います 2
それはレイジとの邂逅から4日ほど経った朝、カインとヴァイスが朝食を食べるために食堂へ向かっているときの事だった。
「魔王様! 至急お伝えしたいことが」
一人の若い魔族が汗を額ににじませ息も絶え絶えといった様子で走ってきた。一体何事なのか話を聞こうと思った矢先、大きな爆発音が魔王城に響き渡った。あまりにも大きな爆発音だったため距離は分からなかったが、音のした方を見てみると窓の外にかなりの高さまで煙が立ち上っているのが見えた。
「一体なんだというんだ? こんな朝早くから。あの一は実験棟のある辺りか、ということは敵襲ではあるまい。魔法の開発にでも失敗したのか。だったら直ぐに救護班を呼んで治療を……」
ヴァイスが煙の上がった位置から事が起こった場所にあたりをつけ素早く指示を出そうとする。それをなぜかカインが制した。いぶかしげにするヴァイスに、まあ聞いてくれと視線を向けると先ほど走ってきていた魔族に話しかける。
「なあ、お前さんはさっき爆発音がする前に此処に走ってきたよな? 普通実験中になにか事故が起きた場合、爆発音の後に走ってくると思うんだ。つまり爆発音が起こる前には何か異変が起きていてそれを伝えようと走ってきたが、その異変によって今の爆発が発生した。違うか?」
ん?と自分の推論を述べていくカイン。確かに実験による失敗から爆発が起こったのだとすれば報告が来るのは爆発が起こった後だ。その前に走ってきていたということは、報告しようとしていた何かしらによって爆発が巻き起こされたということだろう。報告しようとしていたことをくみ取ってもらえた魔族は、何度も首を縦に振った。
「んで、何が起こったって言うんだ? あれほどの爆発だ禁術の実験でもしていてデーモン辺りでも呼び出しちまったのか? 流石にそんな奴相手にしたくねえんだけど」
少しげんなりとしながら禁術を使ったペナルティーとして、デーモンが呼び出されたのではと問うカイン。
デーモンは禁術が行使された場合、その魔法の発動を阻止するために召喚される強大な力を持った魔物の事である。この者達は煉獄と呼ばれるカイン達の生きる常界の下層にある世界で、主に世界全体のバランスを取っているとされている。いわばバランサーなのだ。禁術は世界を破壊しうる可能性のある魔法のため、デーモンが発動の阻止に来るというわけだ。
「いいえそれが、今暴れているのはキメラなのです。私達はキメラにされた魔獣達をなんとか元の姿に戻せないかと実験をしていたのですが。キメラの力があまりにも強く、魔獣拘束用の魔法が破壊されてしまい暴れだしたため、こうして魔王様に報告をしに来たしだいで」
キメラ、それは人間の欲によって生み出された哀れな合成獣。人間達は基本一人につき一匹の使役召喚獣を持つ。手に入れ方は様々で、召喚魔方陣による召喚、もしくは森やダンジョンなどで倒したり懐かせた魔獣を使役できるというものだ。しかし森やダンジョンでのテイムは危険なため、主に召喚魔方陣で召喚してからのテイムが基本となっている。その際欲の深い人間が複数の魔獣を召喚しようとし、一つしか無い出口から出現するために混ざり合ってしまったのがキメラだ。キメラにはおよそ思考と呼べるものが存在しておらず、目の前にあるもの全てを破壊しようとする。そして人間達によって討伐されるか、力を使い果たすことによって死滅するかのどちらかである。
しかしごく希に発生する力の強いものは、この召喚にあらがい魔方陣以外の場所に召喚されることがある。この場合どこに出現するかは全く予想できないため、未曾有の災害を巻き起こすことがあるのだが、人間はこれを魔族のせいとして処理しているようだ。なんとも狡猾である。今回元に戻す実験をされていたキメラこの容量では魔界に突然現れた個体だったらしかった。
「へえ、キメラを元に戻す実験か、そっち方面はからっきしだが興味あるな。とりあえずそいつ止めないとだし、ついでに実験棟とやらも見に行ってみますか」
「ああ、これ以上同胞を危険にさらすわけにもいかないからな。今回はキメラには悪いが討伐させてもらおう。魔獣用拘束魔法を引きちぎる程の力だ、加減していてはこっちが持って行かれかねないからな」
