勇者と話し合います 1
カインが魔王となった次の日、全魔族に新たな魔王の誕生を知らせる場が催された。顔見せと挨拶程度だったが案の定かなりの批判の声があがった。しかし先代魔王のヴァイスや魔王城にいた魔族達の説得により、一応新生魔王として受け入れてもらえたようだった。
「さて挨拶もすんだことだし、今後どうするか考えないとな。勇者も召喚されてるんなら間違いなくいずれここに来るだろうし。」
少しげんなりした様子で椅子に座りながら、今後の展開について思案するカイン。
「ふふっ、お疲れさま。なかなか良い挨拶だったと思うよ?しかしそうだね、当面は勇者をどうするかということを考えた方が良さそうだ。」
ねぎらいの言葉をかけながら対面に腰掛けるヴァイス。二人の意識は、今後間違いなくやって来る勇者をどうするかということに傾けられていた。
「ところで勇者ってのは一体どのくらい強いんだ?伝承とかだと全属性を操るだの、神の使いだの、剣を振るえば天が裂けただのと信憑性にかけるものばかりなんだが。そんな人間がいたらそいつのが魔王っぽいんだが。ほんとなのか?」
カインが勇者のあまりにもでたらめ過ぎる伝承について真偽を問う。
「ああ、概ね合っているよ。全属性を操る事ができた勇者もいたし、そもそも勇者とは神が選定した人間とのことだからね。神の使いで相違ない。剣の腕はまさに神の領域に達している勇者もいた。もっともその勇者が斬ったのは天ではなく山だったがね。」
と淡々と語って行くヴァイスに、それでも十分化け物じゃねえかと顔をしかめるカイン。やはり勇者をどうにかしないことには、魔族を守りなおかつ和平を結ぶことは夢のまた夢ということなのだ。
「だー!くっそ、せめて勇者が俺の姿をみて話し合いに応じてくれれば良いんだが。まさか問答無用で魔法撃ってきたりしないよな?」
ふと頭に浮かんだ不安を口にするカインだったが、ヴァイスが何がおかしいのかクククと笑っている。
「カイン、キミは私と初めて出会ったときに不意打ち気味に放った攻撃を防いでみせたじゃないか。そんなキミが一体何を心配するというんだい?」
つい昨日の出来事を思い出しながら指摘する。たしかにカインは魔王であったヴァイスの黒炎による魔法を完璧に防いでいる。故によほどのことがない限り心配無いのでは?と聞かれる。
「あー、ファランクスのことか。確かにあれなら大抵はどうにかなるけど、うーん。」
しかしカインは自身の最高と言っても過言では無い魔法の使用を渋っていた。渋る理由が分からないとヴァイスがたずねる。
「あれだけの魔法なんだ、悩む必要なんて無いだろう?それとも発動には膨大な魔力を使うとかかな?それなら確かに発動はタイミングを考えた方が良いかもしれないが。」
ファランクスの使用を渋る理由に見当をつけるが返ってきた答えは。
「いや、実はあれも実験途中の代物でな。魔方陣で発動しているんだが、安定した術式では無いために発動するたびに陣が崩壊するんだ。だから毎度描かないといけない。それに防御は心配無いんだが攻撃魔法はいささか不安でな、倒さないといけないとなるとじり貧になりそうでな。」
というものだった。だとしたら何故予備の陣を所持していないのか。と疑問に思ったがカインの登場の仕方を思い出し、合点がいったとばかりに。
「なるほど、そういえばキミは転移の実験中に失敗して此処に飛んだんだったね。それじゃあ数を携帯していなくても仕方ないか。」
「ああ、一応のためにといつも所持している一枚があって助かったよ。下手すれば魔王の黒炎の餌食になって黒焦げされていたかもしれないわけだから。それにファランクスには欠点がまだあるんだ。」
準備が必要な事以外にも弱点があるというカイン。見たところ自身を中心に高耐久の障壁を展開する魔法のようだが、一体他にどんな弱点があるのか。それは魔方陣の持続時間だった。
