華椿
初投稿で御座いますので、少々至らぬ点等あるかも知れません……
寛大なお心でご閲覧下さい。
いつの日か、私は同じ夢を見るようになった。
椿の夢だった。
私の大好きだった祖父が、最後まで愛した花の夢だ。
高校1年の夏から、眠れば必ず見た夢でもある。
朝も昼も夜も、
疲れきって泥のように眠った日も、
部活帰りの電車のなかでも、
同じ話を繰り返すような講演会の半ばでも、
5、6時間目の教室で寝落ちしたときだって、欠かさずに見ていた。
そんな夢。
夢の中。
私は、気が付けばそこに立っていた。まるで北の大地の湖の上。水面のような、美しく澄んだ青の上に。
そしてやはり、私は何故か気が付いて、少し遠くの椿を見つける。
椿は、青の中からするりと一本伸びていた。まるで生けられているかのように、細い枝が真っ直ぐと。
いつだって、赤と白の花が2つだけ、ついていた。
夢の中はそれ以外に何もなく、淡い青色であやふやに誤魔化されていたが、椿の花だけは私の目にくっきりと写った。
そんな椿の所に、私は毎回足を運ぶ。私は何をするわけでもなくただ、眺めていた。
椿はいつも、神々しく耀いて見えた。命の耀きに、溢れるほどの生に満ち満ちていた。
それでもこの夢の終わりには、その耀きも落ちてしまう。赤か白か、どちらか片方が必ず落ちてしまうのだ。
例外は何処にもない。
重い花は、形をはっきり残したままに落ちる。
ある時は音もなくゆっくりと。またある時は、盛大に青を跳ねさせて。
そんな光景は素晴らしいほどに美しく、堪らないほど虚しかった。
大抵の場合、私は最後まで花が落ちることに気が付かない。
想像すらしないのだ。必ず見る夢にも関わらず、私はその命の耀きがずっと続くものだと信じきっているのだ。
しかし、こちらには例外がある。
大抵の場合は疑う余地すらないほど、青から伸びる枝だろうが、数枚ついた葉だろうが、関係なく美しかった。
だけど、たまに茎が黒く染まっていたりすることがある。花以外から、生の耀きが消えてしまっていることがあるのだ。
そんな時、私は何かに『あぁ、もうすぐ落ちてしまうのだな。』と、無条件に思わされる。そうしてやっぱり、数分と経たぬうちにおちてしまう。
そしてもう1つ。
椿を視界に入れた瞬間、『落ちてしまうのか。』と自らで思う時があったのだ。
別段枝や葉に生の耀きがないわけでも、花が散りそうだと叫んでいるわけでもないのに、不意に心からそう思うのだ。そうか、と。あぁやはり、と。
初めてこの夢を見た時、私は何も考えないままあっと声をあげていた。
今思えば瑞々しいはずの花だったが、あの時は大変だ散ってしまう、と真っ先に考えたからだ。
急いで駆け寄るも遅く、私の手が届く前に呆気なく花は落ちた。白い花の方だった。静かに静かに、波紋を広げただけだった。
高校1年の夏、大好きだった祖父が亡くなった。
腎臓の調子やらなんやらが、あまり良くなかったそうで、私は東京にいたからその時の祖父の様子は知らないが、誰1人としてその日に死ぬとは思っていなかったそうだ。
そんな話を聞いて、私は背筋が一瞬凍った。
椿の花の夢をはっきりと思いだした。あの花は祖父の命だったのではないか。私の手が届いていればもしかして、なんて考えた。
祖父の葬式から涙ながらに帰ったその日の夜も椿の夢を見た。次こそは、と落ちた瞬間に手を伸ばしたが、結局無駄であったと記憶している。
あの日から、私は毎日のように夢を見た。
落ちてしまうことに気付く時も、気付かない時もあった。
だが確実に、歳を重ねるにつれて自らで気付く回数は増えていた。
赤い方が落ちたとき、跳ね上がった飛沫は血だろうか。静かに広がる青の波紋は、動揺の表れなのだろうか。
私はただ、眺めていた。
深いまどろみ、夢の中。私は立っている。
青い水を吸い上げながら、1人真っ直ぐ立っている。外に出なくなったせいで真っ白な肌。動けないせいで痩せて細くなってしまった身体。それでも、まだ生きていた。生きてきたのだ。
いつの間にか、何もなかった筈の青の上1面が赤と白の花で埋め尽くされる。
今まで見えていなかった残骸が、私の視界を埋め尽くす。
『あぁ、落ちてしまうのだな。』と私は思った。
そっと瞼を閉じる。何故か、今日はそんな気分だ。
あぁ、なんだか、眠くって、たまらない。
「○丁目の××さんが亡くなったそうよ。」
「そんな……昨日まであんなに元気だったじゃない。」
「ご家族ですら気づかなかったほど安らかな最後だったそうね。」
「まぁ……。でも少し、不思議な人だったわねぇ。ほら、やっぱり最後まで椿の話をしていたそうじゃない。」
「縁起が良いとは言えないけれど、お好きだったからねぇ。きっと、今頃は向こうで白い花の椿にでもなっているんじゃないかしら。」
「きっとそうね。」
お読み頂きありがとうございました(;-;)