「そっか、そうだよな。確かにキメラには悪いけど、今回はこっちの安全を優先させてもらおう。もしできそうなら捕獲も視野に入れる方向でいいよな」
拘束魔法は陣を使用して発動される魔法のため、誰が使用しても効果に差は出ない。さらに魔獣用拘束魔法ともなればかなり強力なはずなのだ。それゆえ元魔王といえども苦戦は免れないと判断したようで、悔しそうに討伐を決めるヴァイス。カインは討伐することに対して少し抵抗があるようだったが、出来そうなら捕獲、無理そうなら討伐ということで割りきることにしたようだ。二人はキメラを止めるため実験棟へ向けて走り出した。――
――実験棟前
実験棟入り口に着くと、そこには既にキメラにやられた魔族達が命からがらといった様子で走り出てくるところだった。誰もがみな恐怖に染まった顔をしていたが、カインやヴァイスを見つけると一様に助かったとほっとした表情へと変わっていった。それを見たカインは思わず足を止めてしまう。
「カイン? どうかしたのか。キミもキメラが恐ろしいか? そういえばあの防御魔法も今は使えないのだったな。ならば危険の及ばないところへ皆を誘導してくれないか」
急に足を止めたカインを見て、臆したのだと判断したヴァイスが魔族の誘導を頼む。しかしそれはキメラをヴァイスが一人で相手取るという事に他ならなかった。それでもヴァイスはカインの無事を優先した。だがカインが足を止めたのはキメラへの恐怖からでは無かった。
「いや、そうじゃ無いんだ。なんていうかこんなタイミングは場違いで不謹慎かもしれないんだけど、魔族達も怯えたりほっとしたり出来るんだなって思ってさ。もちろん受け継いだ魔王達の記憶の中にもそうした普段の魔族達に関する記憶もあったんだけど、実際に見てみるとやっぱり印象が違ってさ。人間は魔族を血も涙も無い奴らだと思ってるんだ。俺も少し前までそう思ってた」
魔族達がみせた人間の示すそれとなにも変わらない感情を目の前にして、自分の認識が間違っていた事を明かすカイン。人間達は初等教育の段階で、魔物や魔族の恐ろしさを教え込まれる。その際魔族は冷徹で他者の事をなんとも思っていないと学んで来ている。しかし目の前にいるのは、やはり人間と同等かそれ以上に豊かにさえ思える表情をした魔族達。自分のこれまでの認識違いが恥ずかしいとばかりに苦笑いをしながら話を続けるカイン。
「だからさ、改めて思ったんだ。いや、ヴァイスが人間の灯りを美しいと言ってくれた時はまだちゃんと認識出来てなかったんだけどさ。やっぱり俺は魔族も守るよ。人間も、魔族も血がかよってて感情のある生き物なんだから。どっちかが潰えなきゃいけない結末なんて間違ってる」
そう言ったカインの表情は、覚悟を決めたようなあやふやだった物が明瞭になったような、そんなスッキリした表情になっていた。それを聞いたヴァイスも嬉しそうに少し頬を緩める。
「てことで、キメラをヴァイス一人に任せる気はない。確かにファランクスは使えないけど、俺だって魔導師目指してるんだ他にも魔法は使える。決定力には欠けるから俺が注意を引く、隙をついてヴァイスが攻撃を加えてくれ」
「ああ、分かった。だが危なくなったら直ぐに退くんだ。キミは魔力の内包量はどうなんだ?」
「うーん、ギルドにも入って無いから正式に計測したのは初等教育への入学時くらいか。まぁ逃げる、守るに関しては自信あるし任せろ」
自分たちの役割を大まかに分担していく二人。カインが囮役、ヴァイスが攻撃役になったようだ。魔族達が完全に外へ出終わった事を確認した二人はキメラが暴れている実験棟内へと入っていく。少し緩んでいた表情も至極真剣な表情へと戻っていた。
「そういえば今回実験されてたキメラって何の合成体なんだ? よく聞くのは獅子系の頭にゴート系の体虫類系の尾のだけど。あのタイプには拘束魔法を破壊する程の力はないはずだろ?というかそんなに強いのよく捕獲できてたな」
今暴れているキメラについて聞いていくカイン。キメラは合成された魔獣によって強さが変異する。一般的に知られるキメラには、拘束魔法をふりほどく程の力はない、しかし今回はその拘束魔法をふりほどいていると言うことだ。ならばそれ相応の魔獣の合成体であることが予想される。