「ファランクスはさっきも言ったけど未完成でな、受けたダメージにかかわらず陣が崩壊するんだ。そして陣を失った魔法は形の維持ができず崩壊する。範囲を体の表面から一定の範囲に無理矢理広げているから、プロテクトより大きな負荷がかかってるんだろうな。防御系魔法の陣はまだまだ勉強しないと。」
と自らの実力不足を嘲笑ぎみに話すカイン。しかしその目に諦めの色は無く、ただ新たな魔法を作り出すという執着にも似た決意の炎をたぎらせていた。それからひとまず勇者が来るまでにどうするかという相談を始める。
「勇者が来るまでにやっておくべき事だが、言ってあった通り魔族の全軍撤退は始まっているよな?とにかくこちらに戦意はもうないという意思を示しておく必要がある。そのためには全軍の撤退は必須条件だ。」
「ああ、今日の魔王継承の宣言の為に全軍呼び戻していたからね。今人間達のところには魔族一人いないはずだよ。」
勇者と話し合いによる解決を行うための策の一つとして出されたのが、今戦争をしている魔族の全軍撤退だった。本来なら戦場で敵に背を向けるなど危険きわまりないが、今回はこちらに戦意が無い事を意識させるのが目的となる。ならば敵前逃亡は戦意の喪失を顕著に表すことができるのではないか、と考えたのである。また勇者と、争わないでいこうと話を持ちかけるつもりでいるのに、他のところでは戦争のまっただ中というのではかっこつかないというのも理由の一つだった。
「よし、これでうまいこと戦意を失ったと思ってくれれば良いけど。もしこの期を逃してなるものかとばかりに攻めてくる様なら致し方ない。その時は籠城するしかないか。」
「おそらく人間は後者で考えるだろうな。私達魔族を根絶しようと考えているはずだし。魔族が撤退した好気など逃す手はないと考えるのが普通だろうね。」
確かに魔族の根絶を目標としていた場合、このような機会で動かないはずがない。ではそうなったらどうするか、そのことについて相談をしようとヴァイスが口を開きかけた時。
「ところで一体何時までそこにいるつもりだ?何か用事があるのなら姿を隠すなんてことしないで、出てきたらどうだ?」
と一見誰もいないような柱の陰に向けてカインが声を上げる。すると誰もいなかったはずの空間が歪み、少し茶色がかった黒髪と黒い装束を身につけた少年が姿を現した。少年は自分の隠蔽魔法に相当な自信があったのか驚いた表情を浮かべながら話始める。
「まさか俺の隠蔽魔法を見破れる奴がいたなんてな。どうして分かった?これでもかなり本気で発動してたんだが。やっぱり魔王ってのはかなりの実力らしいな。」
素直に魔王の実力を褒める少年。彼が噂に聞く今代の勇者なのか。しかし勇者について教えられていた情報によると、確かに装束の特徴は一緒だったが決定的に食い違っている部分があった。今のところ攻撃の意思はなさそうだと判断したカインが少年に話しかける。
「いやなに、隠蔽魔術といっても気配や魔力、姿を隠す程度でしか無いからね。外から見えないだけで実態はそこにある。なら空気の流れなんかから推察することはできるってわけ。」
さすがは魔導師を目指すだけのことはあるのか、隠蔽魔術の効果や弱点などを正確についていく。そちらの質問に答えたのだから次はこちらの番とばかりに質問する。
「お前が噂に聞く勇者なのか?聞いていたイメージと大分違うんだが。たしか髪の色が……」
「金髪、だろ?」
自分が勇者と勘違いされていることを素早く察した少年が食い気味に返事をする。
「ああ、だがお前はどう見ても黒、少し茶色が混ざっているようだが。これを金髪と見間違える奴はそういないだろ。」
「たしかにな。まあ分かってるみたいだが、俺は勇者じゃ無い。勇者になった奴の召喚に巻き込まれただけの哀れな脇役だよ。」
話を聞くと少年は、勇者召喚の際魔方陣の誤作動かなにかで一緒に召喚されてしまったということだった。そもそも召喚魔法の陣はかなり古い時代のものらしく解析もできないため、王都にある一つだけの陣を大事に守り使用している。そのため古くなった地面やらが欠けて、一部陣の欠損をおこし制御がうまくいかなかったのだろう。
しかし勇者では無いとすると、さっきの高レベルでの隠蔽魔法はどういうことなのか。巻き込まれて召喚されたものにも勇者と同様な力が宿るとでもいうのだろうか。とカインが思考を巡らせていると。
「ところでさっきは勢いで魔王って言っちまったけど、あんたが魔王でいいんだよな?どう見ても人間にしか見えないんだが。」
「あ?ああ、確かにおれは人間だよ。ここにいる元魔王から魔王の座を継承してね、だから人間で魔王をやっているわけだ。」
「魔王って継承式だったのか……。」
なんとも言えないといった表情の少年。人間側では魔王は突然現れ魔族をしたがえていると認識されているようだ。実際魔王が継承を行う前に死亡してしまった場合には、確かに次の魔王が出現するまで期間は空くが特に突然というわけでは無く、ある程度の周期で出現している。ヴァイスもまた、前魔王が死んで450年という周期を経て出現した魔王だ。しかし人間が450年も生きていられるわけもなく、記録は《魔王が現れたとき勇者が召喚され魔王を倒す》程度の物しか残っていないため、まともな出現期間など把握できていないのだ。
「んで勇者に巻き込まれたっていう君は、一体此処に何をしに来たんだ?まさか勇者の代わりに俺を殺しにでも来たか?ちょうど魔王の継承を終えているから、今の魔王はこのしがない魔法使いだ。簡単に倒せるぞ?」
唐突に話を戻しとんでもない事を言い出すカインに、ヴァイスは目を見開き少年はいやいやいやいやと手を振っている。いくら何でも魔王が自ら簡単に倒せるぞ、等と言いながら敵にどうぞやってくださいと体を開くなど正気の沙汰では無い。
それに対し少年はそんな気はさらさら無いといいながら、魔王城へ乗り込んだ理由を話始めた。
「俺はさっきも言ったとおり勇者に巻き込まれて召喚された、レイジ・キリミネだ。んで此処に来た目的は魔王がどんな奴か確認することと……」
自分の名前と目的の一つを説明すると、一呼吸置いて覚悟を決めたような神妙な顔をしながら告げた。
「可能なら、争わずに終わることはできないかという交渉をしようと思ってきた。だがさっきの演説を聞いた限りだと、交渉せずとも争う気はないように見えたが、違うか?もしそうなら勇者、コウイチには俺の方から話をするように言っておくが。」
「それはありがたい事だな、ただの魔法士の俺としては勇者と戦いたくなどないしな。勝てる見込みの薄い戦いだ、できれば避けたい。確かにこちらとしても争う気はもうない。これからは話し合いによって魔族が奪われた土地を取り戻していくつもりだ。」
レイジの提案を受け入れ返答したところ、レイジは魔族が奪われた土地という部分に反応しどういうことかと何か思い当たることがあるような、引っかかっていることがやっと解消されそうなそんな表情で問いかけてくる。カインは自身が先代達の記憶を通して見た本当の歴史を、レイジに説明することにした。
「……ということだ。」
話終わるとレイジは何やらひどく考え込んでいた。話を聞いて人間がそんなことするはずはないと取り乱すと思われたが、異世界の人間という事もあり客観的に見ることができていたのだろう。今はこれまで人間達に伝えられてきた違和感が、一体何だったのかに合点がいったようでなるほどだからと思案していた。
「オーケー整理できた。魔王、教えてくれてサンキュなやっぱ人間側の歴史は歪曲されて伝えられてたのか。はじめに王女さんの話を聞いたときにあった違和感が、今はきれいさっぱりだ。」