「今回捕獲していたキメラは既に弱っていたようだ。そこへ捕獲後暴れないよう拘束し治癒魔法等をつかって体力を回復させていたらしいんだ。まさか拘束魔法から脱する事が出来るほどとは。何の合成体かについては私も詳しくは知らない。報告も『弱っていたキメラを捕獲した、これより分離実験を行う』という端的なものだったしな」
既に弱っていたという言葉に少し眉をひそめるカイン。それはつまり、キメラを弱らせ転移させた人物がいたということに他ならなかった。元魔王ですら危うい可能性のあるキメラを弱らせ、公表されていていない転移魔法を使って。そんな奴がいるのか、居たとして単独か組織的か。なぜ弱らせたキメラを魔界へ送り込んだのか。分からないことだらけだった。
「ッ! カイン、あれが件のキメラだ!」
カインがキメラの送り主について思考を巡らせているうちに暴れているキメラがいる場所までたどり着いていたようで、ヴァイスの言葉に反応し顔を上げるとそこには、キメラと呼ぶにはいささか無理がありそうな異様な合成体が居た。
「おい、なんだあれ。なんでキメラが剣もって振り回してるんだ。なんで魔法を使ってるんだ。なんで二足歩行なんだ!」
あまりに異様が過ぎるキメラにカインが声をあげる。そこに居たのはバフォメットと言われる悪魔によく似た形状をしたキメラだった。頭と足はゴート系だが、胴体と腕が人間なのだ。その腕で剣を振るい、初級の火球のみとはいえ魔法を行使している。思考を持たないと言われるキメラにはあり得ない事だった。さらに胴体が人間ということは、誰かが意図的にゴート系の魔獣と人を組み合わせた事になる。
「私にも分からない。だが間違いなく危険だということは分かった。とにかく事前に打ち合わせたとおり、キミが奴の気を引いて私が攻撃ということでいいかな」
「あ、ああ。考えても仕方ねえ。とりあえずはその動きで様子を見ながらってところか。初めての対キメラ戦がこんな異様な奴だとは思わなかったが、気を抜けない事だけは確かだな」
互いに事前に決めておいた動きで問題ないかを確認するヴァイス。驚愕していたカインも直ぐに冷静さを取り戻し問題ないと返事をする。
「それじゃあ先ず手始めだ。鬼さんこちらってな! 水球!」
キメラの顔面めがけて魔法を放つ。意識を自分へ向けさせるだけなので威力などありはしないが、やはり思考自体は無いか単純なようでキメラはヴァイスの横を通り過ぎカインに突っ込んでいく。どうやら剣は力任せに振るわれているだけのようで、軌道がかなりわかりやすい。特に苦しむ様子も無く避けていくカイン。しかしキメラにはもう一つ攻撃の手段がある。魔法と剣どちらもお粗末な具合ではあるが併用されるとかなりめんどくさい。短期での決着をつけることにしたのか、キメラの後方に居るヴァイスへ視線を送る。ヴァイスも了解したと頷くと直ぐに魔法の準備をし始める。
「我、黒炎を操るものなり。此より顕現させるは、万象合切を焼き払う漆黒の業火なり。理を外れし魔に連なる法により、敵なす者への審判を執行する」
一撃で勝負をつけるつもりなのだろう。強大な魔力を練り上げながら完全詠唱で魔法を構築していく。徐々に膨らんでいく魔力にキメラも気づいたのか、カインから視線をそらしヴァイスを睨む。カインの威力の低い攻撃魔法を悉く無視し、ヴァイスを注視するキメラ。
「くそっ、流石にどっちが自分に危害を加えるか分かってやがるな。俺の魔法なんざ、毛ほども痛くねえとでも言いたげに無視しやがって」
自信に一切注意の向かない状況に苛立ちをみせるカイン。いつキメラが詠唱中で動くことの出来ないヴァイスに攻撃を仕掛けるとも分からないこともそうだが、魔法士として自分の魔法が無視されているという状況というのはやはり耐えがたい様だ。
「いいぜ、そっちが無視するってんなら丁度いい。今すぐ後悔させてやる。こんな非人道的なもん使いたくは無いが、ベースに人間が使われてるなら効くだろ! 失意の記録!」
あまりの無視っぷりにキレたカインは研究中に偶然見つけたが、あまりにも効果が凶悪過ぎるため封印しようと思っていた魔法を発動させる。失意の記録は思考能力を持つ存在が、かつて体験した事のある暗い記憶所謂トラウマを無理矢理呼び起こすという魔法だ。下手をすれば相手の人格を壊しかねない魔法だが、今回はキメラの動きを止めるためと自分に言い聞かせ発動する。
ぐおおおおおおおおおおおおおおお!