と、どこか憑きものが落ちたようにすっきりした顔をしながらレイジが例を言う。
「いや、俺も本当の歴史をしっかりと受け止められる人間に話せて良かった。正直言うと、人間を信じられなくなりそうだったんだ。元々そんなに人間が好きってワケじゃなかったんだけどな、記憶を引き継いだとき一瞬確かに人間を滅ぼした方がいいのではないかって考えてしまった。でもレイジのような人間がいるんなら、まだ人間も捨てたもんじゃないのかもな。」
カインが継承の際、受け継いだ記憶をみて感じた人間への絶望。実際こうして話すまで心の隅の方では、話し合いなどせずに人間に対し攻撃をした方が良かったのではという考えが鎌首をもたげていた。それほどまでに先代の魔王達の記憶は凄惨なものだった。
「俺みたいな人間はかなり希だと思うけどな。まあ争う気が無いってのが分かって良かった。コウイチには俺から話しておくよ。魔王を倒して皆を救ってみせるとか息巻いてたから聞かねえかもしれないけど、その時はぶっ飛ばしてでも言うこと聞かせるからよ。」
軽い調子でそう約束するレイジ。しかし勇者である者に言うことを聞かせるとはどういうことなのか。レイジは勇者であるコウイチよりも強いということなのだろうか。確かに隠蔽魔法はかなりのレベルだったが、いくら何でも勇者にかなうのだろうか。
「なぁレイジ、巻き込まれたって言ってたけど勇者をぶっ飛ばせるってそれ実際に召喚されたのはレイジなんじゃ。」
「いや、勇者として召喚されたのはコウイチで間違いない。召喚されたとき力を持っていたのはコウイチだけだったからな。俺はその後いろいろあって今の力を手に入れてるってわけだ。それにあの馬鹿はどんな魔法だろうと直ぐに出来ちまうが、そのせいか練度を上げるとかって事はしなくてな。いつも力任せでなんとかしてるんだ。だからいつも魔法はでかいが魔力はスカスカの風船みたいな魔法を使ってるよ。だからこそ勝てる。」
「そうか、なんか苦労してるんだなレイジも。しかし優秀な奴ほど詰めが甘いってのはどこの世界でも共通なんだな。」
レイジがコウイチに勝てると言っていた理由をしったカインは、その内容に共感できるよと遠い目をしながら話込んでいった。気がつくと時間はかなり過ぎており、カインは晩飯食ってけよと友人に自宅での食事を勧めるようなノリでレイジを食事に誘った。レイジもありがたく甘えさせてもらうよと提案を受け入れ、その日の夕食時、魔王城の食堂には楽しそうに会話するカインとレイジ、それを羨ましそうに眺め時々会話に参加し笑顔をみせるヴァイスの3人というなんとも魔王城らしからぬ光景があった。
「晩飯ごっそさん。魔法についての話とかいろいろ楽しかったよ。飯もうまかったし。それじゃコウイチの件は任せてくれな。」
「ああ、なんとかこれで勇者との戦闘も避けられそうだし、それに異世界の話を聞かせてもらえてかなり楽しかった。これだけ楽しかったのは久しぶりだ。」
「うむ、これまでは一人でしてきた食事だったが誰かと食べる食事は楽しいものだな。これからはきっと他の魔族や人間と共に食事を出来る日もくるだろう。実に楽しみだ。」
レイジ、カイン、ヴァイスがそれぞれ楽しかったと感想を言い合う。外は夜の帳が降り暗くなってはいるものの、満天の星空が広がりヴァイスが憧れる人間の生活の灯りとは違った輝きが辺りを照らす。それはまるで、これから始まる魔族と人間との和平への道を照らすかのようにも見えた。
こんにちは茶釜です。
2話目の投稿となりましたが、書いてみるとかなり難しいもので前回の続きから読んでいると少し違和感があるかもしれません。
プロットをもっとしっかり煮詰めないとかな笑
話の違和感や誤字脱字等をコメントで指摘していただけると助かります。