どうやら効果はあったようだ。キメラが咆哮を上げなら剣をめちゃくちゃに振り回す。一体どんなトラウマを呼び起こされたのか片手で頭を抱えながら逆の手で剣を振るう。
足元はおぼつかず、たびたび壁に激突している。今度はどうやら強めに激突してしまったようで、仰向けに倒れると剣を投げ捨て両手で頭を抑えながら転がるキメラ。どことなくシュールである。
その様子を見て少し気が晴れた様子のカインがやっちまったと青ざめていた。
「うわぁ、大変な事しちまった。けど悪く思うなよ、こっちとしてもお前さんを止めないといけないんだ。もう少しだけ悪夢を見ててくれ」
申し訳なさそうにしながらちょっと残酷な事を言うカイン。詠唱もそろそろか?っと顔をヴァイスの方へ向けるとヴァイスも詠唱の為に閉じていた目を開けてこちらを見ていた。
「よし、やっちまえヴァイス!」
「ああ。焔纏う黒竜」
ヴァイスの持ちうる魔法の中でも、最大クラスの魔法が放たれる。それはまるで意思を持っているかのように、キメラの周りを取り囲むとその大顎を開く。
キメラを飲み込む漆黒の焔の竜。その熱量はかなり離れ瓦礫の影に隠れているカインさえ、肌を焼かれているのではと思う程だった。あまりに現実離れした光景に、カインは思わず腕をさする。これほど熱いと感じているにも関わらず腕には鳥肌が立っていた。
炎が次第に収まっていく。焼け焦げた床の中心には、先ほどまで自身のトラウマで悶えていた哀れなキメラとおぼしき炭化した亡骸があった。二人は静かに手のひらを合わせる。それは殺してしまった事への謝罪か、それともキメラへと変えられた者の魂が迷わぬ様にと祈りを込めてか。
「まさかこんなキメラもいるとはな。世界にはまだまだ知らないことであふれているということか。もう少し思考が出来るようなら、是非とも魔法戦でも近接戦でも行ってみたかったものだ」
そう名残惜しそうにキメラへ視線を向けながら呟くヴァイス。彼女はこのキメラが従来道理の自然に発生したキメラだと思っているらしい。
「ヴァイス……。このキメラはな、自然発生のキメラじゃ無いんだ。誰かが意図的にゴート系の魔物と人間を組み合わせたんだ。何が目的かは知らないけど、こんなこと到底許されることじゃない」
カインはヴァイスにそう告げる。ヴァイスはあまりのショックに言葉を無くしている。目尻に涙が溜まっている。しかしその目に浮かんでいたのは、人間を殺してしまったという罪悪感というより、なぜ人間とは同じ人間にすらこのような仕打ちを出来るのかという怒りだった。
「一体誰がこんなことを? 一体何の為に? 同じ人間だろう? それとも人間達は同じ人間ですらこうした事を平気で行うのか?」
ヴァイスが目をうつろにしながら問いかけてくる。あまりに悲痛な問いかけにカインはうまく声を出すことが出来ない。カインとて同じ人間がここまで非道であるとは思いたくはないのだろう。震える声で答える。
「い、……いや。こんな事できるなんて聞いたことが無かったし。もし出来たとしてもやろうとする奴なんていないはずだ。どんな理由だろうと許されるわけが無い」
声のトーンはあまりに低くカインの手を見ると、爪が食い込み血が出る程拳を握りしめていた。ヴァイスも唇から血が流れている。信じられない自体を前に噛みしめていたようだ。
「そうだ、これから来る勇者に聞いてみよう。あいつなら何か知ってるかもしれない。人間の最終兵器だとか言われる程の奴だ。流石にそいつなら何か情報をつかんでいるかもしれない。でも、もし……」
そこまで言うと言葉を詰まらせるカイン。ヴァイスもカインが何を言おうとしているのか察しているらしく少し頷くと、カインが言おうとしていた事を代わりに答える。
「ああ、もし勇者がこのことを承知していた場合は和平は破棄だ。我々魔族の全霊をかけて人間を殲滅する」
二人の目に覇気はなく、ただ言い様のない怒りに瞳をふるわせていた。勇者との対面は、始まる前から暗雲の立ちこめる状況へと変化しつつあるようだった。
こんにちは茶釜です。
今回は投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
新社会人として働き始めた事が意外と体に負担をかけていたらしく少しダウンしていました。
季節の変わり目ということもあり風邪をひきやすくもなっています、皆様もお気をつけ下さい。
さて本編ですが、まだ勇者は出てきません。タイトル詐欺ですね(笑)
次回には出てくる予定ですのでもうしばらくお待ちを。